第4話「シンギョウジ氏」・ギックリ腰。

 健康の秘訣は関節をなめらかに動くようにすることだな。特に肩と股関節はなめらかに動くように導引をするといいぞ。


 祖父、仁蔵は、そう言っていました。


 ❃


冬子とうこちゃん・・・やっちまったよー!」


 今日のお客様は、近所のおもちゃ屋『ポイパ』の店主、シンギョウジ氏50代後半である。

 冬子は小学生の時、ポイパで買ってもらったクマのぬいぐるみを、今だに抱きながら寝ている。


「どうしたんですか」

「腰、腰……」

シンギョウジ氏は松葉杖をつきながら店にやって来た。そう、彼はミドリさんの旦那さんである。


「プラモデルを運んでたら、ちょっとおかしいなと思ったんだ。そしたら、次の日になったら痛くなって……」


「ギックリ腰ですか」


「腰というよりは、お尻に近いんだ……」

 シンギョウジ氏は右の腰に近いお尻を手で押さえている。


「病院へは行きました?」

「行ったよ、行った。」

「骨には異常は無いって、シップと炎症を止める薬をもらってきたよ」

 冬子は、しばし考えている。

(骨に異常が無ければ筋肉かな? 筋肉や神経はレントゲンじゃわからないし……。筋肉の並びがずれたか切れたか傷付いたかな……)


「冬子ちゃん、もんでくれないかな? 前にも腰が痛くなったとき、仁蔵さんにもんでもらったら一発で治ったんだ」

「そうですか……じゃあ見てみましょう」

 施術台にうつぶせに寝かせて腰からお尻を触ってみる。


「足にしびれはありますか」

「いや、……痺れはないよ」

(腰に筋肉のずれはないか……、仙腸関節の異常でもないようだけど……)


「ここですか」

冬子は、右のお尻、大殿筋を触っている」

「そう、そこ! あっ、効くわ〜〜っ」

「これ……、たぶん筋肉が切れたか傷付いたんだと思います。もんだら炎症がひどくなって明日になったら歩けなくなりますよ」


「えっ、そうなの? 前に仁蔵さんにやってもらったら、すぐ治ったよ」

「……それは……たぶん筋肉がずれてたんじゃないかな? 今回のは傷だと思います……」

「筋肉がずれる?」

「そう、筋肉は綺麗に並んでいるんだけど、なにかのはずみでずれると金縛りのように動けなくなるんです」


「そういえば……あの時は動けなくて、家まで来てもらったな……」

「お医者さんの薬を飲んでシップして寝てたほうが早く治ると思いますよ」

「いゃ……でもね……前に、仁蔵さんが『うっ血すると新鮮な酸素と栄養を含んだ血液が通れなくなり、治りが遅くなるなるんだ。肛門もうっ血しやすい所で、痔になったら秘伝のシッポを教えてやる』って言ってたよ。


「痔ですか……」

 冬子は、顔を赤らめている。

「それで、そのシッポって技は教えてもらったんですか」

「いや、俺は痔は悪くなかったから教えてもらってないけど、教えてもらえばよかったな……ね〜っ、せっかく来たんだからもんでくれないかな? 悪くなってもいいよ、店は奥さんに任せてもなんとかなるから」

「そうですか……明日、痛くて歩けなくなりますよ」


「大丈夫、大丈夫。何回もギックリ腰やってるから。動く時は痛いけど、寝てると痛くないんだ。仕事は奥さんに任せてテレビ見てられるよ」

「そこまで言うなら……、本当に知りませんよ」


 冬子は、腰からお尻までもみだした。

(腰も硬いな、お尻も硬いけど筋肉が少なくなっている。前にお尻のトレーニングが流行っていたけど、腰痛にも効くんじゃないかしら)


 いろいろ考えながらもんでいる。冬子のもみ方は祖父、仁蔵に教わったもので、もむというよりも押すと言ったほうがいい。身体の中心に向かい、うっ血している部分を押している。仁蔵は関節や毛細血管がうっ血して病気が起こるとも言っていた。


「あーーっ、なんか良くなった気がする。いた気持ちいいっていうの?」

「いや、……たぶん悪化しますよ……」



 翌日。

 おもちゃ屋のおじさん大丈夫かな?

 ちょっと見てくるか…… 

 冬子の店から、おもちゃの『ポイパ』は歩いて5分もかからない。

「おはようございます……」

 おそるおそる店に入る冬子。


「あら、冬子ちゃん」

 店ばんをしているミドリさんである。

「このあいだは、高級食パンありがとうございました。美味しかったです」

「あーっ、あれね。近くにお店が出来たのよ」

「そうなんですか……」


「ほら、あの、あそこにあった焼肉屋さん閉店したでしょ。そのあとにパン屋さんができたのよ」

「あーっ、あの焼肉屋さん。そういえばしばらくいかなかった……」


「ところで、ご主人の腰は大丈夫でしようか?」

「あ〜〜っ、ぜんぜんダメ……」

「すいません。わたしがもんだから……」

「いいのよ、もんだら悪くなるって言われていたのにもんだんだから」

 シンギョウジ氏は腰痛が悪化して歩けなくなり、お菓子を食べながらテレビを見ていた。



 店に戻って朝食を食べる冬子、メニューはハムエッグ。

 あずきちゃんハムエッグ食べる?

「たべる~」

 おもちゃ屋さんって儲かるのかな? テレビゲームは売れてそうだけど。

 あの店もあたしが生まれてからずっとあるもんな……


 今日は100円の食パンを食べる冬子であった。


 ❃


 椅子に座ると、当然お尻の筋肉は体重により圧迫されます。右利きなら右側に傾くので右のお尻の筋肉は圧迫され血流は悪くなるでしょう、それを1日何時間も続けるとやがて筋肉が悲鳴を上げて、ある時に痛くなるのではないでしょうか?

 シンギョウジ氏は2週間ほど寝込んで、完全に腰痛が治るまで3ヶ月かかりました。






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