第25話王都サリファン
翌朝リベルは、部屋の窓を開けて息をのむ。昨日の雨が上がって晴れ渡った空が湖に反射して湖面が輝いていた。
「これは見事だな、昨日は雨で見えなかったからな」
リベルは思わず独り言を口にする。
宿で朝食を済ませた後、港の桟橋に向かって三人は歩いている。
「リベルさん、朝日に輝く湖見ました?」
よっぽど感動したのか珍しくロクサーナから話しかけてくる。
「うんきれいだったな。昨日雨だったでしょ。だから余計にね」
「うん、すっごくきれいだった」
エミリーも嬉しそうにしている。
リベルは、ロクサーナとエミリーのために個室を用意し、自分は大部屋の乗船券を買って乗り込む。船は大きく、百人以上は乗っているものと思われた。
船は湖からカーライ川に入って下っていく。川幅が広く流れの緩やかのこの川は、曲がりくねりながら千五百キロも西に進んで海へと注ぐ。
「あれは城でしょうか。あ、反対側にも」
エミリーが船のデッキで楽しそうにしている。
川の両側は開けており農地や放牧地であったりしていたが、所々ある大きな岩山の上には石造りの城や砦が築かれており、エラル王国の旗が風になびいているのが見える。
「あ、花が咲いている」
エミリーにつられてリベルとロクサーナもそっちの方を見ると、まだ葉をつけていない木が黄色い花をたくさん咲かせている。まだ寒いが季節は春になろうとしていた。
どんどんと変わっていく景色にリベルは魅了されていたが、さすがに長時間は寒い。いつの間にかロクサーナとエミリーは部屋に戻っていた。
「どうですか、温まりますよ」
デッキの手すりから外を眺めていたリベルに、近くに座っていた白い口ひげの老人が、ウイスキーをグラスに注いでリベルに勧めてきた。
「ありがとうございます」
リベルは受け取ったウイスキーをグイっと飲み干すと、鼻からウイスキーの焦げたような香りが抜けて暖かさの塊が腹の方に下がっていく。
「ああ、うまい」
リベルが思わず口にすると老人は笑いながら、
「こっちもどうです」
そういって葉巻を勧めてきた。
リベルが貰って吸い込むと、「ごほ、ごほ」辛い味が舌を刺し、むせ返る。
「吸い込んじゃダメです。煙は口の中で味わう」
リベルは老人の言うように葉巻を吸ってみる。
「どこから来られました」
「えーと、生まれはオルト共和国の西のはずれの方です」
「ほう、遠くからやってきたんですな、商売ですか」
「ええ、そうです」
「商売うまくいくといいですね」
老人はそれきり黙って遠くの方を見ながら葉巻を燻らせていた。
船は昼夜を問わず進んで、三日目の昼には王都サリファンへ到着した。サリファンの町にはカーライ川から引き込まれた運河が何本も走っており、船によって荷物や人々の移動に利用されていた。
リベルたち三人は港近くの宿に入る。
「もう手持ちのお金も無くなってきたんで、明日商業組合と、狩猟組合へ行ってきます」
「私も少しですがありますので、これを使っていただけますか」
ロクサーナがバッグの中からお金を出そうとするのをリベルは制して、
「ロクサーナさんは、これから必要となってくると思いますので持っておいてください。本当に困ったらお借りしますので」
リベルはお金の受け取りを固辞する。
翌日リベルは、商業組合へ行って残金を確認すると、150万rあったので全部引き出した。その後エドガーにサリファン滞在の手紙を送るとその足で貴族街へ向かう。
ここの貴族街もヴェシュタンと同様に壁で囲まれており、身元を確認してからでないと入ることが出来ない。リベルは、テオドロスに書いてもらった王立図書館の司書への紹介状を手に、門の前に並んだ。
少し確認に時間がかかったが、一日だけの滞在許可証を発行して通してもらった。
このサリファンの貴族街もヴェシュタンと同様にきれいに整えられている。ヴェシュタンの場合は岩山の王城に向かって斜面に貴族の邸宅が並んでいたが、ここは平坦な場所に大きな屋敷が立ち並んでいる。
王立図書館に着くと入り口で司書への紹介状を渡した。
しばらく待っていると、奥の方から小柄な白髪の女性がやってきた。
「あなたが、リベルさんですか」
「はい、そうです」
その女性は少し困ったような顔をして、
「こんなもので閲覧ができるとでも」
そう言ってリベルの方を見る。
「無理ですか、テオドロス先生とはお知合いですよね」
女性はため息をついてから話す。
「まあ、知ってはいますが。お引き取り下さい」
リベルはがっかりして図書館を後にする。
翌日、狩猟組合に向かった。
狩猟組合の建物は古い外観だが、中に入ると見慣れたレイアウトでリベルは安心する。早速掲示板にて依頼内容を見ていると面白そうな依頼を見つけた。
【旧ボスマン家、ゴースト 5万r、Cランク】
(こりゃ、ロクサーナさんにうってつけだな。でもCランクか・・・)
以前のように依頼達成を先に済ませたいところだが、さすがに色々聞かないと難しそうなので、リベルは依頼の書かれた紙をカウンターの職員のところへ持っていく。
「この依頼ですが、Dランクでも受けさせてもらいたいんですがどうでしょう。聖魔法であれば簡単だと思いますが」
「あなた聖魔法を使えるんですか」
「俺じゃないんですけどね、使える人を知っているもんで」
「教会関係者かなんかですか」
「まあ、そうですね」
「わかりました、いいでしょう」
リベルは、場所などの情報聞いていくが、
「この依頼は、依頼者同行となります。その場で除霊出来たことを確認してもらうためです」
「確かに、証拠を持って帰れませんからねえ」
翌日、リベルとロクサーナが狩猟組合に行くと中年の男と若い女が待っていた。
「私は、エイドリアン。依頼主で不動産屋をやってます。そしてこちらは」
不動産屋であるエイドリアンが傍に立つ女性を紹介しようとしたが、その女性はエイドリアンの後ろに半ば隠れるようにしている。
「やばい、やばいです。エイドリアンさん。あの女性には恐ろしく強力な霊が憑いています。ボスマン家に居るのとはけた外れの物が」
その女はロクサーナの方を見ておびえている。
「大丈夫ですよ敵じゃないですから」
リベルは安心させようとするが、女の方は怯えて少しずつその場から離れようとしている。
エイドリアンは後ろに下がって行く女の方を振り返ってからリベルに話しかける。
「ハハハ、彼女の名はマチルダ。今回の依頼達成の確認をします。聖の魔法使いでして、そのせいで霊には敏感なんです」
「聖の魔法使いなら、自分で退治できるんじゃないですか?」
「勿論彼女もできますが、今回は彼女の手におえないゴーストという事ですね」
「なるほど」
「ところで、マチルダが恐れているものとは」
「まあ、そこは秘密ですが、さっきも言った通り味方ですから」
「分かりました。では行きましょう」
エイドリアンとマチルダの後ろを、リベルとロクサーナは少し離れて付いていく。
エイドリアンは町の中心部を抜けて貴族街へ通じる門までやってきた。通行証をもらって四人は貴族街に入っていく。
旧ボスマン家は貴族街の外れにあった。建物自体は古いものの壊れている様子はなかったが、庭木や草が伸び放題となっていて長期間にわたって人が住んでいなかったことがわかる。
「お二人はここで待っていてもらえますか、終わったら呼びますので」
リベルはエイドリアンにそう言うと、ロクサーナと共に壊れかけていた鉄の門扉を開けて、草をかき分けながら屋敷に向かって進み、屋敷の扉を開けて中に入る。
屋敷の中は、ソファーやテーブルなどの調度品は残っているものの薄くほこりをかぶっており、窓から入る光だけの室内は薄暗く不気味であった。
キョロキョロと不安そうに室内をせわしなく見まわしているリベルを見ながら、ロクサーナは笑っている。
「大丈夫ですよ、あ、出てきたようです。『ドミネート』」
ロクサーナがそう言うと、ゴーストらしき三つの影がロクサーナの前に浮いている。
「こいつらどうするんですか」
「聖魔法のように浄化はできませんから、ヨハンに任せます。ヨハン!」
そう言うとヨハンが現れて、ゴーストを従えるとゴースト共々消えた。
「終わりですか」
「はい」
あっという間に終わってリベルとロクサーナが門のところまで戻ると
「どうかしましたか?」
入ったと思ったらすぐに出てきたので、エイドリアンがリベルに問いかける。
「終わりましたので、どうぞ」
「え、もう終わったんですか」
エイドリアンとマチルダはあっけにとられながら屋敷の方へ向かう。
しばらくして、エイドリアンとマチルダが戻ってきて、
「依頼達成を確認しました」
エイドリアンがリベルに向かってそう言うとマチルダも聞いてくる。
「きれいさっぱりいなくなっていましたが、いったいどうやって?」
「それは、秘密ですね」
どこで教会に情報が洩れるかわからないので、リベルはなるべく秘密にしようと思っていた。
「まあ、商売のネタですからね。それより、他にもこういった物件がいくつかあるんですがそちらもお願いできますか」
「分かりました」
それから、三週間ほどの間に6件の同様の依頼をエイドリアンから受けた。
「リベルさん起きてください」
リベルが目を開けると、ヨハンがベッドの横にいる。
「うわ、びっくりした」
リベルは驚いて起き上がる。
(夜中にヨハンはやっぱり怖いぞ)
「怪しいものが近くに居ました」
リベルは急いでコートを纏うと部屋から出る。出たところで、ロクサーナとエミリーと出会う。三人はヨハンの後に続いて裏庭に出とそこには倒れている男がいた。
「殺したのか」
「いいえ、寝ているだけです」
リベルが男の服を探ってみるが、手掛かりらしいものは何も持っていなかった。しかし、首にかけてあるネックレスには教会のシンボルがついていた。
「教会の人間かもしれんな」
リベルがそうつぶやくとロクサーナが聞いてくる。
「どうしましょう」
「教会とは限りませんが、安全のため明日この宿を出ましょう」
「この人はどうします」
「こんなところで寝ていたら凍死するので、馬小屋の干し藁の中にでも放り込んでおきます」
そう言うとリベルは男を担いで馬小屋の方に向かっていった。
翌日リベルたち三人は宿を引き払って別の宿に移った。
その後も、エイドリアンの依頼でゴースト退治を十日ほど続けて合計十件の除霊を行った。
「いやあ、いったい何軒あるんですか」
「これでとりあえずは終わりです」
リベルの質問にエイドリアンが答える。
「ほかの不動産屋もこんな物件をたくさん抱えているんでしょうか」
「うちほどじゃないですが何件かは持っているでしょう」
「この仕事は、私たちに向いてるので紹介してくださいよ」
「そうですね・・・」
エイドリアンは少し考えた後答える。
「そうだ、建物じゃないんですけど、カイル霊廟というところに強力な霊が住み着いていて、その討伐依頼が狩猟組合に出てたと思います」
「へー、そうなんですね、聞いてみます」
翌日リベルは、狩猟組合に行って昨日聞いたカイル霊廟の依頼を掲示板で探してみるが、見つからなかった。仕方がないのでカウンターに行って職員に聞いてみる。
「カイル霊廟ですか、確か昔出てたような、ちょっと調べてみます」
裏に下がった、若い職員が中年の職員を連れてくる。
「カイル霊廟は、三年前に取り下げになった。十年ぐらい貼り出していたが誰も受けないんでな」
「かなり厄介なんですか」
「ああ、教会が高名な司祭を何人も集めたがどうにもならなかった。今じゃ誰もあそこには近づかん」
「へえ」
リベルは、宿に帰って狩猟組合で聞いたことをロクサーナに話す。
「カイル霊廟には強力な霊がいるようですが、ヨハンのように従属できませんか。教会がどう出てくるかわかりませんので、ロクサーナさんの守りを強化したいのですが」
「そうですね、行ってみますか」
「それとそこに住むことも検討したらどうかと思います。墓地があるならいざというとき、スケルトンを兵にできますし」
リベルとロクサーナが話しているところに、エミリーが口を挿む。
「幽霊がうようよいる墓場に住むんですか、絶対に無理です!」
「そうだ、エミリーも一緒行ってみよう、住めそうか見てみればいい」
「えー、一緒に」
エミリーはものすごく嫌そうに答える。
「怖いのか、子供だなあ」
エミリーは頬を膨らませて言い返す。
「じゃあ、リベルさんは怖くないんですか」
「ああ、俺は大人だからな」
ロクサーナは、屋敷のゴースト退治でビビっていたリベルを思い出して笑っている。
「でも、住むのは嫌でしょう」
「住むのか、んー、確かに俺はちょっと嫌かも。でも安全には替えられないからなあ」
「じゃあ、やめましょうよ」
「まあ、一回に見てからだな」
リベルがそう言うとエミリーはしぶしぶ納得する。
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