第31話サナセル共和国

 ラジャルハン帝国の首都ラジャールは、エラル王国の国境から1500㎞も北にあるため、四月になってもまだ寒く、所々で雪の残る地面はぬかるんでいる。

 広大な皇帝の宮殿の奥、部屋の奥に一つだけ椅子が置かれただけの100㎡ほどの小さな部屋に、二人の男が入り口の方を向いて立っている。

「ハルファン将軍、少し落ち着いたらどうです」

 さっきから、こぶしを握ったり開いたり、ため息をついたりしている落ち着かない様子の男に声をかける。

「あ、ああ、そうだな」

 やがて扉が開いて、豪華な衣装を身に着けた皇帝ガンダーギンが入ってくる。二人の男はすぐに跪いて頭を垂れる。

 皇帝が奥の席に座り二名の大男の護衛が皇帝の横に立つと、二人の男は皇帝の方に向きなおって跪く。

「ハルファン、見事な負けっぷりだったそうだな」

「は、陛下の大切な兵を多く失ってしまい・・・」

 ハルファンは額から汗を流しながら答えるが、ガンダーギンはハルファンの言葉を最後まで聞かず隣の男に話し始める。

「コラトリアス、エラルの魔法はどうだ」

「アルテオは、土の究極魔法メテオと、風の究極魔法トルネードを使いました。これらは一撃で千人ほどがやられました。それから、グローリアのファイアストームもなかなかのものです」

「想定以上かアルテオは。今回は、相手の戦力を知ることが目的だからこれでいい」

 ガンダーギンは肘掛に立てたこぶしの上に顎を乗せて考えている。

「ハルファン、アルテオ対策を考えろ」

「は」

「コラトリアス、次はオルトだ」

「は」

 ガンダーギンはそう言うと部屋を出て行った。


 新たな従者となった、スケルトンのオクタビオをカイル霊廟に連れ帰ってから数日後、リベルはロクサーナに話しかける。隣にはバルドゥールが控えている。

「ロクサーナさん、先日アルテオさんに聞いた師匠に、会いに行ってみようと思います」

「そうですか、お戻りはいつになりますか」

「そのことですが、俺はロクサーナさんの家臣や従者ではありませんので、ここに俺の居場所は無いと思っています」

 リベルの少し冷たい言い方にロクサーナは戸惑う。

「え、ずっと、いらしていただけるかと・・・」

「バルドゥールさんを筆頭に、コルネリアさん、ヨハン、そして新たに加わったオクタビオでドラキュラ家の復興を目指されるのがいいと思います。俺も外からではありますが出来る限りお手伝いさせていただきます」

「ロクサーナ様、リベルの言うことはもっともです。リベルをここに繋げ止めておく理由はありません」

 バルドゥールも口を挿む。

「え、でも・・・」

「ロクサーナさん、ちょくちょく寄らせてもらいますから。魔人の件で情報を入手しましたらまた戻ってきます」

「そうですか、分かりました」

 ロクサーナはようやく納得する。

「エミリーも連れて行くのか」バルドゥールが聞く。

「申し訳ありませんが、こちらにおいていただけると助かるのですが」

「私の方は構いませんが、エミリーはどうでしょう」

「嫁にしたらどうだ」

 バルドゥールが真顔でそう言う。

「やめてくださいよ、まだ子供ですよ」

「お前が買ったんだろ、難しく考えることはない。それに、アルテオはハーレムを作っているそうじゃないか」

「勘弁してくださいよ」

 ホントに困った様子のリベルを見てバルドゥールはにやりと笑う。

「まあいい、まだ若いからな。数年後でも構わん」

「数年後も無いですから、エミリーに期待持たせるようなこと言わないでくださいよ」


 その後、リベルはエミリーに話をした。

「エミリー、そろそろお別れだ」

「えー、待ってくださいよ。こんなところに置いて行かないでください」

「ここは三食付いて安全だし、こんないいところはないぞ」

「そんなにいいところなら、リベルさんもここにいればいいじゃないですか」

「俺は別にロクサーナさんの家臣じゃないし、ここにずっといる理由がない。俺は自由に生きるんだ」

「そんなこと言わないでくださいよ」

 うるうるとエミリーの目に涙がいっぱい貯まってきてぽろぽろと零れ落ちる。

「お前、すぐ泣くなあ」

「そんなこと言ったって・・・」

「お前はまだ若い、本来ならまだ親元にいる歳だ。ロクサーナさんやバルドゥールさんを親だと思って学ぶことだ。そして将来どうしたいか考えろ、ここに残ってもいいし、出て行ってもいい。少なくとも十五になるまでは」

「分かりました・・・」

 エミリーは俯きながら小さな声でそう答えた。


 リベルは翌日商業組合に向かった。

 エドガーから送られてきていた倉庫一杯のバッグに、二日がかりでマジックバッグの魔法を全てかけ終わると、エドガーへの手紙を言づける。

『サナセル共和国のラボルテスへ向かいます。 リベル』


 そして出発の朝。

「リベル、これを持っていけ」

 バルドゥールが金貨の入った袋をテーブルの上に置く。

「これは、ここで必要でしょう。しかもこんなにたくさん」

「お前は主を救ってくれた。私が復活出来たのもそのおかげだ」

「リベルさんには本当にお世話になりました。受け取っていただかないとずっと負い目を感じながら生きることになります」

「そうですか、じゃあ」

 リベルはそう言って三つほど置かれた金貨の袋を一つだけ受け取ると、ロクサーナに話しかける。

「ロクサーナさん。五百年前の戦争について新しい情報を入手したらまた戻ってきますので」

「はい、お待ちしております」

 ロクサーナは笑顔で答える。

「エミリー、この間言ったようにしっかり学ぶんだぞ」

 エミリーは、小さく頷きながら下を向いて今にも泣きそうだ。

「エミリーが一番最初に学ばなければならないのは、すぐ泣かなくなることだな」

 思わず顔を上げたエミリーの戸惑った顔を見てリベルは笑う。ロクサーナとバルドゥールも笑っている。

「それじゃあ皆さんお元気で」

 そう言ってリベルはカイル霊廟を後にした。


 リベルは、一人サリファンの港に向かっている。

(ここにやってきて二ヶ月か。色んなことがあったなあ)

 リベルは、エラル王国の国境から川を下ってこの町にやってきたが、この港からさらにカーライ川を下って海に出て、そのまま沿岸を1000㎞ほど南に下るとサナセル共和国の首都、ラボルテスに到着する。南に向かって陸路で行くよりも安全、快適、かつ短時間で到着できるため船での移動が一般的となっている。

 

 アーゲリアン大陸の南には森林が広がっている。オルト共和国やルドルス王国の南の森林にはリザードンやワーウルフなどの獣人が暮らしているが、ここ、エラル王国の南の森林は、様々な国からやってきた人たちにより開拓されていた。

 やがて海運で力をつけ、百五十年ほど前にこの新しい開拓地はサナセル共和国として独立を果たした。この新しい国は、オルト共和国をモデルにした議会によって政治が行われている。


 リベルは、チケット購入の列に並びながらラボルテス行きの船を見て感嘆の声を漏らす。

「ほー、大きいな」

 川を下ってきた船より何倍も大きく長さは100m近くある。

「あなた、この船に乗るのは初めてですか」

 後ろに並んでいた中年の男が声をかけてくる。

「あ、そうです。ラボルテスに行くのも初めてなんです」

「この船は海の魔物、シーサーペントから守るためにこんなに大きいんです。どんなに大きいシーサーペントでも、せいぜい20mといったところですから」

「なるほど」

 船の側面は黒い鉄板で出来ていて頼もしく見える。速度も速く、1000㎞の行程も僅か三日間しかかからない。

 リベルは、金貨一枚、10万rを支払って個室をとった。

(ちょっと高いが、バルドゥールさんからもらった金貨がたっぷりあるからなあ)

 バルドゥールからもらった金貨は200枚以上ありそうだった。


 リベルが船室に入るとすぐに船は動きだした。船室には窓は無いのですぐにデッキへと向かう。前方は人でごった返していたので後方に向かうと、過ぎて行くサリファンの町並み、一際背の高いアルテオ城や、重厚な王城も見える。季節はもうすっかり春になって風も心地いい。

 船の最後尾から下を覗いてみると、船の下から水流が渦を作りながら後方へ流れている。

(そう言えば、帆もついてないのにどうやって動いているんだろ)

 リベルがそんなことを考えていると、小さな男の子を連れた親子連れが隣にやってきた。

「凄い、凄い。もうこんなに進んでる」

 子供が飛び跳ねながらはしゃいでいる。

「マルコ、危ないよ顔を出さないで!」

 母親が注意しているが子供は聞く耳を持たない。

「すいません、騒がしくて。初めて船に乗るんで興奮してしまって」

 父親らしい人がリベルに話しかけてくる。

「いいえ、大丈夫ですよ。俺もこんな大きな船に乗るのは初めてですから」

「では、ラボルテスも初めてですか」

「はい、どんなところか楽しみにしています」

「ラボルテスはですね、魔道具が物凄く発達しています。この船も魔道具の力で進んでいるんですよ。ほら、魔道具で水流を作って進んでるんです」

 父親は船の後ろに向けて続いている水の流れを指さしながらリベルに教えてくれた。


 船はやがて川を出て海に入った。右手遠くに陸を見ながら沿岸を南下していく。

 海に入って、単調な風景となったためかデッキに出ている人も少なくなって来た。途中二か所の港を経由したのち、三日目の午後にはラボルテスに着いた。

 ラボルテスの港からは、10階建て以上はありそうな高い建物がいくつか見える。港には馬の付いていない馬車がたくさん並んでいて、船から降りた人が順番に乗り込んでどこかに向かっていた。

(あれも、魔道具なのかなあ)

 リベルはそう思いながら順番を待っていた。

 やがて、リベルの順番になり車に乗り込んだ。

「どちらまで」

 運転手が聞いて聞いてくる。

「今夜の宿を探しているんですがどこか知りませんか」

「どんなところがいいですか、ピンからキリまでありますが」

「それじゃあ、ピンでお願いします」

「分かりました」

 運転手がそう言って車を走らせる。

「あの、ここでは馬車は走ってないんですか、その、馬のついてない馬車ばかりで」

「ハハハ、お客さんこの町は初めてですか。もう馬車はほとんどありませんね、ここ数年で魔動力車に変わってしまいましたからね」

「魔動力車ですか」

「20年ほど前に、シリト社が魔動力ユニットというのを作りましてね、こいつで生活が一変しました。魔動力車に限らず、船や工場など、あらゆるところで使われています」

「魔動力ユニットですか」

「はい、これは魔力を回転力に変換するものです。今では用途に応じて何百種類もありますよ」

「へー面白いですね、でもほかの国で見ないのはなぜでしょう」

「詳しいことは分かりませんが、おそらく、マジックエネルギー社のせいじゃないですかね」

「マジックエネルギー社ですか?」

「魔動力ユニットは、魔石の魔力で動くんですが、マジックエネルギー社が魔石への魔力の充填を格安でやってくれるんですね。これで、爆発的に普及しました」

(なんかいまひとつわからないが、魔力の充填がここでないと難しいのだろうか)

 リベルと運転手がそんな話をしているうちに目的地に着いた。

「ここがこの町で最も背の高いホテルです。値段もそれなりにしますが構いませんか」

 リベルは運転手に金を払って車から出ると建物の高さに圧倒される。リベルが見上げていると、扉の前に待っていた男に中へ案内された。


 リベルはチェックインをした後、11階の部屋まで案内されて椅子に腰かけてため息を一つ吐く。大きな窓からは町並みが広がっており、日は大分傾きかけていた。

(しかし、食事なしで3万rには驚いたな。それとエレベーター。なんでも魔道具だな)

 部屋に入ってしばらく外の景色を眺めながら気持ちを落ち着けようとしている。

 リベルは、少し落ち着いてから23階にあるレストランに向かった。

 窓際に案内され、料理や飲み物など聞いてくるがよくわからないので、戸惑いながら適当に受け答えしている。

(田舎者だと、丸わかりだなあ。外の食堂にでも行けばよかった。誰かガイドでもいればいいんだがなあ)

 外はすでに暗くなっているが、建物から漏れる明かりや街を縦横に走る道路には照明が付けられているようで随分と明るい。

(へー、夜なのにこんなに明るいなんて)

 少し窮屈な食事をとった後、隣のラウンジに向かう。

(少しでもここを知らないとな。情報収集しよう)

 そう思いながらラウンジのカウンターに座る。

「お飲み物は」

 黒いスーツに、髪と髭をきれいに整えた中年の男が聞いてくる。

「じゃ、じゃあウイスキーを」

「ロックでいいですか?、水はどうします」

「すいません、田舎な物なもんですからよくわかりませんので、お勧めでお願いします」

「はい、かしこまりました」

 テーブルに置かれたウイスキーには丸い氷が入っている。

(これは、氷か)

 リベルは氷が入っているウイスキーを初めてみたが、口を付けてみると、

「ん、うまい」

 初めての冷たい感触とのどを通る時の香りに思わず声が漏れる。あっという間に飲み干してしまった。

 リベルはお代わりを頼むと、男は目で笑いながら話しかけてきた。

「お客さん、ラボルテスは初めてですか」

「今日来たばかりなんです」

「お一人ですか」

「はい、ですから戸惑う事ばかりで」

 男が呼ばれてカウンターの奥の方に行くと、女がお代わりのウイスキーを持ってきて話しかけてくる。黒髪をきっちりまとめて先ほどの男と同じように黒いスーツを着ている。

「お客さん、どちらからですか」

「サリファンから今日ついたばかりなんですが、生まれはオルトです」

「えー、そんな遠くからいらしたんですか。私なんかどこにも行ったことが無くて、どんなところです」

 女は食いつき気味に聞いてくる。

「いや、ここと比べれば全然大したことないですよ、魔動力車や船などびっくりしました」

「よそでは、こんなことないんですね。へー」

「ここの事をもっと知りたいんですが教えてもらえますか」

 リベルは、女に色々なことを聞いた。商業組合やハンターや魔物の事から、周辺の地理から食べ物のことまで。

「この辺りは海産物が有名なんですね、明日行ってみますからおすすめの店を教えてもらえますか」

「そうですね、港の先に市場がありますので、そのあたりに行けば何軒かありますが」

 女は少し考えていたが、

「もしよろしかったら、明日ご案内しましょうか」

「え、いいんですか」

「その代わり、お昼ご飯をごちそうしてくださいね」

「そんな事でいいなら構いませんよ」

「本当ですか、やったー。私はマリと言います」

「俺はリベルです、よろしく」

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