第33話パレパネ島

 リベルは瞬間移動でエンプレオスの島からサリガルトの崖に戻る。

(しかし、これからどうするかなあ)

 崖の上からサリガルトの町に戻りながらリベルは考えている。とりあえず、日も暮れてきたので海の傍にある小さな宿に入った。

 翌日宿を出て町の中を歩く。

(特にすることもないが、今まで頑張ってきたからしばらく何もしないのもいいか)

 リベルはそんなことを考えながらぶらぶらと歩いているが、午前中とはいえ日差しが強く暑いので、目についた店に入って短パンとシャツ、サンダルを購入し着替えた。

 海のほうに歩いて行くと漁港についたが、漁に出ているのか船も少なく人もいない。そんな中、気が向くまま海沿いを歩いて行く。日差しは暑いが木陰に入れば涼しくて気持ちいい。

(海はいいなあ)

 海のない所で育ったリベルはまぶしく光る青い海を見ながらそう思った。

 海沿いを西へぶらぶらと歩きながら、適当なところで宿をとるといった生活を二週間ほど続けて、フラガニという町に着いた。この町はこの辺りでは最大で8万人ほどの人が住んでいる。

 リベルはこの町でも、あてもなくぶらぶらと散歩していた。そして気が向くまま、海の近くにある小さな山に登って海の方を眺めてみると、砂浜だけで出来たような低い小島がたくさん見えた。

(ここの風景は独特で美しいなあ、あの先には何があるんだろ)

 リベルは近くの島まで瞬間移動して砂浜に降り立った。

 足元の砂は白く細かい。海辺から少し離れた所からヤシの木などの木が茂っているが、地面は全部この白い砂で覆われている。海は透き通ってほとんど波がなかった。

(なにも無いが、ここはいいところだな)

 リベルはそう思いながら、砂浜に腰を下ろして海をボーと眺めていた。


 宿に帰って夕飯を食べながら宿の親父に聞いてみる。

「ここには小島がたくさんありますが、あの先には何があるんですか」

「もう少し先まで行くと、大きい島がいくつかあって人が住んでるよ」

「どんなところです」

「何にもないところさ」

 宿の親父はそう言って笑った。

 リベルは、次の日も昨日と同じ場所にやってきた。

(もう少し先まで行ってみるか)

 リベルは瞬間移動を使いながら島を渡っていく。

 

 十数個の無人島とわずかな漁村を経由して、やっとまとまった集落のある島に着いた。この島は、パレパネ島といって人口が三千ほどらしい。

 建物は木造で壁は草を編んだような素材で出来ており、屋根は草葺きになっているものが多いが、中にはサナセルで見られるような瓦葺きもある。

 商店には品ぞろえは少ないものの、サナセルで見られるようなものはだいたい売っているようだ。

 リベルは、街の外れにある食堂に入ってカウンターに座ると店の親父に注文する。

「何か食べるものと飲み物をください」

「はいよ」

 そう言ってからカウンターに背を向けると、食堂の壁は取り払われているので青い海と晴れた空がよく見える。涼しい風が通り抜けて心地いい。

「お待たせ」

 米に魚を煮たものが乗った料理と、瓶に入ったビールがカウンター越しに置かれた。

「飲み物と言えばビールなんですね」

「ほかの飲み物は高いからな」

 リベルはビールを口にする。

(こりゃ薄いなあ)

 他のテーブルでもビールを水代わりに飲んでいるようだ。

(のどの渇きをいやすために、がぶがぶ飲むにはちょうどいいかもしれないけど)


「お客さん、どっから」

 カウンターの向こうから親父が話しかけてくる。

「オルト共和国のサレトっていうところです」

「オルトにサレト?、おーい、カーナ。オルトって知っているか。それからサレト」

 奥の方から、ウェーブのかかった茶色い髪に褐色の肌の女がやってくる。まだ若そうだ。

「オルトって国だよね。サレトは知らないけど」

「そうそう国。かなり遠いよ」

「ふーん、外国から人が来るなんて珍しいな。それで何しに」

「別に用は無いんですけど、しいて言えば観光ですかね」

「こんな所にか!、何にもないぞ」

 親父と、カーナはあきれた顔をしている。

「ところで、宿を教えて欲しいんですが」

「なら、うちにしろ。この裏で、うちのカミさんがやってる。俺はゴルテスだ」

「俺は、リベルです」

 リベルは食堂の横にある竹を編んでできた扉を開けて裏庭に出る。裏庭は木々がたくさん生えていて手入れされているようには思えない。人の通行により地面が見えている小道を通っていくと宿があった。

 宿は、さっきの食堂で三食付いて3500rと格安だったが、平屋で隙間だらけのあばら家であった。


 リベルは、ここでも何もせずにだらだらと過ごすことにした。

 宿を出たリベルは、ふらふらと砂浜を歩いている。午前中なのに日差しは強く暑いため大きな麦わら帽子を被っている。足首まで海水に浸かるほどの砂浜を歩くと気持ちがいい。波はほとんどなく穏やかな海だ。

 砂浜の流木に腰掛けて、足を海に浸しながらボーとしていると、子供達の歓声が聞こえてきた。

 十才前後の子供達だろうか、三人の男の子が騒ぎながら海の中に入っていく。褐色の肌が濡れて光っている。

 子供の一人は水中メガネを持っていてそれを付けると水に潜って行った。


 海に潜った子供は貝を採っているようだ。採ってきた貝を背の低い子に渡すとバケツの中に入れている。

 やがて三人が戻ってきてリベルの前を通り過ぎようとするところで背の低い子と目が合う。

「何を採ったんだ」

 バケツを持っていた子が無言で中身を見せる。中には拳大の巻貝が沢山入っていた。

「ゴルテスさんの所にいる外人?」

 一番小さい子が話しかけてくる。

「ああ、そうだな、俺はリベル。オルトというところから来た。知ってるか?」

 リベルが笑顔で話しかけると、小さい子は二人の方を振り向くが、二人も首を傾げている。知らないようだ。

「僕はフーチ、こっちはシーチ。僕の兄ちゃんだ」

 バケツ思っているのがシーチのようだ。

「俺は、ボカと言います」

 水中眼鏡を持っている子が恥ずかしそうに答える。

「それは何。水の中を見るもの?」

「え、水中メガネも知らないの!」

 フーチが驚いて声を上げる。

「知らない。俺は海のないところで育ったからなあ」

「海のないところ?」

 三人の子供達はポカンとしてリベルを見ている。

 その後、三人の子供達とリベルはたくさん話をした。お互いに知らないことが多かった。


 リベルはボカから水中メガネを借りて顔を水に浸けて見た。

(うわ、何だこれは!)

 僅か30㎝程の浅瀬だが、海底の白い砂が水面の揺らめきを反射して輝いている。その中を瑠璃色に輝く小魚が泳いでいた。

 リベルは息が苦しくなって慌てて顔を上げるとボカが笑っていた。

「沖に行くともっと綺麗だよ」

「でも、泳げないからなあ」

「大丈夫。海は浮くから」

 リベルは三人の子供達と別れ宿に帰って行った。


「お、サザエだな。採ってきたのか」

「いえ、子供達に貰って」

「そうか、焼いてやろう」

 リベルは、子供達に貰ったサザエをゴルテスに渡しながら聞く。

「俺も泳げるようになるでしょうか?」

「さあな、この島の者はそんな事、考えた事も無いからな」


 翌日リベルは、島の商店に行って水着と水中メガネを買った。

(昨日のお礼に、子供たちのも買うか)

 リベルは、水中メガネを自分の物と合わせて三つ買うと海に向かった。

「え、いいの!」

 シーチとフーチに買ってきた水中メガネを渡すと飛び回って喜んだ。早速、シーチとフーチは海に潜って遊び始める。

 水中メガネを持っていたボカには、リベルが普段使っていたナイフをプレゼントすると目を輝かせて喜んでいる。

 リベルは泳げるようになるためボカの指導を受ける。

「息を大きく吸い込んで上を向いて寝る」

 リベルは、ボカのやり方を見ながら仰向けになって海面に浮かぼうとするが、すぐに顔が浸かって海水が鼻に入りせき込む。

「げほ、げほ」

「ぷは」、「あははは」

 それを見て三人の少年は笑っている。

 何度かやっているうちに、リベルは海面に仰向けに浮かべるようになった。それから水中メガネを付けてうつぶせに浮かび呼吸をする練習を何度も行って、二、三日もすると泳ぎながら海中を観察できるようになった。

 ボカの案内でリベルは沖の方へ泳いでいく。水中メガネで見る海底には白い砂地が続いていたが、やがて色とりどりのサンゴ礁が見えてきた。そしてその間を、色鮮やかな魚が泳いでいる。

「ヴォー」

 リベルは水中に顔を付けているのにも関わらず、思わず叫んでしまい溺れそうになった。

 リベルと三人の少年は岸に戻ってきた。

「凄いな、本当にすごい」

 少年たちは興奮して話すリベルを見て笑っている。

「リベルさんありがとうございます。頂いた水中メガネのおかげでよく見えました」

 普段おとなしいシーチが礼を言う。

「リベル兄ちゃん、ありがとう」フーチも併せて礼を言ってくる。


 翌日は、干潮を狙って蟹釣りにやってきた。

 穴だらけの岩がある場所は潮が引いてる。ヤシの葉っばを穴に差し込んでごそごそしていると、蟹がヤシの葉を鋏んでくるのでずるずると引っ張り出す。無理に引っ張ると蟹が足を踏ん張って葉がちぎれるので、自ら出てくるようにうまく誘導しなければならないが、コツがあってなかなか面白い。

 沢山取れた蟹はゴルテスが茹でくれた。それをバケツに入れると家の外にあるテーブルに置く。リベルと少年三人だけでなく、ゴルテスやカーナも一緒に手をべとべとにしながら食べ始める。

(この味は!)

 蟹の味が、以前蜘蛛の足を焼いて食べたことを思い出す。

(ミアはこの間会ったが、ジェイク、ロズはどうしてるかなあ)


 次の日、リベルと三人の少年は山に向かった。パレパネ島は案外大きく高い山もある。人々は海に面した僅かな場所で暮らしているが、山の方に向かうと深いジャングルとなっていていろんな種類のサルが住んでいるようだ。

「お前たちだけでここに来てるのか、危険な動物はいないのか?」

「うん、いつも来てる。サルぐらいしかいないし怖くないよ」

 リベルの問いにボカが答える。

 三人の少年の先導で、鬱蒼としたジャングルをかき分けてバナナや、マンゴーといったフルーツを採取してその場で食べた。

「ここは凄いな、こんなものが自然に生っているなんて」

「へー、そうなんだ」

 フーチが口の周りをべたべたにしながら返事をする。


 ゴルテスの食堂には毎日昼食を食べにくる爺さんがいた。飯を食った後、二時間ほど昼寝をして帰っていく。

 寝ている爺さんを見ながら、ゴルテスがリベルに話しかける。

「ロブ爺さんは塩を作っているんだがな、三年前に連れ合いを亡くしてから毎日ここに飯を食いに来てる」

「塩ですか」

「昔はこの島でもたくさん作っていたが、儲からなくなって皆辞めた。今1㎏の塩が200rほどにしかならん。ここの昼飯を食うのがやっとの生活だろう」

 リベルはテーブルにうつぶせになって寝ているロブ爺さんの方を見る。日焼けして真っ黒になって血管が浮き出ている腕、太くて変形した指には長年体を酷使してきたことが窺える。

(みんなこうやって必死で生きているんだよなあ)

 リベルは、だらだらと遊んで過ごす日々を反省する。


 翌日リベルは、ロブ爺さんの家を訪ねてみた。

 浜には、海から海水を引いて貯めてある塩田がいくつもあり、ロブ爺さんはその砂をかき集めている最中だった。

「お前は、宿にやってきた外国人だな」

「はい、ちょっと見せてもらっていいですか」

 リベルがそう答えるとロブ爺さんは苦笑いしながら、

「見てるだけか、手伝おうとは思わんのか」

 率直な言い方にリベルは少し戸惑う。

「わ、分かりました、お手伝いします」

 リベルは、ロブ爺さんに指示されて砂を運ぶ。

(こりゃあ、重労働だな)

 午前中だが強い日差しに汗が溢れる。

 その後、塩水を窯で煮て水分を蒸発させるが、これがとてつもなく暑かった。

 午前中の仕事を終えて、二人はいつもの食堂へ向かって歩く。

「午後からは何をするんですか」

「今日はこれで終わりだ。あとはお日様が仕事をしてくれる」

 食堂に着くとリベルは、いつもの三倍ビールを飲む。

(あー、うまいな。体に染み渡る)

「おう、爺さんの手伝いをしたんだってな。これは、俺からのおごりだ」

 そう言ってゴルテスは、ビールと葉巻を二本ずつ持ってきた。

「葉巻じゃないですか」

「ここは、葉巻の産地で高値で売れるんだが、不良品が多くてな。虫が穴をあけると売り物にならん。そいつを工場で働いてるやつから手に入れたんだ」

 よく見ると穴が開いたところに紙を貼っている。

「おお、儂にもか。すまんな」

 ロブ爺さんはうまそうに葉巻を燻らせ始めたが、すぐに船をこぎ始めた。


 リベルはその後も、海で泳いだり。子供たちと釣りをしたりと毎日を遊んですごしていた。

 そして、エンプレオスと別れて一ヶ月が過ぎたがまだ腕輪は光らない。

(エドガーさんのバッグが届いているかもしれないのでいったん戻るか)

 リベルは一か月ぶりにラボルテスに戻った。

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