第34話「コイケ氏」・ラーメン王。

 三日月流導引には基本になる七つの姿勢があるが、他にどのくらいの種類があるかと言うと無数にあるんじゃ。

 同じ姿勢でも、力の入れ方やスピードの違いもある。


 ラーメンがいい例だ。

 スープも鳥ガラや魚介、豚骨などがあり、味も味噌、塩、醤油があって、麺の太さや硬さの違いなど無数にある。


「祖父、仁蔵は、そう言ってました。ちなみに祖父は鶏ガラスープの醤油味のラーメンが好きでした」


 ❃


冬子とうこ、ラーメン王の決勝戦やってるわよ!」


「テレビ? この間もやってたよね。この辺のラーメン屋さんが出てるやつでしょう」

「そうそう。ローカル番組で、このあたりのラーメン屋さんが戦うのやつ。この間は準決勝で終わって、今日は決勝戦のライブ中継だって!」


 冬子と母親が自宅で晩ごはんを食べながらテレビを見ている。


「あっ! この人、コイケさんだ!」

「なに、知ってる人?」

「うん、何回か施術してるよ。ラーメンの割引券もくれるのよ」

「そうなの……ラーメン美味しい?」

「へへへへっ、この人のラーメン屋さんに食べに行ったことないの、一人でラーメン屋さんって入りづらいじゃない……」

「…………」


「コイケさんが先にラーメンを審査員に持って行った!」

「なんだ、足がもつれてラーメンを審査員の股間に落とした!!」


「いゃぁぁぁぁーーー!」

「審査員、ズボンを脱いで股間に水をかけてる。あ〜〜あ〜っ、脱いだズボンでコイケさんを叩いている」

「あの審査員、コワモテの俳優さんだ! やっぱり怖いんだ。コイケさん、ズボンで首しめられてる。これ生放送だよね」

「えっ! 番組中止?! 映らなくなった」


 ❃


 数日後。

「あっ!コイケさん」

 冬子の店『じんぞう堂』にラーメン王に出ていたコイケ氏(30代、男性、独身)がやってきた。


「やぁ、こ、こんにちは……施術お願いします」

「は、はい、どうぞ……この間の決勝戦見てましたよ」


「ああぁぁぁぁ…………」

 頭を抱えてしゃがみ込むコイケ氏。


「あれ……テレビ局の人にめちゃくちゃ怒られて、審査員の俳優さんにビンタされたんです」

「そうなんですか……」

「そうです。あれから寝れなくなるし、店のお客さんもあの話ばっかりで頭が痛いんです」

「たいへんですね……」

「今日は頭をもんでもらえますか、もう頭の中がいっぱいな感じなんです」

「はい、わかりました」


 うつ伏せで施術を受けるコイケ氏。

 頭と首、肩から腰をもむ冬子。ふとコイケ氏の手の平を見る。

(この人、太陽十字線がある。ラーメンも芸術なのかな? ラーメン王の決勝に出るくらいなんだからセンスはあるんだ。俵紋たわらもんもあるわ。この人はお金に困ることもないのか、うらやましいな)

 冬子は導引の勉強で人相と手相も習い始めて代表的な相はわかるようになった。


「寝れないとか頭の中がスッキリしない時は、寝る前に足湯をするといいですよ。朝起きると頭がスッキリしますよ」

「そうなの? 足湯ってやったことがないんだよね……」

「店でもできますから、やってみますか? ひまだからサービスしますよ」

「そう、じゃあ、お願いします」


 冬子はタライと電気ポットを用意してコイケ氏に足湯のやり方を教えた。


 施術が終わった。

「ありがとう、頭がすっきりしてます。これ、よかったら」

「割引券? 50%オフ! いいんですか!?」

「冬子さんならチャーシューでもメンマでも大サービスしますよ」


 ❃


 後日、冬子は父親、母親と三人でコイケさんのラーメン屋さんに行った。


「こんにちは、本当に来ました。しかも家族で……」冬子が話す。

「どうぞ、どうぞ、大歓迎です」

 天主は本気で歓迎しているようだ。


「ここの店主、冬子に気があるんじゃない?」母親が言う。

「ば、ばかなこと言わないで……そうだ、お父さん、昔、長崎ちゃんぽんを食べまくったんですって?」

 急に話題を変える冬子。


「長崎ちゃんぽんか、昔にお母さんと行ったな、食べまくりと言っても適当ではないんだぞ。冬子は、旨いラーメン屋さんの探し方を知ってるか?」

「それは、ガイドブックとかスマホの評判かな?」


「それもあるが、こだわりの強い店主は火力にプロパンガスを選ぶんだ」

「プロパンガス? ガスって違うの?」

「家庭で使う都市ガスより、プロパンガスは火力が強いんだ。だから、プロパンガスを使っている長崎ちゃんぽん屋さんを探して食べたんだ」


「へ〜っ、探し方があるんだ」


「火力の違いが分かっている店主のラーメンは一味違うぞ。ここの店もプロパンガスを使っている。期待できそうだな」


「お待たせしました。ラーメンです」

 ラーメンが三つ来た。

 三つとも普通のラーメンなのに、チャーシュー、メンマが丼からあふれるくらいサービスしてある。しかも半額。


「どう、お父さん、味は?」

「野菜の炒め方はバツグン。メンマもデカくて旨い。スープは……お母さんどうだ?」

「お父さんは、それほどスープの細かい味はわからないのよ。全国チェーンの長崎ちゃんぽんのスープが最高って言ってるのよ」

「そうなの?」


「俺の舌は、それほど鋭くはないが、昔、風邪を引いたら異様に味に敏感になって、パンを食べたら保存料や科学的な味がはっきり分かったことがあったが、ああいうのは、あまりいいものではなぞ」父親が言う。

「あたしも体調をくずした時、匂いに敏感になってタバコの匂いが凄くはっきり分かったことがあったわ」母親がいう。


「匂いや音に敏感で困っている人もいるらしいわよ。わたしもお父さん並みの舌でいいわ。チェーン店の長崎ちゃんぽん好きだもん」冬子が言う。


「敏感過ぎるのは困るけど、味がわかるのは楽しいわよ。この店のスープは最高よ。これから繁盛店になるわよ。旦那にするなら今がチャンスじゃないの?」

「な、何言ってるのお母さん……ねえ、お父さん、長崎の話しして……」

 またも、話しをそらす冬子。



☆あずきちゃんが解説するにゃ。


 太陽十字線は別名、芸術線だにゃ。頭脳線と感情線の間に薬指の下で十字になっている線だにゃ。

 芸術的なセンスがある人に表れるらしいにゃ、でも、何の芸術かはわからないにゃ、絵なのか文章なのか音楽なのか、この線を持っていても何か芸術的なことをやらないと発達しないらしいにゃ。


 俵紋は、指の関節の間にあるタテ線がタワラのような形になったものにゃ。

 あると金に困らないと言われている羨ましい線にゃ。

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