第44話琥珀の塔
翌日リベルは、バルトロを訪ねた。
目つきの悪い大男にバルトロの部屋へ通されると、バルトロはソファーに座って四、五人のいかつい男たちと話をしていた。
「おお、リベルか久しぶりだな」
「バルトロさん、ご無沙汰しております」
「リリィとマーサは元気にしているか」
「はい、とっても」
「そうか、それは良かった」
ソファーに座っていた男たちは立ち上がってバルトロの背後に立ち、リベルに座るように促す。
「こんなところまで、わざわざ何の用だ」
「バルトロさん、琥珀の塔って知っていますか」
リベルが単刀直入に聞くとバルトロの目つきが一瞬鋭くなる。
「お前、軍に入ったんだってな」
「よくご存じで」
「琥珀の塔は味方か?」
「今の所、味方でも、敵でもありませんが、将来は分かりません」
「正直だな」
そう言ってバルトロの口元が緩む。
「お前、奴隷は見たことがあるか」
「はい、ルドルス王国やエラル王国で見ました」
「どう思った」
「馬や牛と同じ扱いでした、ひどかったですね。しかも子供までいたのは驚きました」
「そうだ、誰でもそう思う。そんな彼らが身を守るために組織したのが琥珀の塔だ」
「そこが疑問なんですが、教会は手を差し伸べないんですか。いつも神の前に平等と言っているのに」
「ハハハ、神の前に平等なのは人間だけだ。教会も王国の者たちも奴隷は人間として見ていない。この国の常識からはかけ離れているがな」
オルト共和国は小国同士が集まった多民族国家であり、共和国として纏まるために民族間の平等を理念としたため、すべての人は平等となっており奴隷は存在していない。
「王国の人たちが人間として見ていないとしても、教会までそうする必要があるんでしょうか」
「王国に教会を作る条件だからだ」
「しかし、教会は教義に忠実なはずですよね。利益よりも」
「フフフ、教会の事をよく知ってるな。教会では奴隷は罪人ということで教義と矛盾しないようにしている」
「ひどいですね」
笑いを浮かべながら話していたバルトロが真剣な目つきになって、
「よく聞けリベル。王国や教会、そして神からも見捨てられた奴隷たちを、唯一救ったのが悪魔だ」
「あ、確かにそうですね・・・」
バルトロは納得している様子のリベルを見て表情が緩む。
「サレトにクリストフという男がいる、その男に会って見ろ。狩猟組合に出入りしてるようだから、居場所は狩猟組合で聞いて見るといい」
「サレトの狩猟組合でしたらよく知っています」
「そうか、ならばクリストフも知ってるか」
「いいえ」
「俺から話せるのはここまでだ」
「ありがとうございました」
そう言ってリベルは帰って行った。
数日後リベルは、サレトの狩猟組合にやってきた。
カウンターに行って、アダンを呼んでもらうとすぐに出てきた。
「おー、リベルじゃないか、久しぶりだな。元気にやってたか」
「はい、アダンさんもお元気そうで」
「色々話を聞きたいが、今手が離せんので後で行くわ。どこだ」
「ロランドさんの所です」
「分かった」
リベルはいつものロランドの宿に向かう。
「あら、リベルさん。久しぶり。お帰りなさい」
リベルが宿に入ると女将のカーラがすぐに奥から出てくる。
「あ、はい、また厄介になります」
「いつもありがとうね、食事はどうする」
「後でアダンさんが来るので」
「そう、分かった」
リベルは部屋に入って、ベッドに腰を下ろす。何の変哲もない部屋だが過去の思い出がよみがえってくる。
(ここから始まったからなあ。思えばたくさんの人に助けられたなあ)
夕方になってアダンが宿にやってきた。後ろにエレナもいる。
「ハハハハ、エレナもどうしても行きたいっていうから連れてきたぞ」
エレナがアダンのふくらはぎを後ろから蹴っている。
「エレナさん久しぶりです」
「はい、お元気そうで何よりです」
エレナは嬉しそうに笑顔で答える。
三人は宿の一階で飲み食いを始める。
「一年ぶりぐらいか」
「そうですね」
「この間の戦いでは大活躍だったそうじゃないか」
「なんか、時空魔法が妙にはまりましてね」
リベルは砦に物資を運んだ話をした。アダンもエレナも興味深そうに聞いている。
「補給って大事なんだなあ」
「リベルさんまだ軍に居るんですか」
リベルの所属する情報隊は私服で行動することが多いので、エレナが聞いた。
「そうなんですよ、でも、割と自由な感じですけどね」
「ここに来たのも軍の仕事か?」
「そうなんです、クリストフさんという人に会おうと思いまして、アダンさんご存じですか」
「もちろん、知ってるぞ。っていうかお前も会ってなかったっけ、ハンターのけが人が出た時に狩猟組合に来てくれる人だぞ」
リベルは食べるのをやめて少し考える。
「ひょっとして、前、カリストさんの仲間が一人死んで、二人ケガしたときに治療してくれた人ですか」
「オーガの時だろ。たぶんそれがクリストフだ」
リベルは思い出したが顔を覚えていなかった。
「無料で治療してるんですよね」
「そうだ、天使みたいな人だ。とてもマネできん」
アダンはそう言ってビールをあおる。
(その人が琥珀の塔の人なんだろうか?、奴隷では無いよな)
リベルはクリストフを思い浮かべながら考えをめぐらす。
「クリストフに何の用だ」
「それはちょっと」
「ふん、軍の機密ってやつか」
「ええ、まあ」
(アダンさんちょっと酔っぱらってるな)
「そう言えば、ジェイクに会ったぞ」
「そうですか、いつです」
「戦争の後だ、引き上げの時だな」
「俺も戦場で会いましたよ、ジェイクのいた砦はかなり激戦だったようです」
「何か元気なかったな、部下を二人失ったって言ってた」
「その話はしてましたが、元気そうでしたよ」
「そうか・・・、しかし、ジェイクはもっとお気楽なやつかと思っていたが」
「つらい経験したんでしょうね」
リベルはもぐもぐと肉を頬張りながら答える。
「リベルさんはつらい経験しなかったようですね」
他人事のように答えるリベルにエレナが笑いながら話しかける。
「いやいや、結構大変なこともあったんですよ」
「何かお前、適当な感じになったよな」
「え、そうですか、そう見えるだけで・・・」
「いや、適当だ」、「適当ですよ」
酒に酔った、アダンとエレナに攻められるリベルであった。
翌日リベルは、クリストフの家を訪ねようと城壁の外に出る。城壁のすぐそばにある汚れた堀沿いに、壊れかけの粗末な家が狭い通路の両側に立ち並んでいる。ぬかるんだ路地の先にクリストフの家はあった。
家の入り口は開け放たれ、不揃いな椅子が家の中から外にかけて並んでいて、十人以上が座っていた。見た所老人が多いようだ、皆粗末な服を着ている。
リベルが家の方に入って行くと全員の注目を浴びる。
(患者だろうか、よそ者が何しに来たっていう目で見られているな)
「すいません、クリストフさんはいらっしゃいますか」
リベルが呼びかけると中年の女性が出てきた。
「どなたでしょう、何の用ですか」
「俺はリベルと言います。クリストフさんにお聞きしたいことがあるのですが」
「見ての通りすぐには無理です。夕方に出直してきてください」
「分かりました」
リベルは一旦引き上げることにした。
夕方になって再び訪れると椅子は片づけられていた。
「朝来たリベルと言います。クリストフさんはいらっしゃいますか」
リベルが声をかけると奥から、黒髪より白髪の方が多くなったメガネの男が出てきた。少し伸びている無精ひげも白くなっている。
「私がクリストフだが」
「俺はリベルといいます。オルト共和国軍の者です」
「ん、兵士か。何の用だ」
「琥珀の塔についてお聞きしたいのですが」
クリストフは一旦言葉に詰まるが、
「なぜ軍が琥珀の塔を調べている」
「それは言えません」
「誰に聞いてここに来た」
「オルトセンのバルトロさんです」
「なに、バルトロ親分か?」
「はい」
クリストフは少し考えていたが、
「分かったこっちにこい」
クリストフはリベルを家の奥に案内する。
狭い台所の小さなテーブルにクリストフとリベルは向かい合って座る。
「ギレスベルガー伯爵の件か」
「え、よく分かりましたね」
「どこまで知ってる。何を知りたい」
「まだほとんど知りません。魔人の指輪。アルベルヒ。これらと琥珀の塔との関係などが知りたいですね」
「知ってどうする」
「どうなるか分かりませんね。我が国だけでなく他国や教会も動いてますから」
「ふむ、そうか・・・」
クリストフはそう言ってため息を吐くと、椅子の背にもたれて目を閉じる。
しばらくしてクリストフは目を開けると話し始める。
「二年程前かな、アルベルヒが現れたのは。指輪の力を見せることでルドルス王国内の信者を取り込んでいった」
「ユリウス王子がギレスベルガー伯爵家へ逃れた時期ですね」
「そうだ、逃げる時に持ち出したのだろうな」
「ということは、アルベルヒは琥珀の塔の幹部?、いや、リーダーですか?」
「そうだな、一口で説明するのは難しい。琥珀の塔にもいろいろな考えがある。国や出自によってさまざまだ」
「我が国の信徒を調べましたが、悪魔を呼び出して何かするような雰囲気は全くなかったですね」
クリストフは小さく頷く。
「そうだ、我が国に限らず大半はまともだ。悪霊を呼び出して貴族に復讐しようというのは、ほんの一部の連中だ」
「なるほど、アルベルヒはそう言った連中に取り入ったのでしょうか」
「そうだ。それと・・・、魔人の指輪は生贄を必要とすることは知ってるな」
「はい」
「奴らは、善良な末端の信者を犠牲にしてスクロールを作っている」
(信者を犠牲に!)
リベルはその事実に驚く。
「でも、どうやってそんなことできるんでしょう。死んでしまうのに」
「信者は洗脳され、喜んで死に向かっていくようだが、アルベルヒは信者を洗脳する能力を持っているとのことだ」
「洗脳ですか、魔法でしょうか」
「そこまでは分からんな」
リベルは思いのほか、詳しい情報を入手できた事に戸惑いを覚える。
「クリストフさんなぜこんなに詳しいんですか、幹部かなんかですか」
「いや、俺は琥珀の塔の信者ではない。知り合いはたくさんいるがな。それより、アルベルヒ一派を潰してほしい。彼らのせいで信者の犠牲だけでなく。教会からも目の敵にされて善良な者たちも迫害を受けている」
「え、なぜ俺に?、俺にそんな力はありませんよ」
「バルトロ親分の目は確かだ。お前ならできると信じてここに来るように言ったのだ」
(えー、マジかよ)
「わ、分かりました。頑張ります」
リベルは内心困っていたが、雰囲気に押されてそう答えた。
それからしばらくして、アルテオ城の一室にリベルはアカテと共にやってきていた。テーブルには豪華な料理とワインが乗っている。
「いつも、チヨの所ばかりじゃ悪いからな」
「アルテオさん凄い料理ですね」
リベルは目を輝かす。
「そうだな」
アカテもニコニコしている。
二人は直ぐに料理を食べ始める。
「それじゃあまず俺から、アルベルヒはドワーフだった」
アルテオが話し始めた。
「へえ、意外ですね」
ドワーフは、鍛冶職人というイメージで政治的な野望を持っているとは思えなかった。
「今のドワーフは各国で職人として暮らしているが、古代は地下に住んでいた。地下の資源を利用して様々な武器などを作っていたが、今は廃れてしまった技術がたくさんある。魔人の指輪も古代のドワーフたちが作ったものらしい。あの、ファフナーの欲望の指輪もそうだ」
「そうなんですね、アルベルヒは自分たちの先祖が作ったものを取り戻そうとでも言うんでしょうか」
「そうかもしれんが、はっきりとは分からん。少なくとも琥珀の塔は利用しているだけのようだな」
「ユリウス王子のために使っているようにも思えませんね」
アカテも思ったことを口にする。
「そうだな、やはりはっきりとした目的がわからないとな。引き続き調べるとしよう。それで、お前の方はどうだ」
アルテオがリベルに聞く。
「琥珀の塔の信者はほとんどが善良な人たちでした。悪霊を呼び出して貴族に復讐しようとする一部の信者をアルベルヒは取り込んだようです。そして、善良な信者たちを犠牲にしてスクロールを作っているそうです」
「自らの信者を犠牲にしてスクロールを作っているのか、ひどい話だな」
「それが、喜んで死に向かうようですよ。何か洗脳されているとか」
「洗脳か・・・」
「アルテオさん、そんな魔法がありますか」
「話には聞いたことはあるが・・・」
アルテオは少し考え込んでいたが顔を上げて、
「それで、そっちはどうだ」
アルテオがアカテに聞く。
「いくつかの拠点を探索したんですが、その中の一つでアルベルヒを見つけました。どうも定期的に訪れる様ですね」
「よくやった、奇襲をかけてアルベルヒを捕らえよう」
その後の話し合いで、アカテが拠点を監視して人数や、内部の見取り図、アルベルヒの所在などを調査する。アルテオは拠点襲撃の作戦を考え、リベルは拠点近くへの輸送を行うことに決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます