第32話エンプレオス
翌日の昼前、リベルはホテルのロビーで待っているとマリがやってきた。昨日きっちりとまとめられていた髪は下ろされていて、黒いスーツではなく軽やかなワンピース姿のため随分と印象が違って見える。
(思っていたより若そうだな)
リベルはそんなことを考えながらマリと連れ添って通りを歩いて行く。昨日魔動力車でやってきた道を歩きながら港へ向かっている。
看板のたくさん出ている通りに入るとほとんどの店が閉まっていた。
「ここらの店は閉まってますね」
「はい、この辺の店は午後から夕方にかけて開きます」
飲み屋などが並んでいるようだ。
リベルは、蜘蛛の体に女の顔が付いた絵に目が止まる。
【悲劇、蜘蛛女。蜘蛛に捕らえられた女は蜘蛛女となって恋人を食べてしまった。己の運命を呪い泣きながら旅人襲う】
リベルが立ち止まって見ているとマリが声をかける。
「その絵はおどろおどろしいですが、見たらがっかりしますよ」
「やっぱりそうですよね」
しばらく行くと、たくさんの幟が立っている建物があった。魔獣と戦う剣士の絵や、恋人同士が見つめあう絵などが掲げられている。
「ここは劇場ですね」
劇場はオルトセンにもあったがリベルは観たことがない。
「マリさんは観たことありますか」
「何度かありますよ」
「どんな話が好きですか?」
二人は劇場を通りすぎ、話しながら歩いている。
「『修道院に咲く花』という話ですね」
「どんな話なんです」
「最初は、二人の英雄の冒険談となっているんですが、二人が同じ女性を好きになってしまうんですね。ところが女性の方は一人の男にしか興味がないんです。その後、女性の好きな人の方は不治の病にかかってしまいます」
(何か聞いたような話だなあ)
「ひょっとして、その後その女性は好きでない方と結婚するんじゃないですか」
「え、よくご存じですね」
「これ、実話に基づいてますよね」
「そうらしいですね」
「続きはどうなってます」
「妻の気持ちに嫉妬した男は、病気になってしまったかつての親友に毒を盛って殺すんです。ショックを受けた妻は修道院に入るんですが、夫が毒を盛ったという事実を知って自らも命を絶ってしまうんです」
(いやいや、毒を盛ったという話が既成事実化するんじゃないかな。アルテオさんはこのことを知っているのだろうか)
リベルはそんなことを考えながら話を聞いていた。
二人は、海の見えるレストランに入った。
「わあ、こんなに大きい海老。いいんですか」
マリはテーブルの中央に置かれた皿に乗っている、大きな海老を見て目を輝かせる。
「どうぞ、遠慮なく」
大きな鋏を持つ海老はすでに堅い殻は割られていて食べやすいように盛られている。
「うわー、おいしい!。こんなの初めて食べました。リベルさんてお金持ちなんですね」
「たまたま、お金が入ったんですよ」
「私大学に通っているんですがお金が無くて、夜のアルバイトでやっと生活しているんですよ」
「へー、頑張っているんですね」
二人は他愛のない話をしてレストランを出て海沿いを歩いている。だんだんと周りに建物は無くなってきて、遠くに大きな建物がいくつか見えてきた。
「あれは、競技場ですね」
「何をするところです」
「走ったり跳んだりして能力を競ったり、剣術の大会や、ラプトルのレースなんかもやってます」
「ラプトルのレースですか」
「どれが一番になるかお金を賭けるんですよ」
「へーそうなんですね」
そんな中、大きなテントがあって人がたくさん並んでいた。
「あ、魔術サーカスをやってる!」
マリが目を輝かせて言う。
「サーカスですか」
「すっごく楽しいんですよ、入りませんか?」
マリに誘われてリベルはテントの中に入った。円形に並べられた座席はぎっしりと人で埋まっている。
しばらくすると、上半身裸の男が出てきた。
男は、炎の魔法で30㎝くらいのファイヤーボールを作ると手の上で静止させている。
「あれ、熱くないんですかね」
「そうですね」
男はもう一つファイヤーボールを作るとジャグリングを始めた。そして火の玉の数を4つまで増やす。
次に女が出て来て、男と二人でジャグリングを始めた。火の玉がくるくると二人の間で回っている。
「へー、凄いな。手に触れずにどうやってコントロールしてるんだろ」
次に、身長1mぐらいの小さな兵隊がたくさん出てきた。よく見ると手足が緑ががっている。
「あれは、ゴブリンじゃないですか」
「え、そうなんですか」
ゴブリンの兵隊たちは二手に分かれて戦いを始めるが、箱に躓いてこけたり。シーソーで変なところに飛んだりとグダグダになって観客の笑いを誘う。
「あれ、わざとでしょうか」
「どうなんでしょうね」
その次には、3人の女性が煌びやかな衣装で現れて、音楽に合わせて優雅に踊り始めた。やがて、その3人は少しずつ上昇していって空中で踊り始めた。
「あれも魔法ですよね」
「おそらく」
(そういえば、飛行魔法は高レベルでないとできないって聞いたな。高レベルの魔法を使える人が3人もこんなところにいるのだろうか)
その後も、魔獣が出てきたり、魔法を使った曲芸などで観客は大いに沸いた。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「いいえこちらこそ」
二人はサーカスのテントを出て別れた。
翌日リベルは、ラボルテスから南へ向かって海岸沿いに60㎞ほど行ったところにある。サリガルトという小さな町を訪ねた。サリガルトは主に漁業を生業とする小さな町である。
その、サリガルトの東側にある、海に面して崖になっている場所にリベルはやってきた。
海面から数十メートルはあると思われる崖の上から海の方を眺めてみると、同じような崖に囲まれた円柱状の島がいくつか見える。島の上には木も生えているが、切り立った崖に阻まれて船での上陸は難しそうだ。
リベルは、遠くに見える島へ瞬間移動で渡った。
リベルは草原の上に降り立ち、島の中心に向かって坂道を登っていく。周りには何本かのヤシの木が生えていて葉が風にざらざらと揺れている。
(暑いなあ、ここらはもう夏だなあ)
リベルが汗をかきながら歩いて行くと、木々の密集した林の前に家が建っているのが見えた。二階建てで大きくはないが石造りのしっかりした建物である。
建物の周囲には花壇や手入れされたヤシの木などが植えられていて、きちんと管理されているようだ。
リベルが建物に近づいて行くと一人の男が出てきた。白髪の方が多くなった髪をきっちりと整えて服装も整っている。
「どちら様でしょうか」
柔らかい口調で話しかけてくるが洗練された動きの中に隙が無い。
「エンプレオス様を訪ねて来たのですが」
「主は誰ともお会いになりません。お引き取りを」
男は表情を崩さずリベルを追い返そうとする。
「あの、アルテオさんからの紹介状があるのですが」
リベルは、バッグから紹介状を取り出すと男に手渡す。
「少々お待ちください」
男はそう言うと家に入って行った。
(会ってもらえるだろうか、アルテオさんの力が試されるな)
リベルは、強い日差しを避けてヤシの木陰に入りながらそんなことを考えていると、先ほどの男が出てきた。
「お会いになるそうです」
(さすが、アルテオさん)
リベルは、男について家に入っていく。
玄関を開けると広いリビングとなっていて、高級そうなソファーやテーブルが置かれている。壁には絵画や、見たこともない置物がいくつも飾られている。
リビングの先は大きなガラス張りとなっていて、裏庭とその先に広がる海がよく見える。
その裏庭に一人の老人が座っているのが見えた。
男はリビングの奥の扉を開けてリベルを老人のもとに案内する。老人は海の方を向いて葉巻を吸っているようだ。
「初めまして、リベルと言います」
老人の正面に回ってリベルは挨拶をする。老人は顔を覆うほどの髭を生やしているが頭は禿げあがっており、髭も髪も真っ白でかなりの高齢と思われた。
「エンプレオスだ。まあ座りなさい」
老人はそう言って目じりにしわを寄せて話しかけてきた。
リベルが腰かけようとしたとき、
「魔人などというものはこの世に存在しない」エンプレオスはいきなりそう言った。
(え、いきなりなんだ)
リベルが戸惑っていると、
「ま、これは儂の勘じゃがな」
そう言ってエンプレオスは笑いかける。
「あの、少し話を聞いていただいてもよろしいでしょうか」
「いいだろう。話しなさい」
リベルは、ラットキンがバルログによって襲撃された話。リザードマンとワーウルフとの諍いでもデーモンが現れた話。それと、五百年前の戦争で魔人がバルログを使役していた話などをする。
「なるほど、五百年前の戦争でバルログを魔人が使っていたとの記録があるから、魔人が存在していると思っているのだな」
「そうです」
エンプレオスは顎髭を撫でながら考えている。
リベルは次に、ドラキュラ家とロクサーナを目覚めさせた話をする。
「ほー、それは面白いな。五百年間眠る魔法もすごいが、ネクロマンサーにも興味がある。一度会ってみたいが、どこに住んでいる」
「今は、サリファンのカイル霊廟というところです」
「霊廟に住んでるのか、ネクロマンサーらしくていいな」
エンプレオスは興味を持ってきたようだ。
「それとロクサーナさんによると、五百年前の魔人との戦争ですが、史実が異なっているというんです」
「なんだ、詳しく話せ」
リベルは、史実では魔人にドラキュラ家が加担したとなっているが、ロクサーナによるとドラキュラ家は魔人と戦って滅んだと言っている。という話をした。
「それは、興味深い話だな。よし、調べてやろう」
「調べて分かるんですか」
「そりゃ分らんが、面白そうだからな」
「ありがとうございます。それで、どのくらいで分かりますか。あと調査費用とかは」
「そうだな、最低一か月はかかるだろうな」
「そうですか」
「金の事は心配するな、これは儂の趣味みたいなもんじゃからな」
「趣味ですか」
「ああ、隠居してここに住んでいたが、刺激が無くて退屈しておったのじゃ」
エンプレオスはそう言って笑った。
「レオナルド」
「ハイ」
エンプレオスがリベルを案内してきた男に声をかけると、男は家の中に入って筆記用具を持ってきた。
「では、最初から知っていることをすべて話せ」
リベルが詳細に話をしていくのを、傍でレオナルドがそれをすべて書き留めて行く。
すべて話し終えた頃、初老の女性が紅茶を運んできた。
「エレーナと申します」
「あ、リベルです」
「エレーナは、レオナルドの妻じゃ。夫婦で儂の面倒を見てくれている」
(そうなんだ。エンプレオスさんには家族はいないのかなあ)
リベルがそんなことを考えていると、
「私たちは、エンプレオス様を父だと思っています」エレーナがそう言った。
「そんなに歳は変わらんと思うがの」
エンプレオスは少し照れたように笑いながらそう答えた。
「それと、これを付けておけ」
エンプレオスはリベルに腕輪を渡す。
「これは?」
「用事があったら呼ぶから、こいつが光ったらここへ来い」
「分かりました」
リベルはそう言うと腕輪をはめた。
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