第23話教会

 ルドルス王国の王都ヴェシュタンから、エラル王国の国境まで約600㎞、徒歩なら二週間、駅馬車ならば五日間ほどで着く。いつものようにリベルは瞬間移動を使いながら進んで行き、一日目で400㎞ほど進んで、エストラールという町に着いた。町はエストラール伯爵領の中心で人口は20万人もいる大きな町であった。

 いつものように商業組合カードで町の中に入ると女性の多さに目が行く。冬なのでコートを着ているが、袖口から覗く手首が黒い手甲で覆われているのが見えた。

(兵士だろうか、ミアが言っていた魔術師の)

 リベルは、そう思いながら宿屋に入る。二階の部屋に入り窓を開けて外を見るとすぐ近くを川が流れていた。水の量はそれほど程多くないように見えるが、水辺に生えている冬枯れした葦がずっと続いていて、寒風にさらされ、ざあざあと揺らいでいる。

「寒!」リベルは直ぐに窓を閉めた。


 一階の食堂に行くと、女性兵士らしき人たちが占拠していてリベルは戸惑う。隅っこのテーブルに案内されて食事を始めたが、周りの女たちの話し声が騒がしく落ち着いて食事できそうになかった。

(さっさと食べて引き揚げよう)

 リベルはそう思って黙々とパンをかじっていたら、背中合わせに座っていた女が大笑いしてのけぞった頭がリベルに当たる。

「あ、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですから」

 軽く当たっただけなのでリベルはちらりと女の方を見ただけで再び食事を始める。その時、空になっていたリベルのグラスにワインが注がれた。

「すいません騒がしくして」

 ワインを注いできた、30才位の女が話しかける。

「あの、皆さんは兵士ですよね」

「そうです。エストラールの魔術部隊です。あなたは?」

「私は、商人でエラル王国へ向かう所です」

 リベルは当たり障りのない商人と答える。

「そうですか、戦争が始まるとあなたたちは大儲けするんでしょうね」

「始まりそうなんですか?」

「分かりませんが、兵が各地から召集されています。私たちも明日、北の国境に向けて出発するところなんです」

(最後の晩餐か、だから騒いでいるんだな)

 リベルはグイっとワインを飲みほして食堂を後にした。


 その日の夜中、リベルは突然目を覚ました。

「うわっ!」

 目の前に灰色のローブを着た幽霊が浮かんでいたので、驚いてベッドから落ちてしまう。

「ヨハン、私はヨハンです」

「ヨ、ヨハン?、ロクサーナの?」

「そうです。ロクサーナのヨハンです」

「何の用だ、何かあったのか?」

「ロクサーナ様が捕まりました、助けてください」

「誰に?」

「おそらく教会の者かと」

「どこに」

「教会です」

「よくわからんが、分かったとにかく行こう」

 寝起きで頭の働かないリベルは着替えながら少しずつ考える。

「ヴェシュタンの教会か?」

「そうです」

 着替えていたリベルの手が止まる。

「夜中は瞬間移動は無理だ、明日の朝出発しよう」

 そう言ってリベルはベッドに腰を下ろし状況をヨハンに聞く。

「ヨハン、ロクサーナの能力があれば易々とは捕まらないと思うが」

「夜中に襲われて、そいつらは手錠の魔道具で魔法を封じました」

「なるほど、マリアンはどうした。一緒に捕まったのか」

「マリアンはいませんでした」

「二人は相部屋だったはずだが」

「今日は一人でした」


 翌朝リベルは、瞬間移動を使ってヴェシュタンへ戻ってきた。

 ヨハンはリベルをヴェシュタンの町の中央広場にある教会ではなく、町はずれの教会に案内した。湖畔に面したその教会は派手な装飾がない武骨な石造りの大きな建物であった。

(これは、修道院か)

 リベルがそう思いながら遠くの草むらからその建物を眺めていると修道女が出てきた。

(女子修道院か)

「ヨハン、中に入ってどこにいるか調べてくれるか」

「無理です。聖結界が張られていますので入ることが出来ません」

「うーん、困ったな」

 リベルは考えてみるがよい考えが浮かばないので、マリアンに聞いてみる事にした。


 リベルが二人の泊まっていた宿に入ると、すぐにおかみさんが声をかけてくる。

「大変だよ、ロクサーナさんが夕べ教会の人間に連れて行かれたよ!」

「知っています、マリアンはどこですか」

「それが、昨日からいないんだよ。昨日の夕食もロクサーナさん一人だったし」

(どういう事だ、まさか、マリアンが噛んでいるのか)

 リベルは打つ手のなさにイライラしてきた。

「さっき、教会と言われましたがどういう理由とか言っていませんでしたか」

「死者を冒とくした罪とか言ってたかな?、どういうことだろう」

(ロクサーナの死霊術の事であれば、知っているのはマリアンぐらいしかいないはず。やっぱりマリアンかな、でも、動機は?)

 リベルは色々と考えをめぐらすが答えが出ない。


 他に頼ることのないリベルは、テオドロスのもとを訪ねた。

 テオドロスにロクサーナが捕まった話を説明すると、いきなり立ち上がって声を荒げる。

「馬鹿野郎、何やってんだ。だから大丈夫かと言ったんだ。見ず知らずの女を信用しやがって」

 テオドロスは独り言を言いながら部屋を歩き回っている。

「まずい、まずいぞ、国に知れたら・・・、いや、冷静に考えるんだ。捕まったのは教会で、死霊術が原因ならば、国は関係ないか・・・、いやしかし・・・」

 怒られたリベルはしばらく無言でいたが、様子を見て話しかける。

「先生、どうしたら助けられますか」

「助けるだと、そんな事より自分の首のことを心配しろ!。教会は国より厄介な存在だ、国をまたがって存在しているから逃げ場なんてないぞ。敵対したら終わりだぞ」

 教会は多くの治療師を抱え治療行為を独占している。平時でも戦争時でも不可欠な存在となっており、教会を敵に回すことはすべての国家にとって存亡に関わることであるため、手厚く保護され優遇されている。

(テオドロス先生の言うことはもっともだ。本来なら五百年前に死んでいた女だからな、諦めるしかないか)

 リベルはそう思ったが、ロクサーナの笑顔が浮かんできていやな気持ちになる。


 それから二日間、リベルはヴェシュタンに留まって悶々としていた。

(マリアンの行方も分からないしどうしようか、そもそも、そこまで助ける義理はないよな・・・、でも、見捨てるのもどうだろう)

 そんな時、中央広場にある教会の前に高札が掲げられた。

【中央広場 二月十七日 罪人ロクサーナ 死者を冒とくした罪で火刑とする ヴェシュタン区司教】

 群衆の陰からリベルはその札を見てショックを受ける。

(あと一週間か・・・)

 広場を後にしながらリベルは考える。

(やっぱり見捨てるのは無理だ、何とかして助けよう)

 リベルは腹を固めた。

(まずは、情報収集だ。でもテオドロス先生にこれ以上迷惑をかけれないからなあ)


 リベルは狩猟組合に行ってコンセを見つけると食事に誘って話を聞く。

「コンセさん、教会の高札見ましたか」

「あの女だろ驚いたぜ、俺の言った通りやばい奴だったろ。お前はもうパーティから抜けたんだよな」

「はい、マリアンさんと二人で活動していたんですが、マリアンさんはどうしたんですかね」

「あれから見てないから、一緒に捕まっているんじゃないか?」

「そうかもしれませんねえ、それはそうと、公開処刑っていうのはよくあるんですか」

「年に、二、三回ていうところだな」

「どんな感じで行われるんですか」

 リベルはコンセに詳しく火刑の様子を聞く。受刑者を連れてくるところや警備の様子を含めて細かく聞いてくるリベルにコンセが訝しむ。

「まさかお前助けるつもりじゃないだろうな」

「そんな訳ないじゃないですか、俺に利益があるわけじゃないし」

「でも、惚れてたら分らんぞ」

「だったら、パーティ抜けて無いですよ」

「そりゃそうだな、ハハハハ」

 コンセとリベルは笑いあう。

「それと、魔法を封じる手錠っていうのがあるんですか」

「あるぞ、魔術師を捕まえておくには必須だからな。魔道具屋に行けば普通に売ってるぞ」

「そうですか、ありがとうございます」

 そう言ってリベルはコンセと別れ宿に帰って行った。


 翌日リベルは、再び400㎞を瞬間移動してエストラールに戻った。これから六日間の間にロクサーナをを救出する方法を考えようと思っている。

 リベルは町に入るとすぐに雰囲気が変わっているのに気づく。数日経過しただけなのに、あれだけにぎやかであった女性兵士の姿は見られず通りは閑散としていている。冷たい冬の風が尚更寂しさを掻き立てていた。

 リベルはまず手始めに、魔道具屋で魔法を封じる手錠を買ってきた。

 リベルは、川沿いのよく茂る葦をかき分けて人影のないところまでやってくると、手錠を手に持ったまま瞬間移動を試みるが発動しなかった。

(ほう、凄いな、こんなものがあるのか)

 次はバッグに入れて瞬間移動してみると問題なくできる。

 リベルは感心しながらいろいろと試してみた結果、直接触れていなければ大丈夫だということが分かった。

(念のため、手錠をかけられた人を瞬間移動できるかどうか試さないとな、しかしどうするか・・・)

 リベルは救出方法を試してみるうえで誰か協力者が必要だと思ってるが、全く知り合いのいないこの町でどうしようか考えていた。

(もう、売春婦でもいいか)

 リベルは宿に戻ると、宿の女将さんに売春婦を紹介してもらう。

「三日間、日中も含めてずっと一緒に居れる娘がいいんですが」

「料金は倍の一日4万であればいいですよ」

「それでかまいません」

 リベルは三日分12万rを支払った。

 

 夜になって、リベルの部屋をノックして女が入ってきた。

(ん、小さいな子供か?)リベルは直ぐにそう思った。

 身長は140cmほどしかなく、丈の短いワンピースを着て栗色の真っ直ぐな髪を垂らしている。

「エミリーです」緊張した面持ちでそう言った。

 リベルは、エミリーを椅子に座らせて話しかける。

「最初に言っておくが、この三日間のことは決して口外してはならない」

 エミリーは怯えた目でリベルの方を見て小さく頷く。

「ハハハ、心配しなくてもひどいことはしない。ただ少しだけびっくりするかもしてないが」

 リベルはそう言って笑いかけるが、エミリーの緊張は解けていない。


 リベルがベッドに入るとエミリーも入ってくる。リベルは端から抱くつもりはないがベッドが一つしかないのでしょうがない。

 リベルが、反対側を向いているエミリーの方を見ると、毛布から出ている細い肩が小刻みに震えているのが見えたので、毛布をかぶせてやるとエミリーがびくっとした。

「抱かないんですか」

 エミリーが小さな声で言う。

「君いくつ、子供だよね」

「違います!。十七才です」

 急に声が大きくなって否定してくるエミリーにおかしくなってリベルは笑う。その時、首輪が目に入った。

「お前、奴隷なのか」

 エミリーは黙ったまま頷く。

(やれやれ、こんな国とは早くおさらばしよう)

 リベルはそう思いながら眠りに落ちた。


 翌朝リベルは、エミリーを連れて昨日の葦原に向かうとエミリーを抱き上げる。

「きゃ」

 小さく悲鳴を上げるエミリーを無視して、リベルは町からかなり離れたところまで瞬間移動した。

 リベルは、草がまばらにしか生えていない岩場に移動するとエミリーを地面に降ろす。エミリーは唖然としている。

「驚いただろ、もう一つついでに。ヨハン出てこい」

 リベルがそう言うとヨハンが現れる。

「ひゃあ」

 エミリーは驚いて座り込んでしまった。

「色々驚かせて悪いな。だが、別に危害は加えないから心配しないでほしい」

 リベルはエミリーに笑いかけて落ち着かせようとするが怯えている。

「ヨハン、怖がってるから何とかして」

 ヨハンの顔は見えないが、動きが止まって困惑しているように思える。

 しばらくして、ヨハンが小さな男の子に姿を変えた。

「お、そんなこともできるんだ。こりゃ使えるな」

 ヨハンが姿を変えたのが良かったのか、エミリーが少し落ち着いたので、手錠をエミリーにかけて瞬間移動を試してみる。

 その結果、リベルが手錠に触れさえしなければ移動可能と分かった。

「まずヨハンが姿を見せずに、天使と名乗って神の子ロクサーナを開放するように言う。その後教会の屋根の上に姿を現せて、群衆にアピールする。この時群衆を味方につけたいが、チャームとか使えるか」

「できます」

「後、姿を天使らしくしたいができるか」

 ヨハンはいくつかの姿を見せながらリベルと検討を重ねて行く。

 その様子を見てエミリーが聞く。

「いったい何をなさっているのでしょうか?」

 リベルが笑いながら答える。

「知らない方がいい。この三日間の事は忘れるんだ」


 翌日も同じ場所に集まって当日の予行練習をしている。

「ようしもう一度。ゴーストたちはなるべく教会側に展開させるように」

 リベルが細かい指示を出しながら、救出のための練習を繰り返している。

 三日目の夜、リベルがエミリーに話しかける。

「もう今晩で終わりなので、今日はここではなく帰って寝ればいい。最初に言ったように決して口外しないように」

 言われたエミリーはしばらく無言でいたが、

「あの、私を買い取ってください。何でもしますからお願いします」

「急に何だ、無茶言うな」

 突然の事に驚いたリベルはとっさに答える。

「そうですか・・・」

 エミリーは項垂れて黙り込んでしまった。膝の上に握られたこぶしの上には、ポタポタと涙が落ちている。

 その様子を見てリベルがエミリーに話しかける。

「お前、本当は何歳なんだ」

「十三です・・・」

「え、マジで。いつからこんなことを」

「あの、今回が初めてなんです」

「では、男は未経験という事か?」

 エミリーは無言で頷く。

(マジか、俺が見捨てたら、この子はこれから・・・)

 リベルはため息をついて宙を仰ぐ。

(この国は一体どうなっているんだ。まだ子供なのに)

 リベルは孤児でありながら、15才になるまで育ててもらった孤児院の事を思い出して憤慨する。

(まあいいや、金はいくらでも稼げるし助けてやるか)

「もし買うとすれば、いくらで買えるのか」

 今まで俯いて泣いていたエミリーが、パッと顔を上げ目を大きく見開いて答える。

「500万で売られました」

「そりゃちと高いな、100万ぐらいなら出せるが」

「そうですか・・・」

 エミリーは再び肩を落とす。

(しかし弱ったな、交渉で何とかなるかな)

 リベルは助けようといった手前、何とかしようと考える。

「ところで、この国じゃ、こんな子供からこんな仕事をさせるのか?」

「いえ、奴隷商からは、十七才と言い張れと言われました」

「そうか、買った方も騙されているのかもしれんな・・・、よし、明日交渉してみるよ」

「本当ですか?」

 エミリーは再び笑顔になる。

(泣いたり、笑ったり、やっぱり子供だよなあ)

 リベルはエミリーの様子を見てそう思った。


 翌朝、リベルはエミリーを連れて宿屋の女将と話をする。

「ここじゃ、十三の小娘を売りに出してるんですか」

 女将は驚いてエミリーに問いただす。

「奴隷商から、十七才と言えと・・・」

「何だって!」

 女将の大声に、一階で食事していた者たちの注目を浴びる。

「ちょっとこっちにきな」

 女将はリベルとエミリーを厨房の裏に連れて行く。

「お前私を騙していたのか!」

 怒った女将が殴ろうとするのをリベルが止める。

「騙していたのは奴隷商でしょう。それより、こんな子供を使っていたのは問題があるのでは?」

 怒っていた女将はリベルの言葉を聞いて動揺する。

「そ、そうだ、領主様に訴え出てやる」

 それから、警備兵を呼んできたり、奴隷商が捕まったりして色々あったが、売春婦としては使えないエミリーは、80万rを支払うことで無事リベルが買い取ることが出来た。

 リベルは別の宿にエミリーと移って、ロクサーナ救出後の準備を始めた。

「お前には、ロクサーナの世話を頼みたいから、服や下着、生活に必要なものを準備しておいてほしい」

 リベルは、エミリーに買い物を頼んだ後、ヴェシュタン行きの準備などをした。

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