第55話帝国軍への対抗
目を覚ますと見知らぬ天井であった。
頭を起こして左の方を向くと窓があって、外に木があるのか木漏れ日がちらちらと揺れながら差し込んでいる。
(確か、刺されて)
体を起こして服をたくし上げてみるが傷口は無くきれいであった。
その時、『ピー』と鳥の鳴き声がしたので、そちらを見るとインコが椅子の背もたれに止まっていた。
(あ、インコだ。どうしてここに?)
まだはっきりとしない頭でそう思っていると、複数の足音が近づいてきて扉が開いたと思うと、四、五人の男女が入ってきた。
「ミア、良かった。目が覚めたんだな」
「え、リベル?」
「うん、そうだ」
「俺はダリルです」
ダリルが話しかけた後、後ろから髭だらけの老人が顔を出す。
「テオドロス先生ですか」
「ああ、そうだ」
「ここはどこですか、魔術学校?」
「いや、ここはオルト共和国だ。ヴェシュタンは帝国軍に占領された」
「やはり・・・、どうやってここに」
「そんな話は後回しだ、今はゆっくり休め。時間はたっぷりある。後でゆっくり話をしよう」
「そうですか・・・」
ミアはそう言って視線を窓の外に移した。
「お腹空いたでしょう、これを食べてゆっくり休んでください」
リリィは、スープや果物の皿をベッドの脇のテーブルに置く。
「あ、ありがとうございます」
ミアが慌てて礼を言うのを見ながら、リベルたちは部屋を後にする。
(私って助けられたのか)
もう一度、刺されたはずのお腹を見てさすってみる。
(だったら、お礼を言うのを忘れたな)
リベルがミアを発見したとき瀕死の状態であったため、ミアを抱きかかえるとそのまま、オルトセンの教会に移動し、直ぐにジュディエットに治療をしてもらった。
その後、ダリオの家に連れてきて二日目。ようやく目を覚ましたのであった。
次の日から、ミアもみんなと一緒に食卓を囲んだ。いままでは、ダリオとリリィ、マーサの三人であったが、ミア、テオドロス、フランカも加わって六人が座っている。
「リベルは一緒じゃないの」
「あー、兄貴はいつもふらふらしてるんで、一週間いたと思ったら、何ヶ月も帰ってこなかったり」
「情報隊だっけ、あちこち忙しそうな感じはするね」
「ハハハ、前からですけどね」
ミアはスープを飲みながら、ダリオと話をしている。
「テオドロス先生は、これからどうされるつもりですか」
「もうルドルス王国には帰れんから、ここで考古学の研究を続けようと思う」
「ここで?」
「ああ、リベルから頼まれたんじゃが、私の研究がリベルの活動に役立っていてな。リベルの隊に所属することにした」
「リベルの隊?」
「兄貴は軍の階級は高くて少佐なんすよ。自分の裁量で部下を付けられるらしいっす」
「え、あのリベルが!」
「ハハハ、意外でしょ。でも、エラル王国のアルテオ卿とも友達だし、教会のお偉いさんとも繋がりがありますよ、そのおかげで、ミアさんも助かったわけですし」
「そうよね、私も入れてもらおうかな」
「まあ、そう焦ることは無いっすよ」
「でも、私何も持ってないし、お金も・・・」
「それなら心配ないっす、兄貴金持なんすから。マジックバッグで大儲けしてるんすよ」
「え、そうなの。確か昔、バッグを千rでマジックバッグにしていたような・・・」
「それが、やり手の商人と組んでその何十倍で売ってます」
「え、本当に!、何かずるいね。私なんか頑張って魔法のスキル伸ばしても兵士になるぐらいしかないのに」
「ですから少し甘えてもいいんじゃないでしょうか」
話を聞いていたリリィが話しかける。
「そうかな・・・」
「兄貴、金には無頓着っすから、気にする事ないっすよ」
同じ頃リベルはアルテオ城に来ていた。そこでアカテに出会う。
「アカテさん久しぶりですね」
「そうだな」
「今日はどうして」
「うん、実は教会と手を結ぶことになってな」
「琥珀の塔の件で我々は教会と手を結んでいますが、ラットキンの国と教会が手を結ぶという事ですか」
「そうだな」
リベルとアカテが話しているところに、アルテオがやってくる。
「おし、待たせたな。今日はどこでミーティングしようか。リベルどこか無いか」
「そーですね・・・、ラボルテスなんてどうです」
「サナセルか、いいな」
リベルは以前泊まったホテルの前へ、アルテオとアカテを連れて転送した。
「おー、こりゃ凄いな」
アカテがホテルを見上げて感心している。
「アカテさんラボルテス初めてですか」
「いや、随分前に来たが、変わってるんでな。建物がたくさんあって夜なのに明るいし」
「俺も久しぶりだが、見違えたな」
「なんか魔力でいろんなもの動かしてるらしいですよ、あの車もそうです」
馬のついていない、魔動力車がたくさん走っている。
「はー、凄いな」
「魔動力ユニットだったかな。かなり普及していると聞いていたがここまでとはな」
アルテオも魔動力車を見て感心している。
「さあさあ、入りましょう。田舎者丸出しですから」
リベルが二人を誘導してホテルに入る。
エレベーターから降りて見る光景にアルテオとアカテは驚く。ガラス張りのロビーの向こうには星のように街の明かりがきらめいていた。
「おー、見晴らしがいいな」、「一気にこんなところまで登ったのか」
「凄いでしょ、ここ23階ですよ」
「確かにこの高さじゃエレベーターが無いと無理だな」
「このエレベーター、城にもつけようかな」
三人は話しながらレストランに入って窓際の席に座る。料理やワインを注文した後、リベルがアルテオに聞く。
「さっき、ラットキンと教会が手を結んだという話をアカテさんから聞いたんですが、アルテオさんは何かご存じですか」
「以前、獣人国家に教会は無いという話をしただろ、坑道を全て調べるためには獣人国家の協力が必要となる。ラットキンに限らず、ワーウルフやリザードマンにも協力を要請しているようだ」
「教会も本気ですね」
「そうだな、琥珀の塔が帝国軍に協力して帝国が覇権を握れば、教会は弱体化する恐れがある」
「確かに。それで成果は出てるんでしょうか」
「転送拠点を五つほど見つけて使えないようにしたらしい。全部で五十程らしいからすべて潰せばアルベルヒを追いやすくなる」
「じゅあ、こっちも転送装置を使えなくしてから動いた方がよさそうですね」
三人は運ばれてきた料理を口にしながら、情報交換をしている。
「アルテオさん、今度新しい魔法を使った商品。マジックリポジトリを売り出すことにしたんですけど、エラル王国でも買ってもらえませんか」
「ん、どんな魔法だ」
「倉庫なんですけど、扉がそれぞれの壁に一つずつ合計四つ付いていて、それぞれ好きな場所に繋げることが出来るんですよ」
「ほう、そいつは便利だな。いくらだ」
「ひと月、二千万です」
「ぶ、何だと」
アカテが驚いて飲み物を噴き出しそうになる。
「んー、ちと高いな・・・、俺たちの協力関係を考慮すべきだな」
「いや、販売権は俺にはないんで、今度商人を連れてきますんで交渉してください」
「ふん、いいだろう連れてこい」
アルテオはリベルの方を少しにらみながらそう言った。
「アカテさんはどうです」
「今は無理だな。だが、我が国が危機的な状況になれば必要になりそうだ」
一通り食事が終わって、デザートのコーヒーを飲んでいるとき、
「そう言えば、バルドゥールが来てほしいと言ってたぞ」
「そうですか、行ってみます」
その後、三人を連れてリベルは帰って行った。
数日後リベルは、ロクサーナの元を訪ねた。
リベルがロクサーナの部屋に入ると、座っているロクサーナの後ろに黒い鎧を着たオクタビオと、その隣に同じ形で銀色に輝く鎧を着けた者が立っているのに気が付いて、そっちに目が行く。
「ああ、そっちはガレオス。エラル王国創生期のころの英雄だ。まあ一応王だったらしいからスケルトンキングだな」
テーブルを挟んで座っているバルドゥールが答える。
「へー、強いんですか」
「強い」
「ところで、何の用ですか」
「以前倒した、ファフナーのところへ連れて行って欲しい」
「ファフナーも従えるんですか」
「そうだ」
「そんなに、戦力を増やしてどうするつもりです」
リベルは、新しく増えたガレオスを横目で見ながらバルドールに聞く。
「帝国と戦うために決まってるだろ」
バルドゥールはそう言ってニヤリと笑う。
「それで、ドラキュラ家復興という訳ですか」
リベルがロクサーナの方を見ながら言うと、
「ドラキュラ家の復興というよりも、ルドルス王国。いや、旧コルセアの地を蹂躙する帝国は許せません」
決意のこもった目でロクサーナが言う。
(そうだった。ロクサーナさんが生きていたのはコルセアだったな。コルセアの地を守ろうとしてドラキュラ家は滅んだのだからな)
リベルは、ロクサーナとバルドゥールを連れてファフナーのところへ空間移動を行った。
「おえっ」、「う、これは」
ファフナーの死体は腐敗して激しい悪臭を放っていた。バルドゥールは平気だが、リベルとロクサーナは気分が悪くなる。
「ロクサーナ様お願いします」
バルドゥールがそう言うと、ロクサーナが顔をしかめながら呪文を唱え始めた。
するとしばらくして、三メートル以上はあるという巨体が立ち上がる。しかし、見た目は変わらず腐ったままであった。
「ロクサーナさん、これはゾンビかなんかですか」
「どうやら、ドラウグルのようですね」
「何ですかそれ」
「ゾンビの上位種で、ドラウグルに触れた者はそこから腐ります」
「それやばいですね。戦場では役に立ちそうですが、普段近くに置きたくないですね」
「そうだな、こいつはここに置いておこう。戦争になったら戦場に運べばいい」
バルドゥールがリベルの方を見ながらそう言う。
「え、それって俺に運べって言ってます」
「それ以外の方法があるか?」
「ちょっと待ってくださいよ、お手伝いしてもいいですが、触っただけで腐るものを運ぶのは嫌です」
「ん、確かにそうだな。こいつを入れる棺を作って普段は入れておこう。それならいいだろう」
「いいですが、棺は隙間なく作ってくださいね。臭いので」
「分かった」
ファフナーを残して三人はカイル霊廟に帰った。
「リベル、ファフナーの件もあるが、それ以外でも帝国との戦いで協力してくれるか。俺たちを運んでくれるだけでいい」
「分かりました。それで、いつ帝国と戦うつもりです?」
「もう少し戦力が整ってからだな、それとタイミングもある」
バルドゥールはちらっとロクサーナの方を見てからリベルに言う。
「そうですか、ではこれを渡しておきます」
リベルはそう言って、バッグから『7』と書かれた棒を取り出して、バルドゥールに渡す。
「何だ、魔道具か?」
「はい、それを押してもらえればここに来ますので」
「分かった。その時はよろしく頼む」
数日後、リベルはエドガーを連れてアルテオ城にやってきていた。
「アルテオ閣下、エドガーと申します」
「おー、お前が暴利をむさぼる悪徳商人か」
いきなりの先制攻撃にエドガーは怯んだが、
「いえ、少々危険な商品ですので、リスクに見合った価格設定となっているだけです」
エドガーはにこやかに答える。
「確かにそうだな、敵地の奥深くに繋げればいきなり兵を送り込めるからな。強力な武器となるから危険も伴う」
「はい」
「いいだろう、ひと月二千万だったな、それで構わんから設置してくれ」
「ありがとうございます」
すんなりと交渉はまとまり、エドガーはにこやかな表情で頭を下げる。
「それで、どこに繋ぎますか」
リベルがアルテオに聞く。
「北と、西の国境だな」
「帝国と、ルドルス王国の国境ですね。もう一つは」
「パレパネ島だな」
「ハハハ、やっぱり!」
リベルは笑いながら答える。
「え、パレパネ島ですか」
リベルと違ってエドガーは納得していない。
「そうだ」
「しかし、もったいない。ダリオさんの地下からも繋がっていましたが・・・」
「パレパネ島はいいところだぞ、お前も金儲けばかり考えてないでたまには休息したらどうだ」
「分かりますが、でも月二千万の価値が」
「そう思うなら値段を下げろ」
「それとこれとは、話が別で・・・」
エドガーはまだ納得していない様子であった。
それから三ヶ月が経過し、年が明けて一月となった。
従来、帝国軍は雪で移動が困難になる冬季には戦争を仕掛けてこなかったが、ルドルス王国北部を占領した帝国軍はその占領地から物資の補給を行う事で、秋を過ぎても進軍を続け、ルドルス王国の半分を占領するに至っていた。
リベルはあちこち出かけており、ダリオのところにはめったに顔を出さなくなっていた。
一方ミアは、ダリオと共にハンターとしての活動を始めていた。
「ずいぶん寒くなったね」
「そうすね」
ダリオとミアは、家の前で大ガラスから降りると歩きながら話をしている。
「お帰りなさい」
「ただいま」
ダリオの家の扉を開けると、リリィとマーサが声をかけてくれる。
(あー、ここは居心地がいいな)
いつものように、テオドロスとフランカを含め六人で食卓を囲む。
魔人の指輪 ミツラ @xmitura
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