第28話帝国対エラル王国

 バルドゥールは持ち帰ったファフナーの財宝を使って、新しい奴隷を増やしたり、修道院の改築や家具の購入などを行っていった。

 昼間はバルドゥールの活動に支障があるため、リベルは買い物や改築の段取りなどバルドゥールの指示で忙しく働いていた。

 二週間ほどそんな日々が続いていたが、少し時間が出来たのでリベルは商業組合に向かっていた。

 リベルが商業組合のある町の中心部あたりに近づいて行くと、今までと町の雰囲気が異なっている。街中や商店には兵士が溢れていた。


 リベルが商業組合に入ると、中は人でごった返しており騒然としていた。

「おい、もっと詳しい情報は無いのか」商業組合の職員に詰め寄っている者がいる。

「俺はサナセルに向かうぞ、お前はどうする」

「もう少し様子を見るよ、いつでも逃げ出せる準備はしておくがな」

 あちこちで色々な話が飛び交っており、いつもと全く様子が違う。

 リベルは、近くの男に声をかけて聞いてみる。

「すいません。何かあったんですか」

「お前知らないのか、ラジャルハン帝国の大軍が攻めてきたんだ」

「え、本当ですか。先週はそんな様子は無かったのに」

「三日前の事だ。イズダハル荒原に大軍が現れたらしい」

「皆さん、どうしようと思ってるんですか」

「様々だな、半分は逃げ出そうとしているがな」

 その時、別の男が口を挿む。酒を飲んでいるようで顔が赤い。

「この国には、魔導士アルテオ様がおられる。心配ないさ」

「だが、帝国の騎馬兵は無敵だというぞ。いくらアルテオ様でも今回ばかりは」

「アルテオ様だけじゃないぞ、ハーレム軍団も居るから大丈夫だ」

「ハ、ハーレム軍団ですか」

 リベルは聞き間違えかと思って聞き返す。

「おう、そうだぞ。男の夢がそこにある」

 さっきの男が苦笑いしながら、

「酔っぱらっているからな、気にするな。だが、ハーレム軍団は相当な実力とのうわさだ。数は少ないが皆一騎当千の強者ばかりだと聞く」

「へー、そうなんですね」

(魔導士アルテオとハーレム軍団か、これは是非とも見なければ)

 リベルはすごく興味をそそられた。

 その後、エドガーの手紙を確認すると、四月の頭にバッグを届けるとの内容が書いてあった。

(後、二週間ほどだな、それまでは動けないな)

 リベルはそう思いながら帰って行った。


 リベルはカイル霊廟に戻ると、バルドゥールに帝国軍の話をする。

「という訳で、ちょっと見学してこようと思います」

 リベルがそう言うと、バルドゥールは頬杖をついて何か考え事をしている。

「バルドゥール様・・・」

 コルネリアがバルドゥールに話しかけると、バルドゥールはコルネリアの方を見て、

「もう、関係のないことだ」

 一言言ってまた黙り込んでしまった。

(どうしたんだろう)

 リベルは二人の様子が気になったが、聞けるような雰囲気ではなかった。


 リベルは一週間後、食料やキャンプの道具などをバッグに詰め込んで、ウキウキしながらイズダハル荒原へ向かっていった。

 イズダハル荒原はサリファンから北に300㎞程行った、中央山脈を越えた先にある。イズダハル荒原は、数年前にラジャルハン帝国がこの地へ侵攻した後も、岩ばかりで草木が生えていない場所のため無人のまま放置されていた。


 リベルは中央山脈の最も街道に突き出た岩山に上ってイズダハル荒原を望む。

 話に聞いていた通り草木の生えていない荒れ地であった。中央山脈の切れ目となっている街道沿いにエラル王国軍は布陣しており、国境を死守する構えである。リベルのいる場所からは1㎞程離れている。

 一方、ラジャルハン帝国軍は、3㎞程離れて布陣しており無数のテントが地平を埋め尽くしていた。

 リベルもテントや、折り畳みのテーブルや椅子などを取り出してキャンプの準備を始めた。一通り準備が終わってコーヒーを飲んでくつろいでいるところに声がかかる。

「お、いい香りだな。儂にも淹れてくれよ」

 リベルが振り返ると、いつもの黒装束ではないアカテが立っていた。どこでも見かけるようなチュニックを着て、頭にはいつものとは違う頭巾をかぶってラットキン特有の丸い耳を隠している。

「アカテさんお久しぶりです。いつもと違いますね」

「ハハハ、昼間は目立つからな」

 アカテはそう言ってテーブルをはさんで座る。

 リベルはコーヒーを勧めながら話をする。

「いらっしゃると思ってましたよ」

「これは見逃せんだろ。ところで、あれから何かあったか」

「ロクサーナさんの話はもうしましたっけ」

「いや、しらんぞ」

 リベルは、ドラキュラ家の遺跡で発見した事、その後教会から追われたことなどを話す。

「へー、面白いな。史実が異なっていると言ってたのはその事か」

「アカテさんの方は、その後新しい情報はありますか」

「魔人については何もないな。調べても影すら見えてこない」

「俺も、王立図書館で調べようと思ってたんですが、門前払いを食らって進展なしです」

「しかし、教会を敵に回して大丈夫か」

「まあ、なんとか」

 季節は春になってサリファンあたりは随分暖かくなってきたが、この辺りはまだ冷たい風が吹いている。

「ところで、いつごろ始まるんでしょうか」

 アカテは遠くに見えるラジャルハン帝国の陣を眺めながら、

「まだまだ、っていう感じだな」

「それまでどうします」

「ここにいてもいいか」

「じゃあ、しばらく語り合いますか」

 リベルはそう言って、ウイスキーのボトルを取り出す。

「お、いいな」

「まだここらは寒いですからね」

 アカテは戦争が始まるまでの間、リベルのテントで寝泊まりすることにした。


 キャンプを初めて二日が経過したころラジャルハン帝国軍に動きがあった。隊列を整えて進軍の準備を進めている。

「そろそろですかね」

「そうだな」

 二人が朝食を食べながらそんな話をしていると一人の男が話しかけてきた。

「失礼します。私、フリーの記者をしている、ディエゴと言います。話をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「何も話すことはない。あっちけ」

 アカテがすぐに追い払おうとするが男はしつこく食い下がる。

「謝礼も用意してます。少しだけでも・・・」

「そんなものはいらん」

「後で気が変わったら声をかけてください」

 男はそう言いながら去っていく。

「アカテさん全く相手をしないんですね」

「あいつらは、読者が喜びそうなことなら平気でうそを書く。一切口をきくな」

(アカテさん以前何かあったのかなあ)

 リベルはそんなことを思いながらアカテの様子を見ていた。


 しばらくして、ラジャルハン帝国軍が大きな盾を持った槍兵を先頭に進軍を始めた。その後ろには弓兵、左右に騎馬兵が見える。

「凄い数ですね、五万、六万?」

 リベルは、ずうっと続いている帝国軍の壮大な光景に興奮を抑えきれない。

「いや、十万は下らんだろう」

「十万!」

 一方のエラル王国はせいぜい五千と言ったところか。

「この戦力差は相当ですね」

「そうだな。魔導士アルテオがどれほどの者か見ものだな」

 アカテも同意する。

「それと、アルテオのハーレム軍団が凄いらしいですよ」

 アカテが噴き出して笑う。

「ハハハハ、いや凄いかもしれんが、今は戦の話だぞ」

「それが戦うらしいんです。めちゃくちゃ強いって聞きました」

「本当か!、ますます楽しみになってきたな」

 アカテもワクワクしているようだ。


 やがて、ラジャルハン帝国軍は1㎞ほどの距離を置いて止まった。

(何かよく見えないなあ)

「アカテさん、あの岩山の上まで移動しませんか」

 リベルはエラル王国軍の近くにある垂直に切り立った切り株のような岩を指さしている。

「そうするか」

 リベルは、テーブルや椅子などをバッグに入れると、アカテを背負って切り株のように立っている岩の上まで瞬間移動を行う。その岩は高さが50m近くあり、岩の上部は平らになっていた。エラル王国軍までは500mと離れておらずよく見える。

 リベルは、折り畳みテーブルと椅子を取り出して岩の上に置くと、二人は椅子に腰かけてのんびりと開戦を待った。


 やがてどらの音と共に、ラジャルハン帝国軍の槍部隊が進み始めた。一方、エラル王国軍は動かず迎え撃つ構えを見せているが、中央に建てられたやぐらの上にいた男が杖を振るった。

 すると、上空の雲がオレンジ色に光ったと思うと、空から真っ赤な火の玉が帝国軍へ向けて落ちてくるのが見えた。

 帝国軍兵士はそれを見て、落下地点と思われる中央部分から四方へ逃げ始めた。人がいなくなった地面へ向かって火の玉が落下すると、地面が波のように周りに広がって直撃を免れようとした兵士たちを飲み込んで行った。

 リベルとアカテの方にも轟音と衝撃波が襲ってきて、リベルは思わずテーブルの下に隠れる。

「ちょっと近すぎましたかね」

 リベルはアカテに話しかける。

「凄いな、今のがアルテオか」

 砂塵が舞い上がり帝国軍の中央部分はすり鉢状に穴が開いていて、周囲にたくさんの兵士が倒れている。

「今ので相当やられましたね」

「千人以上は優にやられているように見えるな」

 帝国軍は一時混乱していたが、いち早く体勢を立て直した左右の騎馬部隊が王国軍に迫ってきた。王国軍は馬防柵を三重に巡らせて騎馬に備えているが、帝国軍はそれに構わず押し寄せてロープで柵を引き倒そうとしている。

 王国軍は、アルテオがいる中央のやぐらから左右二つずつのやぐらへ渡り通路で繋いでおり、そのやぐらや通路にはずらりと魔法使いが並んでいて迫ってくる帝国軍に魔法攻撃を開始した。

 迫る騎馬に土魔法で作られた槍が地面から無数に生えてきて先頭の騎馬を串刺しにし、後続の行く手を阻む。

 立ち往生している騎馬にはやぐらの上から、広域に炎が浴びせられ数十頭の騎馬がまとめて丸焦げになる。

「あっちもすごいですね。あれが、ハーレム軍団でしょうか」

「そうかもしれんが、男もいるぞ」

 数十人の魔法使いが次々と魔法を放っているが、確かに男も混じっている。

 やがて体制を立て直した槍兵が前進を始めると、中央のやぐらにいるアルテオが杖を振るう。すると今度は、巨大な竜巻がいくつか現れて槍兵を吹き飛ばしていく。

 次に帝国軍は、後方の弓兵が一斉に矢を放つ。無数の矢が雨のように王国軍へ降り注いでいくが、魔法によるバリアですべて防がれてしまった。

「いやあ、凄いですね。無傷ですよ」

「うん、こんな戦い始めてみた。帝国軍の騎馬兵が圧倒する戦いを儂は何度も見ているが」

 戦いは、何度も攻めかかる帝国軍を、王国軍の魔法使いたちがことごとく防いでいた。王国軍の一般の兵たちは待機したまま動いていない。

 帝国軍は断続的に一日攻め続けたが、犠牲が広がるばかりで一向に成果は上がっていなかった。

 日が傾き始めたころ帝国軍は一旦引き上げて行った。

「今日は、終わりですかね」

「そうだな」

 リベルとアカテは、荒野に沈みゆく夕陽を見ながら食事をしていた。

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