第54話ヴェシュタン陥落

 それから、一ヶ月ほどが経過して季節は秋になっている。

 ルドルス王国の王都ヴェシュタンから南東に20㎞程の場所にある教会の本拠地である、カプランの町は騒然としていた。

「ガブリエラ司聖、ヴェシュタンの城壁が破られました」

「そうですか・・・」

 取り乱した様子の司祭の報告とは対照的に、教会のトップであるガブリエラ司聖は無表情にそう答えた。

「帝国軍はこの国を蹂躙しています。ここも安全とは言えません。エラル王国への避難をお願いします」

 帝国軍が町を占領して財産を没収するだけでなく、占領した町の住民に対して、略奪、強姦、虐殺などがあったことも報告されていた。

 帝国軍は南下を続けてヴェシュタンに迫ってきたため、エラル王国の司教であるクラウディオは自ら教会の本部まで赴き、ガブリエラ司聖を含め教会本部の関係者をエラル王国へ避難させるべく説得をしていた。

「それはできません。もし、ここを離れれば帝国と敵対することになります。そうなれば教会は分裂するでしょう」

「この期に及んではそれも仕方が無いかと、この国の者を虐殺している帝国軍の兵士の中には教会の信者もおります。同じ信者として分かり合えないでしょう」

「悪魔に魅入られている帝国軍の兵士も同じ神の子です。彼らを神の元に戻すことも我々の使命です」

「しかし・・・」

 同じような会話はもう何度も繰り返されていた。

「クラウディオ司教、帝国軍に従軍している、ヘクター司祭が間もなくやってきます。話を聞いてからでも良いのではないですか」

 やり取りを聞いていた、ルドルス王国の司教であるヴィクトリアが話しかける。


 その日の午後、帝国軍に従軍している、ヘクター司祭がガブリエラ司聖のところへやってきた。クラウディオ司教と、ヴィクトリア司教の二人だけが同席している。

「久しぶりですね、ヘクター司祭」

「はい、お目にかかるのも十年ぶりにでもなるでしょうか」

「そんなにもなりますか。凍える北の果てで、長い間苦労を掛けます」

「もったいないお言葉です」

 ガブリエラ司聖がヘクター司祭にねぎらいの言葉をかけている。

「ヘクター司祭、単刀直入に聞くが、帝国軍兵士による占領地の人々への悪行の数々、教会はなぜそれを許している」

 クラウディオ司教がヘクター司祭に聞くと、ヘクター司祭は少し考えながら、

「はい、そうですね・・・、教会が治療師を従軍させる条件として、占領地の人たちには危害を加えないという約束を軍と結んでいます。また、軍の指揮官たちは財産の没収に素直に応じれば危害は加えてはならないという命令を、その都度兵士たちに発しています」

「それでは、虐殺や、略奪は無いと。単なる噂だというのか」

 ヘクター司祭は少し苦笑いしながら、

「いえ、噂ではありません。実際にあります。私たちもその都度指摘して軍に申し入れるのですが、犯人が見つからないのです」

「それは、帝国軍が意図的に見逃しているという事だな。協定違反という事で教会は手を引くべきではないのか」

「その通りですが、もしそんなことをすれば教会関係者は皆殺しにされ、帝国にある教会は潰されるでしょう。帝国では、従軍して兵士を治療することだけが教会の存在意義となっています」

 帝国軍に従軍している教会の者たちの苦悩が伝わってきて、クラウディオ司教はヘクター司祭から目をそらしてため息をつく。

「ガブリエラ司聖。帝国軍は我々に何を要求してくるか分かりません。ここはやはりエラル王国へ一旦非難しましょう」

「クラウディオ司教、それでは、帝国の教会を認めないという事になります。教会は一つです」

「以前、ブランドン司教が帝国の教会を破門にすべきと言っていましたが、一旦別れるのも一つの選択肢と思いますが」

「それはできません。神の愛は、日光のような物、分け隔てなく照らします。帝国軍、王国軍に限らず神を信じる者は全て我らの同志ということを、改めて説くしかありません」

 ガブリエラ司聖の言葉でクラウディオ司教は沈黙する。

(司聖の言われることはもっともだが、前線で戦う兵士や家族を殺されたものたちにその言葉は届かないだろう。いざとなったらこっちで動くか・・・)

 クラウディオ司教は、一つの教会に限界を感じていた。


「ところで、クラウディオ司教。琥珀の塔の件はどうなっていますか」

 クラウディオ司教は、突然の問いかけに戸惑いながら、

「あ、はい。坑道にある彼らの転送拠点を五つほど見つけて使えないようにしています。おそらく、全部で五十程でしょうから着実に潰して追い詰めます」

「彼らは教会の敵です。急いでください、帝国軍がまた指輪を使った悪魔を呼び出すと状況がますます悪化します」

「はい、畏まりました」


 リベルはエドガーと共に、オルト共和国軍の本部にやってきていた。

「こちらへどうぞ」

 リベルの案内で地下へ向かう階段を下りて行く。そして、一つの扉の前に来るとリベルは振り向いて、

「ここから先は、リチャード参謀総長、アントニー中将、グレゴリー少将のお三方だけに願います」

「分かった」

 リチャード参謀総長が了解すると、リベルとエドガーに続いて三人の幹部は部屋に入って行った。

 扉を閉めたことを確認すると、リベルは部屋の奥にある扉を開ける。

「どうぞこちらへ」

 リベルに促されるまま幹部の三人は扉の先に進む。進んだ先は食料などの物資が積まれている倉庫であった。

「ん、なんでこんなところに物資が?」

 補給隊隊長のアントニー中将が、不思議そうに部屋の中を見回している。

「こちらへどうぞ」

 リベルとエドガーはその部屋の先にある扉を開けて待っている。

 三人の幹部はリベルとエドガーに続いて扉を出ると、その先は狭い通路で階段が上へ続いている。何度か折り返しながら長い階段を上ると外に出た。

「うわ、何だここは」、「え、どこだ」

 そこはバルコニーような場所で遠くまで荒涼とした大地が広がっており、リチャード参謀総長とアントニー中将は驚きながらあたりを見回している。グレゴリー少将は事前にリベルから話を聞いていたので驚いてはいない。

「ようこそ、西砦へ」

 待っていた、ウォルター中佐がニコニコしながら話しかけてくる。

「西砦!」、「リベルそうなのか」

 アントニー中将がリベルの方を振り向いて聞く。

「そうです、これが、マジックリポジトリという魔法です。扉でどこへでも繋がります」

「これがあれば、補給隊はいらんな」

 リチャード参謀総長がアントニー中将の方を笑いながら見ている。

「後、扉は四方の壁に一つずつ取り付けられますので、本部の倉庫に設置すれば三ヶ所への補給が可能です」

「おーいいな。だが、エドガーも一緒という事はこれを売るつもりか」

「マジックリポジトリもマジックバッグと同様に、維持するための加工が必要です。これも商業組合でエドガーさん専売の契約をしましたから、エドガーさんから購入してください」

「いくらだ?」

 エドガーの方を向いてリチャード参謀総長が聞く。

「二千万です」

「ん、思ったより安いな」

「ひと月あたりですが」

「何、いくら何でもそれは無いぞ!」

「年間で二億四千万になる。高すぎるぞ」

 リチャード参謀総長とアントニー中将が値段に文句を付ける。

「輸送コストも下がりますが、兵士の移動や交代も容易になります。ルドルス王国があんな状態ですから、戦略的な価値も大きいのではないですか」

 エドガーがそう言うと、リチャード参謀総長とアントニー中将は考え込んでいる。

「さっき入った情報ですが、帝国軍がルドルス王国の王都ヴェシュタンに攻め込んだらしいですよ」

 グレゴリー少将が帝国軍の情報を知らせた。

「何、本当か!」

「え、本当ですか」

 リチャード参謀総長が反応すると同時にリベルも反応する。

(ヴェシュタンには、テオドロスさんとミアがいる。大丈夫だろうか)

 エドガーが、リチャード参謀総長とアントニー中将相手に値段交渉をしているが、リベルは二人の事が気になって頭に入ってこなくなった。

「リチャード隊長、ちょっとヴェシュタンに行って状況確認してきます」

「今からか?」

「はい、値段交渉はエドガーさんにお任せします」

「そうか、気を付けて行ってこい」

「では」

 そう言ってリベルは、西砦からヴェシュタンの魔術学校の裏にある、テオドロスの宿舎前まで空間移動した。


『ドオン』

 リベルが移動してすぐに大きな音が響いて驚く。

『ドドドド』、『パン、パン』遠くから、揺れるような音やはじけるような音も聞こえてくる。

 振り向いて見れば、あちこちで煙が上がっている。

(既に、城壁は破られたのか)

 リベルは急いでテオドロスの部屋の扉をノックする。

「あ、リベルさん」

 メイドのフランカが扉を開けた。化粧もせずに髪も乱れている。

「テオドロスさんは大丈夫ですか」

 その時、奥からテオドロスがこちらに向かいながら、

「お、リベルか。助かった」

「ご無事でよかった、すぐに逃げましょう」

「待て、持って逃げる物を決めているところだ」

「大丈夫です。全部持っていきましょう」

「出来るのか」

「大丈夫です。フランカさんもいいですね」

「あ、はい」

 リベルは、テオドロスとフランカをダリオの家のリビングへ空間移動で連れて行く。

「兄貴、どうしたんすか」

 突然二人を連れて現れた、リベルを見てダリオが声をかける。

「こちら、ヴェシュタンの魔術学校のテオドロス先生だ。それと、メイドのフランカさん。帝国軍に攻められたのでここに避難してもらった」

「テオドロスです。厄介になります」

「ダリオです」

 リベルはその後何度か往復して、テオドロスの家の中にあった多量の本と家具類を持ってきた。

「いや、すごい量っすね」

「申し訳ない。いずれも貴重なもので」

「いや、大丈夫っすよ、二階に空き部屋がたくさんありますから」

 多量の荷物にダリオは驚いていた。

「テオドロス先生。魔術学校の生徒はどうなりました」

 リベルはミアの事が気になってテオドロスに聞く。

「全員、戦いに駆り出された」

「そうなんですね・・・、どこにいるかは分かりますか」

「そこまでは分からんな」

(既に町中に戦火は広がっているようだから、見つけることは難しいだろうが、何かいい方法は無いだろうか)

 リベルは黙って考えている。

「兄貴どうしたんすか」

「いや、魔術学校に知り合いがいてな。どうにかして助けてやりたいが・・・、取りあえず行って見る」

 リベルがそう言って空間移動しようとしたとき、

「兄貴、待って下さい。俺も連れて行ってください」

「ん、危険だぞ」

「広い町を一人で探すのは無理でしょう。俺がカラスを放って探しますから」

「おー、その手があるか。それじゃ頼む」

 リベルはダリオを連れてヴェシュタンの魔術学園前に移動し、一番高い建物の上に移動する。

 そこから見た町は、あちらこちらから火の手が上がり、爆発音の他に馬の蹄の音や、叫び声や悲鳴まで聞こえてくる。

「や、やばいっすね」

「そうだな」

「それで、特徴は」

「背はお前より小さい、150㎝もないだろう。髪はブルネットでウェーブがかかっている。魔法使いだからワンドかスタッフを持っているだろう」

「分かりました」

 ダリオはそう言って連れてきた十羽ほどのカラスを四方に放つ。

 しばらく目をつぶっていたダリオが目を開け、

「それらしい人を見つけました。あの青い屋根の上に止まっているカラスのところまで行ってください」

 ダリオが指差した先、かなり遠くに見える青い屋根の上にカラスが止まっている。

「分かった」

 そう言うとリベルは直ぐにカラスの傍まで移動する。すると、カラスは飛び立って、地面にうつぶせに倒れている、小柄な女の上に降り立った。周りにはたくさんの人が倒れていて、幸い敵は見当たらない。

(お、あれか)

 すぐにリベルはカラスの傍まで行って体を起こす。しかし、泥でぐしゃぐしゃになった顔はミアではなかった。

(違ったか、もう死んでるな)

 周りに倒れている者たちも死んでしばらく経っているように見える。

(もう手遅れかも、生きていてくれればいいが)

 リベルは再びダリオの元に戻る。

「違った、続けてくれ」

「了解っす」


「アリー、アリー」

 ミアは倒れている女に声をかけるが返事がない。次々と現れる兵士たちに魔法使いたちは一人、また一人とやられていって、立っているのはミアだけだ。

(う!)

 魔力切れを起こして足がふらつくのを杖で支えながら魔力回復薬を取り出す。もう何本飲んだだろうか、匂いをかいだだけで吐きそうになるのを押さえて無理やり飲み込む。

「ファイアボール」

 現れた、四、五人の兵士にファイアボールを当てると、先頭の男に当たって燃え上がり数人が後ろに倒れるが、それに構わず後ろから別の兵士たちが向かってくる。

「ファイアボール」、「ファイアボール」

 ミアはファイアボールを連射して兵士を倒していくが、次から次に兵士が現れてきりがない。一瞬のスキを突かれ、男に捕まって押し倒される。

「お、なかなかいい女だぜ」

 押し倒した男が、後ろの男の方を振り返ってそう言った時、

「エアボール」

 ミアは風魔法で、押さえつけていた男を吹き飛ばす。

 3mほど吹き飛ばされた男を見て別の男が笑っている。

「ハハハハ、何やってんだ」

「この野郎、許さん!」

 飛ばされた男は怒って剣を抜き、ミアの方へ戻ってくる。ミアは体を起こしてファイアボールを男に打ち込むが、それを躱してミアに飛びかかり、剣をミアの腹部に突き立てた。

『ガハッ!』

 ミアの視界が暗くなり意識が薄れてくる。

(ああ、これで終わりか・・・、お母さんごめんなさい・・・)

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