第26話カイル霊廟

 カイル霊廟はサリファンから東北の方に6kmほど行ったところにある。カイル霊廟に向かって進んで行くにつれて民家は無くなり、道の両側には雑草や低木が生い茂っている。さらに進むと柵があって立ち入り禁止になっていた。

 リベルとロクサーナ、そしてエミリーの三人は、その柵を超えて中に入っていった。

 柵の中の道は、石畳の間から草が伸びていて長年放置されていたことがわかる。道の両側は鬱蒼とした森になっていた。

 しばらく歩いていくと広場のような場所に出た。伸びた草の間から所々墓石が見える。

 草原のようになったその先には石造りの建物が二つ見える。左手手前にある小さな建物と、奥にある大きな建物だ。

「こっちです」

 ロクサーナが左手の方の小さな建物へ向かっていく。建物の正面には傷んだ木の扉があるだけで窓も何もない。

 リベルは扉をこじ開けてやっと三人が通れる隙間を作ると、たいまつに火を灯して三人は中に入った。

 霊廟の中は100㎡ほどでさほど広くないが、石がきっちりとはめ込まれて表面はなめらかに加工されており、部屋の内部はぐるりと彫刻による装飾が施されていた。

 その時、はっきりと悪意のある気配が感じられてリベルは動揺する。エミリーもリベルの後ろに隠れている。

「ドミネート」

 ロクサーナがそう言うと漂っていた悪意は少し収まったが完全には無くなっていない。

「あれ、いつもと違う・・・」

 リベルがそう言いかけた時、赤いローブの幽霊が姿を現した。

「アナタハ、あなたは誰。私には使命が。ああ、バルドゥール様」

(何かいつもと違うな)

 いつも簡単に従えているが今回はうまくいってないように思える。

「ロクサーナさんどうなってます。大丈夫ですか」

 リベルは心配になって聞く。エミリーはリベルの後ろで震えている。

「どうも強い信念が邪魔をしているようですね、少し話を聞いてみます」

 ロクサーナはそう言って赤いローブの幽霊に向かって話しかける。

「バルドゥールとは誰です」

「ああ、バルドゥール様。愛しい方」

「バルドゥール様はどこですか?」

「ここに眠っています。やっと一緒になれたのに、ずっと、ずっと目覚めない」

「この人死んでいるのを理解していないんでしょうか」

 リベルはロクサーナに問いかける。

「おそらく認めたくないのでしょう」

「バルドゥール様は死んでなどいない」

 赤いローブの幽霊はそう言うと奥の壁に向かって行って壁の前で立ち止まる。すると、その下の床がゆっくりと開いて行った。

 床の下へ入っていく赤いローブの幽霊に続いて、ロクサーナとリベル、エミリーが続いて下りて行くと、階段を下りた先に小さな部屋があり、中央に石でできた黒い棺が置いてあった。

 赤いローブの幽霊が棺に触ると、棺の上部がずれて、黒い服を着たミイラが横たわっているのが見えた。

「どうしてこの状態で生きていると思っているんでしょうか」

 リベルはたいまつの火でミイラを照らしながらロクサーナに聞く。

「バルドゥール様は死んでなどいない!」

 その時突然、赤いローブの幽霊から光の刀のようなものが出て来て、リベルとロクサーナに切りかかる。

 その瞬間、ロクサーナの前にヨハンが現れてそれを弾いた。

「お前は誰、なぜ邪魔をする」

「私は、ロクサーナ様に仕えるもの。ロクサーナ様は死者を操るネクロマンサー。お前が死を認めるならば復活も可能であろう」

「何、それは本当か!」

 赤いローブの幽霊の顔は見えないが声色に希望を感じる。

「復活できますが人ではなくなります。それでもよければ」

「それで構わない。バルドゥール様の目をもう一度見せて欲しい」

「分かりました」

 ロクサーナはそう言うと、骸骨の胸の上に手を置いて何か唱え始めた。すると見る間に筋肉や眼球、皮膚などが再生を始め、やがて一人の男になった。

 よみがえった男がかっと目を開くと、赤く燃えるような瞳でロクサーナを見る。

 直ぐに上半身を起こすと、

「主よ、この日を待っておりました。あなたにお仕えします」

 バルドゥールは、ウエーブのかかった黒髪を肩まで伸ばしており、二十代後半ぐらいに見える。

「バルドゥール様、コルネリアです」

 赤いローブの幽霊が話しかけるとバルドゥールはそちらの方を見て黙っている。

 次の瞬間、コルネリアと名乗った赤いローブの幽霊はキラキラと輝きながら美しい女性の姿となった。

「おお、コルネリアか、そんな姿になってまで待っていたのか。お前も主に使えるんだぞ」

「はい、バルドゥール様」

「あのー、よろしかったらこれを」

 バルドゥールの服はきちんとしているものの、白いシャツはひどく汚れているのを見かねてリベルが自分の着替えを差し出す。

「下賤の者、そのような物が着れるか!」

「ひえ!」

 振り返ってリベルを睨みながら話すバルドゥールの迫力にリベルはビビる。

「バルドゥール。この方は私の恩人のリベルさんです。下賤の者という言い方はやめてください」

「それは失礼しました、どちらの家の方でしょう」

 バルドゥールは少し表情緩めてリベルの方を見ながら聞く。

「俺はリベルと言います。その、貴族ではないんですが・・・」

「まあ、いいでしょう。我が主の恩人という事であればそれなりに尊重しましょう」

 バルドゥールは薄ら笑いを浮かべながらそう言った。

(いやー、この人苦手かも)

 バルドゥールが棺から外に出ようと棺のふちに手をかけた途端、石でできた棺のふちが砕け散った。

(あれ傷んでいたのかな)

 リベルはそう思いながら、棺のふちを触ってみるが硬い石はびくともしない。

 バルドゥールも自らの手を見ていたが、

「ウオー、力がみなぎる」

 そう言って棺を蹴ると石の棺は真ん中から砕け散る。

「この力は、いったい」

 バルドゥールがロクサーナに問いかける。

「あなたはもう人間ではありません。おそらくバンパイアでしょう。生前の能力、強い思いなど稀有な条件が揃ったものと思います」

「バンパイア!」

 バルドゥールは、ニヤッと笑うと蝙蝠の一団となって部屋から飛び立っていった。

 リベルたちもその後を追って部屋を出て行く。

「バンパイアって、日光に弱いんですよね」

「曇っていたので大丈夫でしょう」

 そう言いながら霊廟から出てみると外は小雨が降っていた。

 飛び回っていた蝙蝠の塊が、ロクサーナの前まで来ると固まってバルドゥールの形を作る。

「この力。主よありがとうございます」

 バルドゥールはそう言ってひざまずくと、コルネリアも並んでひざまずく。

「私は、ロクサーナ。ロクサーナ・ドラキュラです」

 バルドゥールは顔を上げて目を見開く。

「おー、コルセアの名家。まだ残っていたのですか」

「最後の一人です」

 ロクサーナは俯き加減で小さく答える。

「分かりました。ドラキュラ家復興のためこの力を使います」

 バルドゥールは立ち上がって力強く答える。

「ところで、ルドルス王国へはいつ戻られますか」

「多分もう戻れないと思います。教会にも追われてますし」

「なるほど、事情がおありと」

 バルドゥールとロクサーナの会話を聞いていたコルネリアが話しかける。

「もし、よろしければここに住みませんか」

 コルネリアは霊廟の奥の方にある大きな建物の方を見ながら答える。

 その建物に近づいて見ると、石造りの大きな建物の正面に立派な木の扉がついており、今でも使われているように見える。

 扉を開けて中に入ると中庭が目に入った、中庭には雑草が生い茂っているが建物はきれいなままだ。

 その中庭の周囲を回廊がぐるりと取り囲んでおり、その回廊を中心にいくつかの部屋が繋がっていて、建物全体はかなりの大きさであることがうかがえる。

 回廊を歩きながらコルネリアは説明する。

「ここは修道院でした。こちらの扉は礼拝堂への通路となっています。回廊の反対側には修道士たちの宿舎があります」

 コルネリアは回廊を曲がって階段を上り、突き当りの部屋へ案内する。

「ここが院長室です」

 コルネリアが扉を開けると、広い部屋に執務机やソファーなど調度品は揃っていた。

「長いこと使われていませんでしたので埃が積もっていますが、掃除をすれば使えるでしょう。ロクサーナ様はこちらを使われるとよろしいかと思います」

「元修道院と言ってましたが、ここは廃墟ではないのですか」

「あの、私が、その、追い出したので」

 コルネリアは少し気まずそうに話す。

(そういえば狩猟組合で、教会が司祭を何人も送ってもダメだったと言ってたが、この修道院の事があったのかもしれないなあ)

 リベルはそんなことを考えているとバルドゥールが、

「しかし、従者が二人ではとてもここを維持できません。最低二十人は必要です」

(いや、俺は従者じゃないんだけど・・・)

 リベルはそう思っていたが口には出さない。

「あのー、人もそうですが、ここを維持するには相当お金がかかると思うんですが、私たちあまり持ってないんですが」

「ふん、金か。少し当たってみるか」

 バルドゥールはそう言うとリベルの方を見て、

「リベル。そしてそっちの」

「こいつはエミリーです」

 エミリーは、リベルの後ろに隠れるようにしている。

「リベルとエミリー、明日は出かけるからついてこい」

 リベルは、なんだか強引だなと思いながらも了解した。


 バルドゥールとリベル、エミリーはサリファンの中心部にやってきた。今日も雨が降っているが、念のためバルドゥールはフードを被って顔は目以外を布で覆っている。

「ちょっと出かけてくるからここで待っててくれ、昼前に戻る」

 そう言ってバルドゥールはどこかへ行ってしまった。仕方がないのでリベルとエミリーはカフェに入って待つことにした。

「こんな高そうなところ大丈夫ですか?」

 店内には金持そうな人たちがたくさんいてエミリーは気後れしている。そんな様子のエミリーをしり目にリベルは店内に入って行く。

 エミリーは初めて飲むコーヒーの苦みに顔をしかめている。

「高いお金を払ってこんなものを飲むんですか」

「ミルクや砂糖を入れるといいよ」

 エミリーは味を確かめながら砂糖をどんどん入れている。

「エミリー、やっていけそうか」

「正直不安でいっぱいですが、リベルさんがいてくださるなら」

 リベルは、顔を上げてそう言って来るエミリーに少し苦笑いしながら、

「俺は、しばらくしたら出て行くからな」

「え、本当ですか」

「いや、言ってなかったっけ、エミリーをロクサーナさんに付けたのも、俺がいなくてもロクサーナさんが暮らしていけるようにするためだから」

「そうなんですね」

 エミリーは少し悲しそうに答える。


 しばらくして、バルドゥールが帰ってくると三人で食事をする。

「金を入手したから、午後からは買い物だ」

 バルドゥールは自分の衣服や、食料、日用品などをどんどん買っていく。それらをリベルがバッグに入れて行くのを見て聞いてくる。

「そのバッグ魔道具か」

「これは俺の魔法ですね、容量七倍、重さ七分の一です」

 バルドゥールはバッグを興味深そうに見ている。

「お前、面白い魔法を使うな。商人か?」

「まあそうですね、狩猟組合と商業組合両方に所属していますが」

「ほかにどんな魔法ができる」

「後は、瞬間移動ですね。見える範囲ならば一瞬で移動します」

「そうか、便利だな」

 バルドゥールとリベルはそんな話をしながら町のはずれの方にやってきた。ごちゃごちゃと建物が込み合っていて薄汚れている。

 バルドゥールは、ある建物の前まで行くと地下への階段を下りて行く。

「う、」

 臭気が鼻を衝いてリベルは気持ち悪くなった。振り返るとエミリーも鼻をつまんでいる。

 バルドゥールは腰を曲げて、扉の横にある窓に顔を突っ込んで話をしていたが、やがて扉が内側から開いて、三人は中へと入っていった。

 中に入ると一層臭気がきつくなった。直ぐに小太りの男が声をかけてくる。

「五十人ほどいます。用途をお聞かせください」

「料理人、従者、家事、雑用など二十人ほど欲しいが、値段にもよる」

「ほう、二十人とは多いですね。料理人は二人いますが、中年の女が千二百万、若いのが九百万というところです」

「随分高いな」

 バルドゥールと奴隷商の男は扉を開けて奥に入っていく。リベルも続いて中に入ると両側の檻に男女の奴隷がうつろな目でこちらを見てきた。後ろを見るとエミリーが怯えて中に入ってこない。

「バルドゥールさん、私たちは外で待ってますので」

 リベルがそう言うと、振り向いたバルドゥールがエミリーの様子を見て、

「分かった」と答えた。

 リベルとエミリーは直ぐに地下から階段を上って外に出たが、エミリーはまだ動揺しているようだった。

「昔を思い出したか」

「すいません」

 エミリーは小さな声でそれだけ言うと、しゃがみ込んでえずいている。


 しばらくしてバルドゥールと奴隷商が階段を上がってきた。奴隷商の後ろにはひもでつながれた六人ほどの奴隷が見える。

 すぐに馬車が来て馬車の後部に奴隷を入れると、前の扉を開けてリベルたち三人を中に案内する。

「追加でご希望の者たちが入りましたら連絡させていただきますが、どちらへお伺いしましょう」

「いや、またしばらくしたらここに来る」

 奴隷の取引は素性を明かさないことが多いため奴隷商もそれ以上聞かないようだ。

「分かりました。またのお越しをお待ちしております」

 馬車は雨でぬれた石畳の道をゆっくりと進み始めた。

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