第2話 「月の姿勢」・肩こり。
整体『じんぞう堂』
「こんちは~っ。
冬子の昼食は、いつも近所のそば屋『はまこう』の日替わり定食で祖父の代からずっと同じである。
「ん、なに……ポスター書いてるの?」
「うん、こんどの講習会で肩こりをやろうと思って……はまこうのおじさんも来る?」
「肩こりか……俺は、あんまり肩こりはないけどな……昔、
「月の姿勢? なにそれ? 鬼とか出てくるの?」
「……なんだ、冬子ちゃん、月の姿勢しらないの?」
「知らない。初めて聞いた。」
「へ~っ、そうなんだ……、じゃあ、今度の講習会で教えてあげようか? 肩こりにすごく効くんだよ。」
冬子は、すこし考えた。
「おじいさんに教わったんなら、私も知りたいわ。」
「金曜の午後7時なんだけど教えてくれる?」
「7時か、お客さんがいなかったら来るよ」
「うん、それでいいよ」
はまこうの店主は、店がひまなら講習会に来ると言って帰っていった。
講習会は祖父、仁蔵が毎週やっていたもので、冬子も続けることにした。
月の姿勢か……どんな技なんだろう? おじいさんに教えてもらってないことはいっぱいあるんだろうな~
お昼ご飯を食べちゃおう、今日のサバは大きいな…… あずきちゃん、サバ欲しい? おいで、おいで。
冬子は黒猫のあずきと一緒に塩サバ定食を食べていると、何かを閃いたようだ。
「ねえ、あずきちゃん……まだ、おじいさん居るんでしょう? ちょっと呼び出してくれない?」
「サバちょうだい」
「半分あげるから」
「わかったにゃ」
あずきは、けっこう人間の言葉がしゃべれた。
冬子は、じっと、あずきを見つめている…… すると、あずきの耳から何か出てきて人の顔になった。
「おじいさん、聞きたいことがあるの 『月の姿勢』ってなに?」
「……月……ん……」
「そば屋のおじさんに昔、教えたって」
「月見そばか……そばもいいな~たまにはお供え物に置いてくれよ」
冬子の祖父・仁蔵は、まだ成仏できないで溺愛していた黒猫のあずきに取り付いている、冬子には、そういうものを見る能力もあるようだ。
「蕎麦は、こんどお供えするから月の姿勢のことを教えて」
「……あ~ あれは、お前のお父さんがレインボー男爵を見ている時に思いついたんだ。月の化身とかあったろう。知らんか?」
「ちょっとわかんないけど……レインボー男爵がわかんないから」
「そうか?レインボー男爵カレーを買ってくれと、しつこくしがみついてきたのは冬子じゃなかったっけ」
「わたし、レインボー男爵カレーは食べたことないと思うよ」
「そうか……じゃ―」
「おじいさん、まだ行かないで、月の姿勢を教えて」
「月の姿勢? なにそれ……」
「レインボー男爵を見て思いついたって」
「あーっ、あれか」
「そう、それ」
「あれは、月に向かって弓を引く姿勢で『
「へ~~っ、で、どうやるの」
じんぞうの姿がだんだん薄くなり、あずきの中に入ってしまった。
「あ~っ、おじいちゃん……」
肝心な所がきけなかった……まぁ、はまこうのおじさんが知ってるか……
『肩こり予防体操 参加無料』そんなポスターが店の前に貼られている。今日は、その当日。参加者は8名であった。じんぞう堂はこれくらいでいっぱいである。
「本日は、お集まりいただきまして、ありがとうございます。さっそく肩こり予防体操を行いたいと思います」
「では、皆さん立って間隔を取って下さい」
「右手を上にあげます。 右手をゆっくり下げて、こんどは左手をゆっくり上げます……」
冬子の肩こり予防体操は、すごくシンプルで、小学生が手を上げるように、右手と左手を交互に上に上げるというものだった。ゆっくりと泳ぐような感じで右、左、右、左……
「次は、前と後ろをやります」
右手を顔の前に伸ばし、左手は後ろに伸ばす。これをゆっくり交互に行う。簡単だが、この2種類でたいがいの肩こりがとれてしまう。
「冬子ちゃん、来たよ」
『はまこう』の店主である。何故か天狗のお面をかぶっている……
「……えっ、おじさん?……」
「皆さん、今日は、はまこうの店長さんが特別な肩こり予防の体操を教えてくださいます」
「へっ、へっ……どうも皆さん、近所のそば屋、はまこうの店主です。今日、教えるのは、ここ、じんぞう堂の先代店長に教えてもらった技なんですが、先代は、パソコンをした後に首がコルとか耳鳴りがひどくなるとか言いながら、パソコンのあいまに座ったままよくこの技をしていました」
はまこうの店主は天狗のお面をかぶったまま楽しんで教えているようだ。
おそらく酒が入っているんではないかと思われるが、お面で顔はわからない。
「えーっと、まず右手を斜め上に上げます。右手の先に月があると思って月に向かって弓を引くように左手は後ろに引き、顔は首をひねって右手の先、弓の先を見るようにします」
「これを左右交互にゆっくりやると肩こりと首のコリがとれていきます。先代は耳鳴りにもいいと言っていたが、どうなんだろうね?」
「そう、そう、先代は、これを
「月弓……、脳下垂体にも効くの?」
「のうか……農家のスイカ? 今は時季じゃないよ」
「あっ、いや、なんでもない……続けて」
「……呼吸は弓を引く時に息を止めます。上げる腕を変える時に息を吐いて、吸います。痛みのある時は、やらないでください。回数は5~6回くらいから始めて、だんだんと増やすといいです。いきなり頑張って20分も30分もやると、次の日に肩がいたくなります」
講習会に来ている人達は、はまこうの店主の動きをまねる。
「え~~っ、では次に月の姿勢、二の型をやりたいと思います。」
「えっ、二の型があるの!?」冬子が驚く。
「うん、本当は三の型まであるんだって。俺は二の型までしか知らないけどね。それと月の姿勢は土の姿勢とセットだとも言ってたな。では、行きます。やり方は同じで、斜め上に向かって腕を上げて弓を引きます。次に首を弓の先ではなく反対の後ろをむきます。そこで上げた腕を内側にねじります」
講習会も無事に終わり、お客様も帰っていった。
「おじさん、今日は、ありがとう。月の姿勢、初めて見ました」
「仁蔵さんは、しょっちゅう使っていたから、たぶん見ていたと思うけど……んっ!?」
「にゃ〜〜っ」
あずきが『はまこう』の店主の足元にじゃれついている。
「あずきか、かつお節食べるか?」
「たべる……」
店主はポケットから袋を取り出し、店にある、あずきのご飯用の皿にかつお節を入れる。『はまこう』はかつお節を削ってそばの出汁を取るので、出し殻を乾燥させて、あずきに持ってくるのである。あずきは、人間の言葉を結構理解していて、人間の言葉もしゃべったりする。特に食べ物のことはよくわかるようだ。
「もう、でっかくなって、あずきでもないな……」
「えっ、なにそれ、あずきじゃないって?」
「こいつは、仁蔵さんが、道端で弱っているのを拾ってきて育てたんだけど、初めは『おはぎ』って呼んでたんだ。小さくて黒いから。そしたら、奥さんがおはぎでは気に入らないようなので、それなら『あずき』ならいいだろうとなったんだよ。」
「へ~~っ」
あずきは、かつお節を食べていた。
「おいしいにゃ〜」
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