第45話拠点襲撃

 アカテが拠点を調査して数週間が経過したころ、再びアルテオ城にアルテオ、アカテ、リベルの三人が集まっている。

「よし、アルベルヒの所在が確認できたか。明後日決行しよう」

 アカテの報告で、今日アルベルヒが拠点に入ったことを確認し、五日ほど滞在の予定という情報を掴んだので、アルテオが日時を決めた。

 拠点への突入は、アルテオがエラル王国の魔術隊を中心に人選していた。スクロールを使って召喚されると厄介なので、その隙を与えず短時間で制圧する作戦を考えている。

「ベルナルドたちがこの部屋に入ったらすぐに、魔術隊は二名ずつ左右の部屋に分かれて突入する。グローリアは奥へ進め」

「敵の反撃にはどう対処しますか」

「攻撃してきたら躊躇せず殺せ、スクロールを発動させないことがまずは最優先だ」

「アルベルヒもですか」

「そうだ」

 アルテオが突入部隊に指示を出している。


 そして当日、リベルは二十人ほどの突入部隊を二回に分けて、琥珀の塔の拠点から2㎞程離れた場所に連れて行った。

 アカテの先導で拠点の近くまで移動する。

 琥珀の塔の拠点は、ルドルス王国とリザードマンの国との国境にある山岳地帯にあった。山の中腹にある洞窟の中を仕切って十余りの部屋を作っている。敵は50人程と推定しているが、入り口が狭いため精鋭20名で奇襲する作戦となっていた。

 藪から洞窟を見上げてみるが、山の中腹のため穴は見えない。周囲に誰もいないことを確認しながら一行は山を登って行く。

(おかしい、前来たときは周囲を数人が警戒していたのに、誰もいないぞ)

 アカテは背後に続くアルテオへ小声で伝えた。アルテオは手のサインで続行を指示する。


 洞窟の穴が見えるあたりまで登ってみると、入り口は開いており、その手前に茶色いローブを着た者たちが倒れていた。

 アカテとアルテオが駆け寄ってみると、目を大きく開いて死んでいた。ローブの下には鎧が着こまれているようだ。よく見ると地面に接している側頭部が潰れて血だまりが出来ていた。

「こいつらは、教会の騎士たちだ」

 倒れている者たちの格好を見てアルテオがそう言った。

「教会ですか、なぜ」

 アカテの問いかけには答えずアルテオは開いている扉から中に入って行く。中にも点々と同じ格好をした者たちが倒れていた。

「アルテオ様、生きているものがいます」

 アルテオが急いで向かうと、生存者は恐怖の表情を浮かべ見開いた眼で虚空を見つめていた。

「生きている者を先に外に出せ、城に連れて行く」

 リベルは息のあった三人を先に城へと運んだあと、教会の騎士の死体や、アルテオや魔術隊の人たちをアルテオ城へ順次送って行った。

 並行して、アルテオの配下の者が拠点をくまなく調べたが、教会の騎士団のみで琥珀の塔の関係者は見つからなかった。


「アルテオさん、教会の騎士たちは我々の作戦を知って先駆けたという事でしょうか」

「間違いないだろう」

「という事は、内通者が」

 リベルは、思わずあたりを見回す。

「この城にいるもののほとんどが教会の信者だ。誰が内通したかは容易には分からんだろう。俺だって洗礼を受けている」

「俺もです」

 アルテオとリベルがそんなやり取りをしているとき、クラウディオ司教がやってきた。

「アルテオ閣下、教会騎士団の者を連れ帰って頂いたと聞きました。感謝します。早速で申し訳ありませんが生存者のところへ案内していただけますか」

 アルテオはクラウディオ司教を連れて生存者を治療している部屋へと連れて行く。リベルもその後に続く。

 部屋に入ると三人の男が寝ていた。

「クラウディオ司教、この者たちに外傷はありません。ただ、精神をやられているように見えます」

「そうですか」

 アルテオの説明にクラウディオ司教はそっけなく答えて、寝ている一人の横に行って片膝をつき、頭の上に手を置いて目を閉じた。

 しばらくしてそうしていたが、クラウディオ司教の体がビクッ反応して一旦目を開く。そして、再び目を閉じた。

 それから、クラウディオ司教は目を開けて立ち上がると、

「アルテオ閣下、少し話をしましょう。よろしければ、リベル少佐もどうぞ」

 クラウディオ司教は、アルテオからリベルの方に視線を移してそう言った。

「え、俺のこと知ってるのか」

 リベルが小声でつぶやくと、それが聞こえたアルテオはにやりとする。


 三人だけで、別室に移るとクラウディオ司教から、

「リベル少佐は、オルト共和国の代表という立場でよろしいですね」

「一応・・・」

 リベルはアルテオの方をちらりと見て答える。

「先ほど記憶を読んでいたようですが、何があったか分かりましたか」

 アルテオはクラウディオ司教に座るように促しながら問いかける。

「はい。琥珀の塔の拠点に入ると同時にデーモンが現れて、教会の騎士たちは強い恐慌状態に陥り動けなくなりました、そして、三人の騎士たちが動けないでいる味方を次々に襲ったようです」

「助かった三人がそうなのですか」

「はい」

 クラウディオ司教は衝撃的な事実にもかかわらず淡々と話している。

「三人はなぜ生かしたのでしょうか」

「圧倒的な力があるという余裕ですか」

 リベルとアルテオが聞く。

「理由は分かりませんが、彼らは仲間を殺したという事実に苛まれるでしょう。これは我々にとって最も苦痛を伴う仕打ちです」

(悪魔らしいやり方という訳か)

 リベルは話を聞くだけで恐怖を覚えた。

 しばらく無言が続いたが、アルテオが口を開く。

「このような状況ではありますがお聞きします。教会は我々の情報を元に先駆けましたよね」

 クラウディオ司教はにっこりと微笑んで口を開く。

「アルテオ閣下、誤解の無いように申し上げますが、我々の信者は世界各地におり、おそらくどの国家よりも情報収集能力は高いでしょう。今回はたまたま、このような状況になったという事です。それと、今回教会は大きな犠牲を払いましたが、貴国は損害がない上に敵の情報まで入手できたではないですか」

「しかし、我々ならば逃がさなかったでしょう」

 アルテオがそう言うと、クラウディオ司教は少し考えてから口を開く。

「成程そうかもしれませんね。分かりました、今後は情報を共有しましょう」

「先日も言いましたが、私たちは指輪を手にしても使うつもりはありません。教会に渡してもいいと考えています」

「よく理解しています、我々は味方同士ですから」


 クラウディオ司教が帰った後、アルテオとリベル、アカテの三人で話をしている。

「アルテオさん、クラウディオ司教ってなんか胡散臭いですね」

「ハハハ、そうだな。白い服の下は真っ黒だからな」

「アルテオさん、先日アルベルヒが信者を洗脳して、スクロールを作ったという話をしましたが、教会の騎士たちも同じようなことをされたのでしょうか」

「これは洗脳とは全く違うな。これはデーモンの能力だ」

 リベルの質問に、アルテオは確信をもって答えている。

「アルテオ閣下、これからどうします」

 アカテがアルテオに聞く。

「どうするかな、またやり直しだな」

 そんな中、カタリナがお茶を持って入ってくる。

「そうだ、リベル。パレパネ島へ連れてけ。気分転換にいいかもしれん」

「えー、あそこ何にも無いですよ。アルテオさん気にいるかどうか」

「いいから連れてけ」

「仕方ないですね」

「パレパネ島ですか、私も連れて行ってください」

 そばで聞いていたカタリナも食いついてくる。

「お、いいぞ。行こう行こう」

「え、本当。やったー」

「わ、儂も行った方がいいよな」

「当たり前だろ」

 アカテが困惑気味に言うとアルテオが答えた。


「あっつ」、「何だここは」、「ふわー」

 アルテオ、アカテ、カタリナの三人を連れてパレパネ島のリベルの家へやってくると、突然の熱気に戸惑う。

「ここは暑いですからね、まずは着替えてください。部屋に着替えがありますから」

 リベルは三人をそれぞれ個室に案内し、自分も着替える。

 リベルが、リビングで待ってるとアカテとアルテオが出てきた。

「ア、アカテさん?」

 短パンとTシャツで現れたアカテの姿が、普段とあまりにも違っているのでリベルは戸惑い、必死に笑いをこらえていたが。

「ギャハハハ、誰だお前は」

 アカテの姿を見たアルテオは笑い転げている。

「アルテオさん、靴、靴」

 短パンとTシャツにブーツで出てきたアルテオを見てリベルが指摘する。

「おっと」

 サンダルを履いているリベルとアカテを見てアルテオは部屋に戻る。

「何だ、自分だって変じゃないか」

 笑われたアカテは、アルテオの姿を見て思わず口にする。

「何か楽しそうね」

 カタリナも外に出てくる。

「すいませんね、女性らしいのがなくて」

「露出が多くて恥ずかしいね」

 カタリナも短パンとTシャツなので、小柄だがすらりとした手足の大部分が露出している。


 入り口の扉を開けて外に出ると、抜けるような青空に白い砂浜、少し緑がかって透き通っている海に強い日差しが反射してキラキラと輝いていた。

「おお・・・」、「へえ」、「はぁ」

 アルテオ、アカテ、カタリナの三人は風景に圧倒されて言葉が出ない。

「凄いなここ」

「アカテさん海見たことあるんですか」

「バカにするな、だが、俺は色んな海を見てきたがこれほど美しいところは初めてだ」

 アカテはまぶしそうに目を細めながらそう言った。

「どうぞ」

 リベルは三人にゴルテスの店で買ってきたビールを手渡す。

 アルテオとアカテはデッキに置いてある椅子に腰を下ろしてビールを飲む。カタリナはビール片手に海に向かって行った。

「薄いなこれ」

 アルテオはビールを口するとすぐにそう言う。

「俺も最初そう思ったんですが、こっちでは水代わりにしてますからちょうどいいんですよ」

「俺は結構好きだな」

 アカテは口に合うようだ。

 アルテオとアカテは海を見ながら無言でビールを飲んでいたが、しばらくしてアルテオがウトウトし始めた。

 その様子を見ていたリベルがアカテに話しかける。

「アルテオさんいつも忙しそうにしてますからね」

「そうだな、一人で王国を仕切ってる感じがするな」

「アカテさんもお疲れでしょう」

「俺は長年鍛錬してきたからな」

 アカテはそう言ってビールを飲み干す。

「だが、こんなに気を抜いたのは久しぶりだな」

「えー、チヨさんのところじゃ気を抜いているじゃないですか」

「ああ見えて、あそこじゃ気を抜けんのだ」

「うーん、そうなんですね」

 リベルはチヨを思い出しながら答える。


 しばらくして、カーナが食事を運んできた。いつものように、ご飯の上に魚介のスープがかけられているだけの簡単な料理だ。

 海ではしゃいでいたカタリナも呼んできてデッキで食べる。

「うん、見た目はシンプルだが味は複雑でうまいな」

「私も好きです、スパイスが効いてて」

 アルテオとカタリナは気に入っているようだ。一方、アカテは食が進んでいない。

「アカテさん、おいしくないですか」

「いやまずくはないんだが、こう舌にピリピリとして少しずつしか・・・」

「辛いの苦手なんですね、何でも食べれそうなのに」

「なにこんなもの、儂は山での修行中に生きた蜥蜴や虫を食って生き延びたんだ。こんなものなんでもないぞ」

 アカテは、そう言いながら顔をしかめて食べている。


 シーチとフーチもやってくる。

「リベル兄ちゃん、ゴルテスさんが持ってけって」

 そう言ってかごの中を見せるとフルーツがたくさん入っていた。

「え、なにこれ見たことないよ」

 カタリナが早速切って食べる。ねっとりとした触感に、独特の香りと甘みが口いっぱいに広がる。

「んーん」

 カタリナは幸せそうな顔をして無言で食べている。

「お二人はこっちがいいでしょう」

 リベルはそう言って葉巻を見せると、

「おー、これこれ」

 アルテオは嬉しそうに受け取るが、アカテは吸わないようだ。

「何か虫食いの不良品らしいんですが、味は変わらないそうですよ」

「そうか」

 アルテオはデッキチェアに座って海を見ながら葉巻を吸い始めた。

「これどこに売ってるの、お土産に欲しいんだけど」

 カタリナは気に入ったのか、シーチに聞いている。

「これは俺たちで取ってきたんだ、山に行けばたくさんあるよ」

「え、山にあるの自然に生えてる?、え、でも魔物は?」

「カタリナさん、ここの山には魔物はいません。小さいサルぐらいしかいないんですよ。それから、年中こんな気候ですからいつでもフルーツは生ってますよ」

「えー、すごい。ここ楽園じゃない!」

「ホント、俺もそう思うんですが、ここの人は全然そんなこと思ってなくて、どんどん島から人が出て行ってるらしいです」

「まあ、そういうもんだろ、さすがに毎日だと飽きるんじゃないか」

 アカテもフルーツをパクパク食べながらそう言う。


 日が傾いてきたが三人ともくつろいで動こうとしないのでリベルが声をかける。

「そろそろ帰りますか」

「ん、そうだな」

 アルテオは答えるが動く気配がない。

「カタリナさん」

「あ、なに?」

 デッキチェアでうとうとしていたカタリナが半分目を開けてそう言う。

「アカテさんもなんか言ってくださいよ」

「まあ、たまにはいいんじゃないかゆっくりしても」

 アカテは少しずつ赤くなり始めた雲を眺めていた。

 結局、海に日が沈むのを確認した後、四人はアルテオ城に帰って行った。

「それで、これからどうするんだったかな」

「何も決まってませんよ」

 アルテオはまだ気が抜けている。

「じゃあ、とりあえず今まで通りの役割分担で、アカテは拠点の探索、リベルは琥珀の塔の調査、俺たちは、ギレスベルガー伯爵家とアルベルヒの調査だ。以上、解散」

 アルテオはそう言ってさっさと部屋を出て行った。

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