第6話 「ネパール」・膝。

 膝は体重がかかるから関節のすき間が狭くなりやすいんだ。

 仰向けに寝て、膝に自分の腕を入れて、そのままもう片方の手か足で閉めるようにすると関節が広がるぞ。


 祖父、仁蔵は、そう言っていました。


 ❃


「コンニチハ」

「ワタシ ピーチューチャー」


 今日のお客様は外人さんです。

 浅黒い皮膚、身長175㎝くらい、年齢はわからないが中年の男性である。


「冬子ちゃん、外人さんが来たよ~」

 施術に来ている近所のミドリさんが叫んでいる。


「はい、何でしょうか? ここは整体の店ですが……」

 冬子は、なれない外人さんに戸惑っていた。


「ピザ」

「ピザ屋さん……」

 この辺にピザ屋さんはないけどな……


「ピザ ちがう ビザ!」

「ビザ!?」

 この辺に大使館なんてあるわけないし、だいたい、この人、何人なの?


「パスポートを落としたんですか?」

「ピザ……ビザ…… ウウーッ……」


「コレ!」


 ピーチューチャーは右の膝を手で叩いた。

「あっ、ひざ!」

「ソウ、ヒザ!」

 ピーチューチャーがほっとして笑っている。


「ヒザ、イタイ、テンチョウ ココ イケ イッタ」


 ……膝が痛くて店長にここに行けと言われた? 病院と間違えたかな?


「冬子ちゃん、この人……カレー屋さんの『マナスル』のコックさんじゃない?」

 ミドリさんは、なんとなく分かったようだ。


「あーっ、マナスルの……、あそこの店長さん、たまにくるわ。あなた、マナスルのコックさん?」


「ソウ、ワタシ、マナスルノコックさん。 ネパールカレー ツクレル」


「へ~~っ、ネパールから来てるの、私、旅行で行ったことあるわよ」

 ミドリさんは、けっこう海外旅行に行っているようだ。


 マナスルの店長も膝が痛くて来たことがあるからこさせたのね。カレー屋さんは立ち仕事だから膝にくるのかな?


「膝のどこが痛いんですか?」

「ココト、ココ」

 ピーチューチャーは右膝の外側と膝関節の中を指差している。


 これは、膝の関節が狭くなっているのと、膝の腱が硬くなっているのかな? 考え方は五十肩と一緒ね。

「それでは、施術台に寝てください。」

 素直に施術台に寝るピーチューチャー。


「膝の関節が狭くなっているようなので、膝の関節を広げます」


 ピーチューチャーの右膝に冬子は左腕を入れ、右手で足首を持ち左腕を挟むように下に力を入れる。痛いのかピーチューチャーが顔をゆがめている。


「どうですか? 痛みは減りますか」


「ウーン、イタイケド イタミガヘル」


「膝のうっ血を出して膝関節のすき間を広げました。腱のうっ血も出しますね。痛いですよ」


 冬子は膝の腱も押してうっ血を取った。三日月流では、膝の痛みも五十肩の施術も基本的には同じ考えで、関節を広げて腱のうっ血をとるというものだった。


「ラクニナッテルヨ イタミ スクナイ」


「膝は、足の循環が悪くなっても痛くなるので、ふくらはぎをよく揉むといいです」

 そう言って、ピーチューチャーのふくらはぎを揉んでみると、けっこう硬い。

 やっぱり足の循環が悪くなってるな、立ち仕事ってたいへんなのね……


 施術を終えてピーチューチャーは帰っていった。



「冬子ちゃん、私も膝が痛いのよ……」

 ミドリさんも膝を手で叩いている。


「あっ、いいですよ。やりましよう」


 ピーチューチャーと同じように膝の関節を広げている。

「ミドリさん、ネパールは観光で行ったんですか」

「そう、日本からの観光ツアーでいったの、ウチの旦那と一緒に。あれは結婚前だったけど、神秘的な旅行があるから行かないかって誘われてね」

 懐かしそうに話すミドリさん。


「ネパールにあるマナスルって山なんだけど、サンスクリット語で『精霊せいれいの山』って言うのよ」


「へ~っ、精霊ですか……」


「そう、精霊……そこで声を聞いたの」


「声?」


「うん、声だと思う。夕方で近くに誰もいないんだけど、声のようなものが聞こえたの……」

「なんて言ったんですか?」


「なんて言っているか、わからないんだけど、すごくかん高い声で話しかけてくるの、もちろん日本語じゃないし、ネパールの言葉でもなかった。なんとなく言葉の響きで、祝福されているようだったわ……」


「それは精霊ですか?」


「わからないけど、近くに人はいなくて、ほこらがあったのよ」

「ほこら……」

「そう、小さな祠……」

「それでね、その夜に……旦那にプロポーズされたの」


「それは、それは……ごちそうさまです……」


 ❃


☆冬子とおじいさん。

「あぐらをかくとき、無意識に同じ足を内側に入れるんじゃ。わしは左足を内側に入れるんじゃが、そうするとな左足のふくらはぎが床に圧迫されて左足の筋の流れが悪くなって、やがて膝の骨に着いている腱も流れが悪くなるんじゃ」


「そうなの?座っているだけで、それがどうなるの?」


「圧迫ってのは知らず知らずに悪くなるんじゃ。腱の血液の流れが悪くなると膝がゆるんで膝の関節が外れるようになる。わしは、寝返りするだけで膝関節が外れて困ってな、情けなかった」


「寝返りで膝関節が外れるって、そんなバカな!」


「女の人は股関節が外れる人が多いじゃろう、膝も年を取ると、ちょっと外れることがあるんじゃ」

「それで、それはどうすれば良くなるの?」


「圧迫されている筋と、流れが悪くなってる腱を押してやるんじゃ。そうすると血流が戻る、初期にやらないと膝の軟骨が削れて変形してしまうぞ」


「初期にやるのが大切なのね」


「そうじゃ、イスに座ればお尻が圧迫されるから、お尻ももんだほうがいいぞ。なんならわしが揉み方を教えてやる」


 冬子、おじいさんに軽くパンチ!



 


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