第43話クラウディオ司教

 それから数日後、アルテオはクラウディオ司教と向かい合って座っている。クラウディオ司教はエラル王国の教会のトップであるが、随行者は外に出され部屋にはアルテオと二人だけであった。

「クラウディオ司教、お呼びして申し訳ない」

「いや、お気になさらずに。それで、どのようなご用件ですか」

 クラウディオ司教は、白い服と丸い帽子を被った小男で、帽子から出ている短く刈り揃えられた髪は全て白かった。

「先日のルドルス王国での内乱はご存じですね」

「勿論です。地獄の悪鬼バルログが王国軍を蹴散らしたと言うので、大騒ぎになってます」

「どこまで分かってます」

「今のところまだ何も・・・」

 アルテオは、涼しい顔で答えるクラウディオ司教を見て考えていたが、

「魔人の指輪は見つかりましたか?」

 アルテオがそう言うとクラウディオ司教の眉が一瞬上がったが、すぐに目尻にしわを寄せて笑いながら話しかける。

「エンプレオス様に聞かれましたか」

「今回の件に、琥珀の塔が絡んでいると見ているのですが」

 アルテオがそう言うと、クラウディオ司教は少し考えてから、

「閣下の目的は何でしょう」

「魔人の指輪は脅威です。特に帝国の手に渡れば我々も危ういでしょう」

「地獄より悪霊を呼び出す琥珀の塔は神に敵対するもの、教会の敵です。それから、魔人の指輪は、それよりももっと強力な悪魔たちを地獄から呼び出すとんでもない代物です。我々の手で確実に始末する必要があります」

「どうでしょう。我々と手を組みませんか。もちろん我々が指輪を手に入れても教会に渡します」

 クラウディオ司教は目を閉じて考えている。

「閣下の事は、個人的には信用していますが・・・、難しいでしょう」

「ですが、魔人の指輪が戦争で使われる事態となっている今、教会の手に負えないのではないですか」

「そうですね、もし、ギレスベルガー伯爵家に魔人の指輪があったとしても、ギレスベルガー伯爵軍へ向けて、教会の護衛騎士団を差し向けるわけにはいきません」

「それは、中立性を保つという事ですか」

 アルテオが聞き返すと、クラウディオ司教はにっこりと笑って頷く。

「教会の信者は、この国だけでなく帝国にもいますし、ギレスベルガー伯爵家やその兵士にもいます。ですからギレスベルガー伯爵家に魔人の指輪があったとしても、ギレスベルガー伯爵軍と戦うわけにはいかないのです」

「なるほど・・・」

「そのかわり、ギレスベルガー伯爵軍の兵士の中にも教会の信者がいますので、先日の戦いであったことを少し詳しくお伝えしましょう」

「是非、お聞かせください」

「ギレスベルガー伯爵軍が布陣後、十人ほどの黒ローブの男たちが騎馬で現れて、陣より100mほど前で待機したそうです。そして、王国軍が迫ってきたときバルログを二体召喚しました。そして、バルログが消滅すると今度は三体召喚したそうです。それで王国軍は総崩れとなって退却を始めたそうですが、黒ローブたちは馬で追撃していったようなのです」

「なるほど、その黒ローブたちが琥珀の塔なのでしょうか」

「それは分かりませんが、その黒ローブに指示をしたのが、ユリウス王子の側近であるアルベルヒという男なのです。背中の曲がった不気味な小男で、普段から黒ローブたちが護衛しているようです」

「アルベルヒですか・・・、貴重な情報ありがとうございます。ところで、琥珀の塔について教えてもらえますか、人数や拠点、リーダーや幹部など」

「残念ながら、ほとんどわかっていません。過去、数か所拠点を潰しましたが、捕らえたものは数十人程度です。それらの者に記憶の探索や潜在意識の読み取りなどを行っても、自らの所属する拠点以外の情報は出てきませんでした」

「完璧に情報統制されているようですね」

「奴隷などの抑圧されてきた者たちの集団ですから用心深いのです」

「発端は、獣人間で使われましたが、こちらの情報は何かお持ちですか」

「いいえ、獣人国家には教会がありませんので」

「そうなんですか、もしかしたら教会を避けてそっちに本拠地があるのかもしれませんね」

「考えられます」

「では、こっちでは獣人国家を調べてみますか」

「それがいいと思います」

「協力体制は難しいとしても、出来る範囲での情報共有はお願いできますか」

「ハハハ、まあ、世間話という事で」

 笑いながら立ち上がって退席しようとするクラウディオ司教をアルテオは呼び止める。


「クラウディオ司教。もう一ついいですか」

「はい、何でしょう」

 クラウディオ司教は椅子に座り直す。

「ロクサーナをどうするつもりです」

「カイル修道院を占拠しているロクサーナですか?」

 クラウディオ司教は意外な質問に戸惑う。

「そうです。何でもルドルス王国で処刑される寸前に逃げ出したそうじゃないですか」

「あの者たちも神の敵ですから、いずれ捕らえて神の御前にて裁判することになるでしょう」

「成程。しかし、忠告しておきますが、彼らは侮れないですよ。わが軍でも勝てるかどうか」

「ハハハ、ご冗談を。帝国を一日で撃退したアルテオ閣下と比較しようがないでしょう」

「いや、冗談ではないですよ。想像してみてください、倒した兵が何度でも立ち上がってくる様子を。そして、バルドゥールと英雄オクタビオを蘇らせて従えています」

「え、あの、バルドゥールですか」

 クラウディオ司教は驚いている。

「なんでも、バルドゥールは素手でファフナーを倒したそうですから、生前より強くなっているかもしれません」

 アルテオは嬉しそうに話す。

「ファフナーですか・・・、しかし、我々は神の正義に従います。敵が強大であったとしても許すことはできません」

「ハハハハ、そうですか。それから、リベルという男を知っていますか、オルト共和国軍の情報官なんですが」

「はい、知ってますよ。帝国との戦いでは大活躍したそうじゃないですか。何でも、時空魔法という特殊な魔法を使うそうですね」

「奴も神の敵ですか?」

「なぜです?」

「いや、ロクサーナと知り合いみたいなので」

「どの程度の関係かにもよりますが、オルト共和国軍所属ですから敵ではありません。閣下のお知り合いでしたら、今度紹介してください」

「分かりました」

 そう言って会談は終わった。


 数日後、リベルとアルテオはチヨの店の二階に空間移動で向かった。

 部屋ではすでにアカテがチヨの酌で酒を飲んでいた。二人分の膳もすでに用意してある。

「お、やってるな」

「あら、いらっしゃい」

「チヨ下がってろ」

「ハイ、ハイ」

 アカテがそう言うとチヨは階段を下りて行く。

「まずは、司教から聞いた話をしよう」

 そう言うとアルテオは司教から聞いた話をリベルと、アカテにする。

 それを聞いたアカテが、

「獣人国で琥珀の塔の拠点を調べろと言うのですね」

「うむ、察しがいいな。リザードマンの領内での事件、それから、ギレスベルガー伯爵領からの位置関係からしてもリザードマンの国が怪しい」

 ギレスベルガー伯爵領はルドルス王国の最南にあって、そのまま森を南に進めばリザードマンの国に着く。

「そっちは何を」

「俺の方は、アルベルヒの方を調べるが、リベルはどうする」

「そうですね、琥珀の塔について調べてみます。組織や情報伝達手段など」

「分かった」

『バン、パン』アカテが手を叩くと、とんとんと階段を上がる足音がして、桶を手にチヨが入ってきた。

「何だそれは」

「この間、アルテオさんが冷やしたお酒を好まれたので」

 アカテの問いにチヨが桶の中身を見せると、水の中に氷が浮かんでいて銚子が三本入っている。早速一本取りだすと、手拭いで銚子の底をふき取りアルテオに酌をする。

「うん、うまい。この間よりうまい気がするな」

(アルテオさん調子いいことを言ってるなあ)

 嬉しそうに酒を飲み干すアルテオをリベルは横目で見ている。

「うん、うまいな」

 アカテも同調している。

「この間とは、違うお酒なんですよ。私なりに合う酒を考えてみました」

「ほうそうか」

 アルテオとアカテは嬉しそうにどんどん飲んでいる。リベルも飲んでみたがよくわからなかった。

 気持ちよく飲んで酔っぱらったアルテオをアルテオ城へ送った後、リベルは軍の自分の部屋に戻った。


「リベル少佐お帰りなさい」

「ブレットさん報告書お願いします」

「またですか、たまにはご自分で書かれた方がいいと思いますが」

「まあ、そう言わずお願いしますよ」

「分かりました」

 リベルは、いきなり将校になったため報告書を書くのさえ困難を極めていた。

 リベルが説明する内容を、ブレット中尉が書き起こしていく。

 一通り説明した後、

「それで、琥珀の塔をどうやって調べるつもりですか」

「まだ何も考えてないんですが、何かいい方法がありますか」

「調査チームを組織して、まずは国内の状況を把握するのがいいと思います」

「なるほど、調査チームはどうやって作るんですか」

「情報隊を中心に人選します。今回の場合、幅広い情報収集が必要ですから、まずは各都市のスラムからの調査がいいでしょう」

「なるほど、どうやって人選しましょう」

 リベルはいきなり情報隊に所属したため、調査の手法などまるきり分かっていない。

 ブレット中尉は一つため息をついてから、

「この調査は私にお任せください」と言った。

「そうですか、助かります」

「結果は、一か月後に報告します」

「よろしくお願いします」

 リベルは笑顔で答えた。


 それから一ヶ月の間リベルは、補給隊の手伝いやエドガーの店に行ってマジックバッグの魔法をかけたりして過ごした。

 そして軍の自室で、ブレット中尉の報告を受ける。

 二人はソファーに向かい合って座っており、テーブルの上にはいくつかの書類や本が重ねられておいてある。

「まず、人数ですが、この国で一万からせいぜい二万というところです。拠点はあまりないようで十もないでしょう。大半が自宅で信仰しているようですね」

「はあ、自宅ですか」

 ブレット中尉はテーブルの上に置いてある本をリベルに見せる。

「これらが教典ですね」

 種類の違うものが五冊ほどあり、リベルはその中の一冊を開いてみる。中には男や、女の人物が描かれており、物語が書いてある。

「これが悪魔でしょうか」

「彼らはこれを神と呼んでます」

 ブレット中尉が笑いながら答える。

「え、神ですか」

 リベルは孤児院で教会の教えを聞いて育った。教会における神は唯一絶対で、目には見えない存在である。このため、絵に描かれた男女を神と言われて戸惑う。

「こういった神を信じる人たちは、教会ができる前はたくさんいたようですが、長い年月をかけて教会が駆逐していったのです」

「教会から見れば悪魔という事ですか・・・」

「そうですね」

「しかし、組織化されていて教会に対抗している感じはしませんね」

「少なくとも末端の信者たちはそうですね」

 リベルは教典を斜め読みして見るが、特に気になる記述はない。彼らの言う神の物語や生活信条などが書かれているだけであった。

「魔人の指輪やアルベルヒといった情報もありませんか」

「そうですね、そもそも組織の実態が分かっていませんので、そのあたりを引き続き調査します」

「よろしくお願いします」


(うーん、組織の中枢に迫る方法は無いのかな)

 リベルはそう考えながら、久しぶりにダリオの所にやってきた。

「リベルさんお帰りなさい」

 リベルの部屋のドアを開けて部屋の外に出るとリリィが声をかけてきた。

「あ、ただいま」

「ダリオさんは狩猟組合に行きましたが、もうすぐ帰ってくるでしょう」

「そうですか」

 リリィについて、広間に入るとマーサがテーブルで何か書いていたが、

「あ、リベルさんお帰りなさい」笑顔でそう言ってきた。

「ただいま。絵でも描いてるの?」

 リベルがマーサに近づいて見ると紙にはたくさんの字が書かれていた。

「字の勉強しているのかマーサは偉いな」

 マーサは褒められてうれしそうにしている。

 リベルが考え事をしながら扉を開けて外に出てみると、建物の周囲はきれいに整備されていた。

(随分きれいになったなあ、花壇も作ってるし)

 外はもう日が沈みそうで、夕日をバックにカラスが飛んでいるのが見えた。

 ぼうっとそんな様子を眺めていると、二羽のカラスがこちらに向かってきている。

(あれ、なんか変だな)

 どんどん近づいてくるにつれて大きなカラスであることが分かった。

(何だ。アカテさんの大ガラスか?)

 二羽の大ガラスは、庭に降りてダリオとカルヘオが下りてくる。

「兄貴じゃないっすか、久しぶりっすねえ」、「おー、リベルじゃないか」

「どうしたんだこれ」

「アカテさんに聞いてテイムしたんすよ」

 ダリオがニコニコしながら話しかけてくる。

「凄いな、ワイバーンより簡単なのか」

「いや全然。チョロいっすよ」

「これは便利だぞ、乗ったままで魔物を倒せるからな」

「そうなんですね」

 カルヘオも嬉しそうに話しかけてくる。

 リベルは、帝国軍がワイバーンを使ってオルト共和国軍を苦しめていたことを思い出す。

「最近は一緒に行動してるんですか」

「こいつを使った狩りに慣れると、歩いて行くのは面倒になってな」

「そう言ってますけど、カルヘオさんはリリィさんの飯が目当てなんすよ」

「ハハハ、ばれたか」

 カルヘオとダリオは楽しそうに笑っている。

「兄貴も飯食ってくでしょ」

「ああそうだな」

 カルヘオを含めた五人で夕飯を食べた後、リベルがカルヘオに聞く。

「カルヘオさん、琥珀の塔って知ってますか」

「琥珀の塔?、悪魔崇拝をしているところだな。知り合いはおらんな」

「兄貴なんすかそれ」

「なんでも、悪魔崇拝をしていて地獄の悪霊を呼び出すそうだ」

「へえ、気味悪いっすね」

「それで、琥珀の塔がどうした」

「いや、調べているだけですね。どんな組織か、どこに拠点があるか」

「それなら、バルトロ親分に聞いたらどうだ。裏方面では顔が広いからな」

「そうですね、行ってみます」

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