第27話ファフナー
カイル霊廟に連れ帰った六人の奴隷たちは、バルドゥールの指示で家事やロクサーナの世話係などの作業が与えられた。
「まだ、人数が足りません。建物の周りには雑草が生え放題ですし」
バルドゥールがロクサーナにそう言うと、
「外の作業は、スケルトンにやらせますか」
ロクサーナがそう言うと、「ドミネート」と唱える。
すると、墓場からぞろぞろとおおよそ百体ほどのスケルトンが現れてきて整列する。
「草取りをして」
ロクサーナがそう言うとスケルトンたちは敷地一杯に広がって、しゃがみこんで雑草を抜き始めた。
「さすが我が主」
バルドゥールはその様子を見て感心しているが、
(おー、こんなこともできるのか、教会は死者を冒とくしていると言っていたが、なるほど)
リベルは、五本揃っていない指で一生懸命草を抜いているスケルトンの姿に、可笑しくなって笑いをこらえていた。
「しかし、まだ奴隷はいた方がいいでしょう。また、資金集めが必要ですね」
「前回は、どうやって資金を調達したんですか」
リベルがバルドゥールに聞く。
「色々な秘密を知ってるからな、ちょっと脅せば金を出したが」
「いくらぐらいですか」
「この間は一億程だが、奴隷も買ったしすぐに無くなってしまうから、纏まって金を入手する方法を考えないとな」
バルドゥールは腕を組んで考えている。
(ハンターなんて小銭しか稼げないしな、貴族の家は大変だなあ)
リベルがそんなことを考えていると、
「悪徳商人の家に行って皆殺しにすれば、根こそぎ取ってこれるな」
「え、」
ロクサーナが驚いてバルドゥールの顔を見る。
「ハハハ、いや、冗談ですよ。さすがにドラキュラ家に泥を塗るようなことはできませんから」
(バルドゥールさんが言うと冗談には聞こえないなあ)
「そうだ、いいことを思いついたぞ、ファフナーの宝を取りに行くか」
「ファフナーって、呪いの指輪を付けて竜になったという物語の」
リベルが聞き返すと、ロクサーナも聞く。
「あれは、作り話じゃないんですか」
「いいえ、以前からこの話は国の中枢でも話題に上がっていて、実際に探索もやってたんですが、迷路になっている坑道に阻まれていたんです。まあ、私が死んでいた間に見つけられた可能性はありますが」
「どこにあるんですか」
「ここから、北に100㎞程行った山中に坑道があります。夜になったら調べてきます」
「国でも見つけることが出来なかったものをどうやって見つけるのですか」
「おそらく、蝙蝠たちが仕事をしてくれるはずです」
バルドゥールはそう言ってニヤリと笑った。
夜になって出かけて行ったバルドゥールは翌日の夜に帰ってきた。
「見つけました。しかし、残念ながらファフナーはまだ健在ですね。強烈な炎のブレスを吐きますがまあ何とかなるでしょう。馬車を用意しておきましたので明日の朝出発しましょう」
「分かりました、準備をしておきます」
「ファフナーか、本当に居るんだ」
リベルは、ロクサーナとバルドゥールの会話を傍で聞きながら思わずつぶやく。
バルドゥールはリベルの方へ振り向くと、
「お前も行くんだぞ」と言った。
「え?」
リベルは驚いて目を丸くする。
「俺は役に立ちませんよ。まだDランクですし」
「お前の瞬間移動が役に立つ」
「えー、マジですか」
リベルは嫌そうな顔をしているが、バルドゥールは無視して明日の準備を奴隷たちに指示していた。
翌朝、バルドゥール、ロクサーナ、リベルの三人は夜明け前に馬車に乗り込んで出発した。途中一泊して次の日の夜には坑道入口へ着いた。
「では、明日の朝出発するから準備をしておくように」
バルドゥールがそう言うと、同行してきた奴隷たちがキャンプの準備を始めた。片道二日の予定だが念のため一週間分の食料をマジックバッグに入れている。
翌朝一行は坑道に入っていった。バルドゥールが先頭で、その後ろにロクサーナとリベルが続き、左右にヨハンとコルネリアが浮かんで進んで行く。
すぐに暗闇となるので、コルネリアが『ライト』の魔法で坑道を明るく照らした。
一行がほんの100mほど進んだとき、前方に見える坑道の天井が黒くつややかになっているのが見えた。
その下あたりまで近づいていくと、突然それは動き始め何匹かが飛びかかってきた。
「ぎゃー」
それがすぐに何かと分かると、リベルは入口に向かって逃げた。
天井にうごめいていたのは、30㎝はあろうかという巨大ゴキブリの群れであった。
リベルは坑道の入り口まで出て来て座り込むと後ろを振り返る。
「わっ」背後にコルネリアがいて驚く。
すぐにバルドゥールが戻ってきて、
「コルネリア、明かりが無くなると困るだろ」
コルネリアは怯えているように見える。
「リベル、お前も何やってるんだ。虫は嫌いか?」
「いやいや、好きな人はいないでしょ。しかもあんなデカいのがいるとは聞いてませんよ」
バルドゥールはあきれたように話しかける。
「魔力の影響か虫が巨大化している。だがそれだけだ。別に大した脅威でもない」
「いやいや、攻撃力は弱いかもしれませんが、精神に大きなダメージを負いました。もうだめです」
コルネリアも隣で頷いている。
「所詮虫だ、もうどっかに逃げて行った。お前たちは何もしなくてもいいから、とにかくついてこい」
バルドゥールがそう言うと、リベルとコルネリアはしぶしぶ同意して中に戻っていった。
曲がりくねって、分かれ道がたくさんある坑道を蝙蝠のガイドに従って進んで行くが、リベルは角を曲がるたびに変な虫が出てこないかびくびくしながら後に続く。時々大きなカマドウマやヤスデなどに驚かされるが、多量には出てこないのでバルドゥールがたちまち叩きつぶす。体液を流しながらつぶれているカマドウマを横目に見ながら進んでいる。
(バルドゥールさんはよく平気だな、虫の体液が自分の方に飛び散っているのに)
リベルは嫌な気分になりながらついて行く。
しばらく進んでいると、白骨化した死体があった。ここに宝を求めにやってきたものだろうか。
「ロクサーナ様お願いします」
バルドゥールがそう言うと、ロクサーナがスケルトンとして蘇らせて一行の先頭に配置させた。スケルトンは時々現れる巨大な虫たちを倒しながら進んで行く。
だんだんと進んで行くうちに昆虫がさらに巨大化して数も増えてきたが、それに比例して増えている白骨死体もどんどんとスケルトン化していったため、スケルトンだけで対処ができている。
四時間ほど歩いて昼食休憩をしたときには、スケルトンは十体ほどに増えていた。
「俺の出番は無いですね」
「これからだ、心配するな」
バルドゥールがにやりと笑ってリベルに答える。
リベルの最初の出番は大きな縦穴であった。真っ黒な縦穴の底に、蝙蝠となったバルドゥールとコルネリアが先に降りて縦穴の底を明るく照らす。
位置を確認したリベルは、ロクサーナを背負って縦穴の底へ向かって瞬間移動を行った。
その先からは広い坑道となっており、しばらく進んで行くと、その坑道の広さにふさわしい大きさのウデムシが天井から落ちてきた。
「うわわ!」
リベルは大きさもさることながら気持ち悪い姿に鳥肌が立つ。鋏を持った前足は長さ二mほどもある。スケルトンたちが一斉に剣などで斬りつけて行くが堅い甲羅に剣は通らず、鋏に体をちぎられている。
すぐにバルドゥールが飛び上がって、上空から巨大なウデムシの頭部にこぶしを叩きつけた。
『ぶしゃ』という音と共にウデムシの頭部は砕けながら地面にめり込んでいる。足をばたつかせているが動くことが出来ない。
(凄いなあ、剣が通らない殻を一撃で砕くとは、レベルにしたらどれくらいだろ、Aランクかなあ)
リベルは感心して見ていた。
この後も長さ10mはあろうかという大ムカデなどが現れたが、いずれもバルドゥールの一撃で倒して行った。
一日目のキャンプは、大型の昆虫を避けるため狭い側道の奥に入って行った。ヨハンのゴーストたちが警戒し、スケルトンが護衛しているためリベルは安心して休むことが出来た。
二日目になって、しばらく進んで行くと大広間に出た。コルネリアがたくさんの光球を出してあたりを照らしたが、上下左右ともに暗闇が広がるばかりで全体の大きさはつかめなかったが、大きな谷が左右に横たわっているのが分かった。
谷の幅は300m以上はありそうで橋も見当たらない。ここでも先にバルドゥールとコルネリアが谷を渡って、それを目印にリベルがロクサーナを背負って向こう側に渡った。
谷を渡った先に、岩を削って作られたと思われる住居跡がいくつか見つかった。
「これは、ドワーフの作業場だ。何百年も前のな」
バルドゥールが説明する。
谷の向こう側にスケルトンは置いてきたので、ロクサーナは周りに散らばる人骨で新たにスケルトンを作りながら先に進んで行く。
その先も巨大昆虫を倒し、いくつかの谷を越えた先にファフナーの洞窟が見えた。
「ファフナーは元巨人ですよね。欲望の指輪で竜になったという」
「そうだな」
「であれば、知性とかもあるんでしょうか」
「それは分からんが、もしあったとしたら後悔しているだろうな」
「そうですね、いくら財宝がたくさんあったとしても、こんなところに閉じ込められているなんて」
「俺たちで開放してやろうじゃないか」
バルドゥールはにやりと笑う。
バルドゥールとコルネリア、そしてヨハンはファフナーのいる洞穴に近づいて行く。一方、リベルとロクサーナは洞穴から遠く離れた場所で待機している。
バルドゥールが洞穴の入り口から中を覗き込んだとき、
「誰だ、ここに近づくな」
低音の大きな声が坑道内に響いたと思うと、ファフナーは炎のブレスを吐き出した。バルドゥールはとっさによけて距離をとるが、高温のため右上半身の服が燃え上がり皮膚がはがれてただれている。右の二の腕は骨まで見えていた。しかし、バンパイアのため直ぐに体は再生する。
レイスであるヨハンとコルネリアには炎は効かないので、ファフナーの近くに残って魔法をかけ始める。
『デス』、『石化』、『麻痺』、『スロウ』、『混乱』、『スリープ』、『石化』、『スロウ』、『麻痺』、『テラー』、『石化』、『デス』、『混乱』・・・
ヨハンとコルネリアは魔法を次々と唱えるが一向に効いていないように思える。
ファフナーは洞穴からは出てこないが、ヨハンとコルネリアに向けて炎のブレスで攻撃しているようで、洞穴入り口付近の岩が赤くなっているのが離れて見ているリベルにも分かった。
一旦、ロクサーナとリベルのもとにバルドゥールは戻ってきて、
「あの、ブレスは厄介だな。コルネリアたちの魔法が効いてくれればいいが・・・」
そう言いながら洞穴の方を窺っている。
「リベル、お前の瞬間移動で洞穴の奥まで私を送ってくれるか」
「えー、入っただけでやけどするんじゃないですか」
「そうだな、しばらく時間をおいてからにするか」
バルドゥールはそう言うと、ヨハンとコルネリアを呼び戻す。
「どうだ、魔法は効いたか」
「いや、だめですね」
「中は凄い熱気になっているだろうな?」
「洞穴の中の岩が赤くなってますから、人間が入ったら燃え上がりますよ」
「中で戦うのは無理だな、なんとか穴から引きずり出す方法はないものかな」
さすがのバンパイアも燃え上がって灰になってしまえば復活はできない。バルドゥールは腕を組んで考えている。
「ヨハン、コルネリア。お前たち金貨を持ち出せるか」
「できますが、僅かな量しか持てません」、「私もです」
「それでいい。こっそりと金貨を持ち出すところを見せて、ファフナーをおびき出そう」
バルドゥールがそう言うと、ヨハンとコルネリアは頷いて消えた。
(ヨハンがいつの間にか、バルドゥールさんの家来のようになっているな。俺もそうだが)
リベルは、バルドゥールの的確な指示に苦笑いをした。
洞穴の中では、山のように積まれた硬貨や、宝石などの上にファフナーは横たわっていた。先ほどの戦いで疲れたのか眠っているようだ。
ヨハンとコルネリアは姿を消したまま洞穴の中に入ると、ファフナーの傍で実体化する。山のように積まれた硬貨は黒くさびた銀貨が大半で、金貨を選んで手に取ると洞穴の外へ向かう。ファフナーは眠ったまま気づかない。
ヨハンとコルネリアは、洞穴から100m程離れた場所に待機しているバルドゥールとリベルのもとに取ってきた金貨を置く。とってきた金貨はわずかで30枚ほどしかない。
「ほう、これは見たことないですね。今でも使えるんでしょうか」
リベルは、少し歪んで不揃いな金貨を手に取るとバルドゥールに聞く。
「金貨は重さだから重要なのは純度だな」
バルドゥールはそういって金貨を手に取って眺めている。
ヨハンとコルネリアは何度も往復しているが一向にファフナーは目覚めない。
「もう、倒さなくていいんじゃないですか」
「そうもいかんだろ。いつまでかかるか分からんし、大半はファフナーの下にある」
バルドゥールはリベルにそう答えながら考えているようだ。
「ヨハン少し挑発してみろ」
バルドゥールがそう言うとヨハンが小さく頷く。
ヨハンは金貨をもって洞穴の入り口まで来ると大きな声を出す。
「ファフナー、金貨は貰っていくぞ」
それを聞いたファフナーは目を開けると、ヨハンに向けて突進をする。素早く逃げるヨハンを追いかけてファフナーが洞穴から飛び出した。
ファフナーは長さ10m程で太った蜥蜴のような恰好をしている。体の表面は鱗で覆われ体をくねらせながら機敏に動いている。
それを見たバルドゥールは、すぐに蝙蝠となって飛び立ちファフナーの首の上に実体化したと思うと上空から後頭部に一撃を叩きこんだ。
『ドン!』という大きな音と共にファフナーは少し潰れるようにして地面にめり込み、ファフナーの下にあった岩が砕けて四方へ飛び散った。
「やった!」
遠くで見ていたリベルがそう思った瞬間、ファフナーは反転してしっぽを振り回しバルドゥールへ叩きつける。バルドゥールは蝙蝠となってその攻撃を避けている。
バルドゥールは炎のブレスを避けるために機敏に背後に回りながら、ファフナーへこぶしを叩きつける。そのたびにファフナーの下の地面からは砂塵が舞い上がるが、ファフナーの動きは落ちていないように思えた。
(硬すぎるな、裏返しにするか)
バルドゥールはファフナーの横に行って思いっきり蹴り上げて仰向けにさせると、腹に向かってこぶしを叩きこむ。
『ぐぇ』
ファフナーは、くの時になりながら苦しそうに声が漏れる。腹の方にも鱗は付いているが幾分柔らかいためダメージはあるようだ。
バルドゥールは、手足をばたつかせながら暴れているファフナーへ容赦なく殴りつけて行く。そして、蹴りつけた足が前足のあたりをとらえた時、砕けた指の間から指輪が外れて飛んで行った。
たちまち、ファフナーは人の形に戻るが身長が三メートル以上ある巨人であった。
瀕死の巨人は今にも息が絶えそうで、口は動かしているが言葉を発することはできていない。しかし、ただ最後に笑ったように思えた。
バルドゥールは飛んで行った指輪を拾い上げると、
「こんなものは災いのもとだ」
そう言うと、黒く口を開けている谷底へ向かって指輪を投げ込んだ。
「巨人はな、純朴で気のいい奴らなんだ。そんな奴らでも指輪のせいで欲望に飲み込まれてしまった」
死んでいる巨人を見ているリベルの横で、バルドゥールが独り言のようにつぶやいた。
そして一行は洞穴の中に入って行った。洞穴の奥には硬貨が山のように積まれていたが、ほとんどが錆びた銀貨や銅貨であった。
早速、スケルトンを使役して銀貨や銅貨などの価値の低いものを運び出させることにした。
半日ほどかけて価値の低い多量の硬貨類を取り除いた後には、金貨の他に宝石や、金やプラチナなのどのインゴットも見つかった。リベルのマジックバッグに入れてもずっしりとした重みがある。これらをスケルトンに背負わせるなどして一行は帰って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます