第22話「スイカ」・耳。
「毎日、暑いな〜、
今日も父、
「冷たい物ばかり食べてたら、お腹壊すわよ」
「こんだけ暑ければ大丈夫だろ」
「こんにちは」
『じんぞう堂』にお客様である。
「あっ、ミドリさん、いらっしゃい」
おもちゃ屋『ポイパ』の奥様で常連のミドリさんである。
「これ、良かったら食べて」
「わっ、スイカじゃないですか。しかも冷えてる」
ミドリさんはスイカを半玉持ってきた。
「冬子、これはすぐいただこう。今が食べ時だ!!」
勘蔵はスイカを台所に持って行き切っている。
「ちょうど冷たい物が欲しかったんですよ。みんなで食べましょう」
勘蔵はスイカを切って持ってくると、さっそく食べている。
「お父さん、意地汚い」
「物には旬てものがあるだろ? 冬子は仙人になりそこねた男の話は知ってるか?」
「なに、それ……知らないと思う」
「昔、仙術の修行をしていた男の元に仙人がやって来て『お前は熱心に修行をしている。わしと一緒に仙界にいかないか?』と言ったんだ。男は大喜びして、ちょっと待ってください。妻に話してきますと言って、妻に仙界に行って修行して来ると話して戻ると、もう仙人はいなかったんだ」
「なに、それ。話が変じゃない? 奥さんに話してから行くのは普通でしょ?」
「そうなんだが、チャンスというのは、それぐらいタイミングが必要ってことかな? 一瞬のためらいで消えてしまう」
「あれね、『迷いは鬼だ』って、
ミドリさんが言う。
「そう、そう。おじいさん、それ良く言ってた!」
冬子も頷く。
「ところで、冬子ちゃん、最近、わたし左耳がズキズキするのよ、何だと思う」
ミドリさんが左耳を冬子に見せている。
「耳ですか……耳は苦手だな、お父さんわかる?」
「俺は耳なりがずっとあるから詳しくぞ」
勘蔵がミドリさんの耳を触っている。
「ズキズキと痛むのなら神経痛じゃないかな……この辺じゃないですか?」
勘蔵は左耳の下の首の辺りを触っている。
「あっ、そこだ。その辺からズキズキします」
「ミドリさん、冷房や扇風機を左側に受けてませんか?」
「扇風機が左側に置いてあります……えっ、そんな事でなるの?」
「耳が弱ってきてるのかもしれません。耳の導引は知ってますか?」
「いえ、知りません」
「それでは、私が教えましょう」
勘蔵が偉そうに言う。
「まず、手のひらをこすり合わせて暖めます」
「これは、知ってる。体をなでるときのやつね」
ミドリさんが言う。
「そうそう。手を暖めて耳をまさつします。こうやって、人差し指と中指で耳をはさんで上下にこすります」
「こうかな? 軽くでいいの?」
「軽くでいいです。やり過ぎたら、かえって痛くなりますよ。メガネをかける人はメガネが当たる部分も軽くなでるといいですよ」
「いまのところ簡単ね。なでるだけですもんね」
「三日月流の導引は簡単なものが多いんですよ。簡単だけど効果がある、でもあまり知られていない」
「本当よね。勘蔵さん普及させてよ」
ミドリさんは、耳をなでながら言う。
「導引は、あまり人に教えないんですよ。門外不出の修行法でもあるので……」
「耳も修行法なの?」
「耳は危険を察知するので重要なんです。体が動かなくなっても耳は最後まで聞こえる人は多いみたいですよ」
「あたしは、耳鳴りでうるさい時があるわよ」
「耳鳴りは、俺も20年以上鳴ってますよ。うるさい時に音を小さくする方法があるので、後でやってみましょう。まずは耳の基本をやります。耳のわきと耳が付いている骨の部分をなでたら、こんどは耳を引っ張ります。上、横、下と気持ちいい程度で引っ張ります」
「引っ張ると、ちょっと痛いです」
「何回がやっていると痛みは無くなると思います。無理に引っ張らないようにして下さいね。痛くなりやすいんです、耳は……」
「次は人差し指を耳の穴に入れます。左右に入れて同時にポンと指を抜きます」
「これで耳鳴りが治るの?」
「これは、耳の基本的なメンテナンスです。指で圧迫してポンと指を抜くことで鼓膜を振動させるんです」
「鼓膜ね……」
「次は薬指で耳たぶを後ろから耳の穴をふさぐように押さえす。そのまま人差し指を中指の上に置き、人差し指で耳たぶを叩きます。ピンピンと言う音をさせて耳を振動させるんですが、この音が脳下垂体に良いと言う人もいてホルモンなどの調整に良いかもしれませんね。たしか、これは“天鼓を打つ”と言う名前があったな」
「名前があるなら有名な技なのね。あたしも歳だし、ホルモンも不調だからやってみるわ」
「ミドリさんは、まだまだ若いですよ。仙女になれば軽く100歳ですから」
「ありがとう。あたしも仙女になれるのかしら? 新聞の死亡覧を見たら、けっこう100歳っているのよね。本当に今は人生100年なのね」
「導引をやれば、誰でも仙人・仙女になれますよ。ただ、導引を教えてくれる所って少ないんですよね」
「そうなの? あたしは、勘蔵さんや冬子ちゃんがいるから大丈夫ね。100歳を目指すわよ!」
「導引をやって長寿の世界記録を狙って下さい」
勘蔵がそう言うと、そのままミドリさんは帰っていった。
「サトコ(妻)の分もスイカ取っとかないと、あいつ怒るからな」
余ったスイカを冷蔵庫にしまう勘蔵。
「お父さん、ミドリさんに耳鳴りの音を小さくする技を教えなかったじゃない!」
「あっ! そうだな……でも、簡単だから冬子が今度教えてやれよ」
「簡単なの?」
「簡単、簡単。『月の姿勢』をやればいいんだ。テレビ見ながら30分、腕を上げ下げして首を回せばだいたい良くなるよ」
「そうなの!? 耳鳴りは治らないの?」
「俺のは治らない。もう20年以上鳴っている。最初の頃は、病院に行って薬も飲んだし、漢方薬の高い薬も飲んだが良くはならなかった。寝られないくらい耳鳴りが鳴った時もあったが、試行錯誤して肩と首のコリがひどくなると耳鳴りもひどくなると気づいて『月の姿勢』で良くなると分かったんだ」
「ふ〜ん、肩と首のコリが耳鳴りになるの?」
「耳鳴りの原因はいろいろあるようだぞ。片側の耳鳴りや両耳が鳴るものもあるし、頭全体が鳴るものもあるらしい」
「それ全部、月の姿勢でいいの? 月の姿勢って、わたしは二の型までしかしらないけど、まえに“はまこう”のおじさんは三の型があるって言ってたけど……」
「はまこうの店主か、あの人も親父に導引を習っていたからな……実は、俺も二の型までしか知らないんだ。とにかくやってみればわかるさ。俺は二の型をやればだいたい良くなるからな、他の人でも効く場合は30分もすればわかるんじゃないか?」
「けっこう曖昧ね。お父さんが耳鳴りになった原因ってなんなの? 仕事のし過ぎ?」
「えっ! 原因? それは……仕事のし過ぎだよ。たぶんな……」
(パチスロに夢中になりすぎて肩が痛くても打ち続けて耳鳴りになったなんて、冬子には言えないな。まして、給料をごまかしてパチスロの資金にしたなんて知られたらサトコ(嫁)は鬼のように怒るだろう。くわばら、くわばら……)
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