第30話アルテオ城

 それから十日ほどのちにアルテオからの迎えの馬車がカイル霊廟にやってきた。

「おー、これは凄い。荒れ果てていた修道院がこんなにきれいになってるとは」

 鎧を着た武人が馬車を下りて感嘆の声を上げる。長身にがっちりした体つきだが、髪にも、よく整えられた髭にも白いものが混じっている。

「ベルナルド団長は、ここに来たことがあるんですね」

「今はカイル霊廟の名前の方が有名だが、元々はカイル修道院だ。多くの修道士がここにいた」

「あ、リベルさん、先日はどうも」

 修道院の建物から出てきたリベルに、カタリナが声をかける。

「カタリナさんでしたよね、わざわざこんなところまでありがとうございます」

「こちらは、騎士団長のベルナルド様です」

 リベルとベルナルドは互いにあいさつを交わした。

「えらい大げさなことになってますね。しかも騎士団長様まで」

 二台の馬車と、騎兵が二十人ほど同行しているのを見てリベルが聞く。

「ハハハ、そうですね。ベルナルド様はお二人をよくご存じなので」

 カタリナがベルナルドの方をちらっと見ながら答える。

「だが、三年前にここを訪れた時、コルネリア様は私の事を知らないようであったが・・・」

「そうなんですね、こちらへどうぞ」

 リベルは一行を一階の食堂に案内し、ベルナルドとカタリナの二人を二階へ案内する。二階の一室には、ロクサーナとバルドゥールが待っていた。

「おー、バルドゥールか!」

 ベルナルドがバルドゥールの姿を目にするとすぐに声を上げた。

「ベルナルドか、老けたな」

「仕方がないだろ、もう10年以上になるからな」

「俺は、ロクサーナ様によって再び力を得た。以前より何倍もの力を」

「そうらしいな」

 二人は打ち解けて話をしている。

「ところで、コルネリア様はどうしてる」

「レイスになってしまったがな、それでも幸せそうにしている。ただ、人前には出たくないようだが」

「そうか・・・、アルテオ様からはぜひコルネリア様にも来ていただきたいとの意向であったが」

「聞くまでもないだろう」

「コルネリア様の以前の記憶はそのままか」

「そうだ」

「そうか・・・、ところで、お前は来てくれるか」

「俺か」

 バルドゥールはベルナルドから視線を外して考えている。

「いまさら、どんな顔をして会えばいいのか分からん。今回はやめとこう」

「分かった、そのように伝える」

 結局、アルテオの居城にはリベルとロクサーナの二人で向かう事になった。


 アルテオの紋章が付けられている馬車は、貴族街を隔てる門を止まらずに貴族街へ入って行った。両側に貴族の屋敷が並ぶ大通りを進んで行くと正面に、大きな石造りの城が見えてきた。歴史を感じさせる作りで派手さはないがどっしりとした重厚感がある。

 大通りはその城の前で左に曲がっており馬車はそちらへ向かう。その先には白い壁の美しい城があるのが見えた。窓の数からして十階以上はあるように思える。いくつもの尖塔には旗が翻っていて、先ほどの城とは違って華美な印象を受ける。

「王の居城が二つあるんですか」

 リベルが不思議に思ってカタリナに聞く。

「さっきのが王の居城で、こっちがアルテオ城です」

(え、マジか、こっちの方がよっぽど立派じゃないか。王の権威がないがしろにされてるんじゃ、大丈夫かこの国)

 リベルは馬車の窓から城を見比べながらそんなことを思っていると。

「大丈夫ですよ、アルテオ様は王座を狙ってませんから」

「え!、まさか」

(この人、人のスキルが読めるんだった。俺の考えを読んだのか?)

 リベルのこめかみに嫌な汗が流れる。

「別にあなたの心を読んだんじゃありませんよ、この城を見た人はみんなそう思うんですから」

 カタリナはそう言って笑った。


 リベルを乗せた馬車は、城の門を通り過ぎて入口へと続く左回りの道を進んで行く。右手には池を中心に様々な形で統一された花壇が配置され色とりどりの花が咲いていた。

 建物の中も豪華で、広間に続く廊下にも様々な装飾や絵画などが飾られている。

 リベルとロクサーナは一段と豪華な大広間に通されると、中央に立たされてアルテオを待つ。大広間の天井は高く、壁には金の装飾が施されている。上部にはたくさんのガラスがはめ込まれていて、大広間を明るく照らしていた。

 しばらくして、一人の女性がやってきた。

「アルテオ様は別室でお会いになるそうです。こちらへどうぞ」

 リベルとロクサーナは何度も角を曲がりながら、案内の女性について行って部屋に通された。その部屋は、20人ほどの人が座れるテーブルが中央に置かれているだけの簡素な部屋で、華美な装飾もない。ただ、窓は大きく、外からは明るい日光が差し込んでいた。

「おう、すまないな。大広間で話しようと思ったんだが、教会の者が来てるんでこっちにした。カイル霊廟と修道院は、元々教会の物だからな」

 アルテオはそう言ってリベルとロクサーナに座るよう促す。

 テーブルの奥にアルテオは座って、左側にロクサーナとリベル、その向かいにはベルナルドとカタリナが座った。

「助かります、教会とはヴェシュタンで揉めたので今のところに落ち着いたんです」

「何があった、詳しく話せ」

 リベルがロクサーナの方を見ると、ロクサーナは小さく頷く。

「では、ロクサーナさんについてから話しますね」

 リベルはそう言ってから、ドラキュラ城の遺跡を探索中にロクサーナを見つけたところから教会に追われるところまで話す。

「ドラキュラ家。そして五百年も眠っていたのか。にわかには信じられんが」

 アルテオやベルナルドが驚いている。

「それとルドルス王国の史実では、ドラキュラ家は魔人の手先となってコルセアと敵対していることになっていますが、ロクサーナさんによれば全く逆で、ドラキュラ家はコルセアを守るために魔人と戦って滅亡したようなんです」

「何だと!」

 腕を組んで聞いていたアルテオは思わず前のめりになる。

「これは興味深い話だな」

 アルテオはベルナルドの方を見ながら考えている。ベルナルドも眉間にしわを寄せて黙っている。

「調べてみる必要がありそうだな」

「この国の文献でも調べればわかりますか?」

「分かるかもしれんが、時間がかかりすぎるな。うちの師匠にでも聞けばわかるかもしれんが・・・」

「その方はどちらに?」

「サナセル共和国だが、今はこんな状態だからすぐには無理だ」

「紹介状を書いてもらえますか、私が行ってきます」

「紹介状を書くのは構わんが、偏屈な爺さんだからな。会ってくれるか分からんぞ」

「ダメもとで行ってきます」

 メイドが、飲み物やお菓子を運んできたので話を中断する。


 アルテオは、上品な仕草で紅茶を飲むロクサーナの方を見ながら、

「ところで、バルドゥールとコルネリアを従者にしたそうだな」

「あ、はい。でもそんな偉い方だったとは知りませんで」

「ハハハ、そうだな。二人とも話をしてみたかったが」

 アルテオはベルナルドの方を見ながらそう言うとベルナルドが答える。

「バルドゥールの方は時期を置けば話ができるでしょうが、コルネリア様は難しいかもしれません」

 リベルは、アルテオがバルドゥールを毒殺したという噂を思い出す。

「時期を見て、こっちから出かけるか」

(アルテオさんやバルドゥールさんを見ていると、とても毒殺したような雰囲気はないなあ。だとすると、コルネリアさんの早とちりか)

 リベルはそんなことを考えていると、

「そうだ、ネクロマンサーの技を見せてもらえるか」

「はい、構いませんけど」

「そうか、じゃあついて来てくれ」

 そう言うとアルテオは、ベルナルドとカタリナと共に、ロクサーナとリベルを城の地下へ案内する。

「この城の地下には墓地がある」

 先に進むアルテオは、振り返ってにやりと笑う。

 地下をしばらく進んで行くと、鉄格子で区切られた先に棺がたくさん並んでいた。周りの壁は石造りでしっかりしているようだが装飾らしきものはない。並べられている棺も同様に石造りで頑丈に作られている。

「これは、今から三百年ほど前の王の棺だ」

 そう言って棺の蓋をずらすと、中には全身鎧姿の王が眠っていた。アルテオがベンテールを上げると白骨化した顎の部分が見えた。

「こいつを動かせるのか」

「はい」

「やってみろ」

 ロクサーナが「ドミネート」と唱えると、鎧のこすれあう音がしたと思うと鎧を着たスケルトンは体を起こした。

「おー、凄い、凄い」

 アルテオは無邪気に喜んでいる。

「それで、こいつは昔の事を覚えているのか」

「いいえ、スケルトンはただの骨なので意思はありません」

「へー、バンパイアやレイスとは違うんだな」

「で、いつまでこのままでいる」

「今は、私が魔力を供給していますので動いていますが、供給を止めれば元に戻ります」

「魔力の供給を止めてみろ」

 鎧を着けたスケルトンは、がしゃがしゃと音を立てて棺に横たわる。

「へー面白いな、操り人形のようなものか」

「でも、生前高名な魔法使いだったような人の場合、供給を切っても動き続けることが出来ます」

「ほう面白いな、ランクみたいなもんか。同じ死体でもゾンビになる奴もいれば、バンパイアになる奴もいるという事と同じか」

「そうです。バンパイアは最高レベルですね」

「さすがは、バルドゥールだな」

 アルテオは、嬉しそうにしている。

 アルテオは、先に進んで別の棺を開けている。

「こいつは、オクタビオといってな、二百年ほど前の英雄だ。騎士団長だったが功績を認められてここに葬られた。剣が特に優れていたらしいが魔法もできたらしい」

「やってみろ」

ロクサーナが「ドミネート」と唱えると、オクタビオのスケルトンは体を起こす。

「魔力の供給を止めてみろ」

ロクサーナが魔法の供給を止めるが、スケルトンは依然座ったままであった。

「ん、さすがだな」

 スケルトンは、棺から降りてロクサーナの傍に立ったが、身長が2m近くあると思われるその大きさに驚く。しかし、骨になっているので鎧との隙間が大きく動くたびにぐらぐらしている。

「ベルナルド、勝負して見ろ」

「え、」

 アルテオは、にやにやしながらベルナルドに話しかける。

「オクタビオの剣の腕が見てみたい」


 少し離れた所に移動して、オクタビオのスケルトンとベルナルドは剣を構える。

 ベルナルドが踏み込みながら横薙ぎに剣を振るうのをオクタビオは払うと上段から打ち込む。それをベルナルドは受けるがあまりの衝撃に体勢が崩れる。それを見て、オクタビオはベルナルドの胸を蹴飛ばす。

 ベルナルドは壁まで飛ばされて尻もちをつく。さらに飛びかかろうとしているオクタビオをロクサーナが慌てて止めた。

「ハハハハ、騎士団長の腕も二百年のうちに落ちたもんだな」

 アルテオは、楽しそうに笑いながらベルナルドを見ている。

 それから一行は武器庫に行って、オクタビオに合う鎧に着替えさせる。

「ぶかぶかなのと、さすがにこの紋章はまずい」

 そう言って、オクタビオに細身のフルアーマーを装着させる。

「まあ、これならスケルトンと分からないだろう。こいつは俺からのプレゼントだ。お前の護衛として使え」

「はい、ありがとうございます。」

 そう言って、ロクサーナとリベルはオクタビオを連れてカイル霊廟に帰った。


「アルテオ様、何のためにあのようなことを」 

 カタリナがアルテオに聞く。

「あの、ネクロマンサーの力を見たか。この間の戦いで、もし倒した兵が何度でも立ち上がってきたらどう思う」

「恐ろしいですね」

「だが、味方に付ければ最強の戦力だ。ロクサーナは絶対に味方にしなければならん。どんな手を使ってもだ」

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