第3話「ミドリさん」・脈飛び。

 昔は、よく自律神経失調症なんて言ってたが、最近はあまり言わないな。

 そのかわり、うつ病って言うのが多い気がする。

 自律神経は首のコリや冷えが関係してるだろう。


 祖父、仁蔵は、そう言っていました。


 ❃


 肩こりの講習会からニ週間後。


「冬子ちゃん、このあいだの講習会、良かったわ、特に『月の姿勢』! あれ凄いわよ、『脈とび』って知ってる? 心臓の動きが変になって、時々脈が飛ぶやつ。あたし、脈が飛んで悩んでいたんだけど、月の姿勢を一週間くらいしたら無くなったのよ」


「脈飛びですか……」


「そう、脈飛び。ドクン、ドクン……ドックンって心臓の動きが途中で変になるやつ」

「それが無くなったんですか?」

「そうなのよ、たぶん、あれよ、あれ。」

「月の姿勢……」

「なんでかは分からないけど、あれをやってから無くなったの」

 前回、肩こり予防の講習会に参加していた60歳くらいのご婦人ミドリさん。先代からの常連さんである。


「あたしね、3ヵ月くらい前から脈が飛ぶので病院で診てもらったの、心臓にエコーかけて……なぜか首にもエコーかけてたけど。それでね、大きな異常ではないので経過観察しましょうって言われたの」


「そうなんですか、エコーを……」


「大きな異常ではないって言われてもね〜っ。寝る時に心臓の音がやけに大きく聞こえるのよ。それもリズムが狂っているじゃない、もうこのまま目が覚めないんじゃないかと、すごく心配になるの……」


「はぁ、そうですか……」

 若い冬子にとって心臓の異常というのはピンときてないようだ。

「気のない返事ね~っ、あなたは若いから感じないのよ。わたしくらいになったら、いつお迎えが来るかわからないじゃない」


「まだまだ大丈夫ですよ……」

「心臓がおかしくなったら、あっという間だからね。あたしの親戚でも、朝、元気だったのに夜には亡くなっていた人が何人もいるのよ」


「そうですね、心臓と脳は数分で亡くなることがありますね」

「それにね、心臓の動きが変になるとセキが出るのよ。このコロナ禍の時代でしょ、セキが出ると買い物やバスの中なんかでは、周りに嫌な顔されるの」

「そうですね、私もセキとクシャミはなるべくしないようにしてます」


「とにかく、心臓の動きが良くなってうれしいわ。今日は疲労回復の、あれをやってもらおうかしら」

「あれですか……」

「そう、この前もやってもらった、腰のあれよ。あれは身体が楽になるのよ」


「あっ、あれですね」

 冬子は、あれが分かったようで、お客様をうつ伏せにして腰に手を置きもみだした。ちょうど腎臓の上で、腎臓のコリをとって身体を楽にしようとしているのだ。肋骨の内側にもあるので、骨を傷つけないよう優しく押している。


「ありがとう、これやってもらうと身体が軽くなるのよ。うちの旦那も腰が痛いって、このあいだなんて『松葉杖』を買ってきたのよ」

「松葉杖ですか……」


「あっ、これ、良かったら食べて」

ご婦人は、冬子に紙袋を渡して帰っていった。

「何かしら?」

紙袋を開けてみると食パンが入っていた。

 これ……これは高級食パンてやつか!?

 あたし、いつも100円の食パンだから、高級食パンて初めてだ。

 重い、重い。どれどれ……ん~っ、やっぱり違う、100円の食パンも美味しいと思っていたけど、高級品は違うな〜っ。


 しかし、なんで肩と首のコリをとる月の姿勢で心臓が良くなるんだろう? おじいさんに聞いてみようかな?

「あずきちゃん、あずきちゃん……」

 冬子は黒猫のあずきを探す。


「いた、いた。あずきちゃん……食パン食べる? 高級食パンだよ」

 あずきちゃんに食パンをあげるが、少し食べただけでどこかに行ってしまった。

「あ~っ、しょうがない自分で探すか」

冬子は医学書を見だした。


「これかな?」

 脈が飛ぶっていうのは、不整脈の一つで期外収縮きがいしゅうしゅく。主な原因はストレス・寝不足などで大半は心配ない。心臓を動かす電気信号の異常で、電気信号を出すのが心臓の中にある洞結節どうけっせつ房室結節ぼうしつけっせつと……なるほどね。え〜っと、脳の延髄から伸びる2本の神経が心臓を動かしているのね。この神経……心臓・肺・消化管と一緒だ。迷走神経の第10脳神経か……迷走神経ということは副交感神経だね。交感神経は神経幹から4本の対の神経が心臓に入っていて拍動を促進と、迷走神経からは1本の対の神経だけ心臓に入って拍動を抑制か……だからドキドキするのは早いのに、落ち着くのは遅いのか!? 脳から首を通って心臓だから首のコリをとる月の姿勢で心臓の脈が飛ぶのが無くなってもおかしくはないのか? 不思議なもんだな~


 ソファーに横になって医学書を読んでいた冬子は、そのまま寝てしまった。

 あずきちゃんは寝ている冬子の食べかけの食パンを食べている。



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る