第33話「テラサキ氏」・敦煌の壺。

「そこの奥さん、寄っていきませんか」


「あたしですか?」

「そう、あなた。牛がついてるわよ、体の色もくすんでいる」


(なに、このお婆さん、何を言っているかわからないわ)


「まぁ、これを見てっておくれ。あんたに関係があるはずだよ」

 ここは我楽多市、冬子の母親がツボを買った老婆である。


「これは中国の敦煌とんこうで発掘されたツボでな、規制がかかって今では手に入いらないものだ。しかも、これは、あんたと関係があるんだ」

「あたしと関係が、あたしは中国に行ったことはありませんよ」


「たぶん、あんたの前世だ。ツボがザワついている」

「前世ですか……」

(変な事を言ってツボを買わせる気ね、不吉な事を言って安物を高値で売ろうとするのね)

「あんたの前世は、このツボと関係があるはずだ、わしが見てやろう」

「いえ、けっこうです。いそぎますので」

「牛が悲しんどるぞ、牛は分かっているんだ、これからのあんたの人生にはこれが必要だと」


「牛ってなんですか? あたし、用事があるんです」

「あんたが飼っていた牛だよ、あんたのことを母親だと思っているんじゃないかね。一生懸命助けようとしている」

 婦人には思い当たる事があった、婦人の家は酪農をしていて牛を飼っていたのだ。子牛から世話したものも何頭かいた。

 少し話を聞く気になった。


「顔色が変わったね、あんたの緑色の体はくすんできている、とくに下半身がくすんでいる。それを助けるのが、このツボだ」

 ツボと言っても変わった形をしている。ツボと言うよりもタライと言ったほうがピッタリくる。

 老婆はツボにヤカンの水をそそいだ。


「これから、あんたの前世を見て見よう。このツボのふちに手をかけてくれるかい?」

「こうですか?」

 婦人はしゃがんでツボの縁に両手をかけた。

 老婆はツボに入れた水をじっと見ている。

「はるか昔、中国の敦煌とんこうに、あんたによく似た娘がいた。娘の旦那はたくさんの牛を飼っていて生活も豊かだったが、戦争に行って亡くなると飼っていた牛は全部親戚に取られた。娘は神社で巫女みことして暮らすが病にかかり体調をくずす。その時、神主が、このツボを作らせ、敦煌の秘術をつかい娘を病から救ったんじゃ。どうじゃ、この娘、あんたじゃないか?」

 婦人もツボを覗き込む。すると老婆が言うように娘の姿が見えた。その姿は若かりし頃の自分によく似ていた。


「まさか、こんなことが!?」

「ヒャッヒャッヒャッ、見えたかい?!」


『じんぞう堂』

「それが、本当にツボを覗き込んだら見えたんです、それにツボに書かれている女性の顔があたしにそっくり、これは自分の前世だと思って、すぐに息子に電話してお金を持ってきてもらったんです」


 今日のお客様は御婦人、テラサキ氏、前に来たパソコン教室の室長と一緒に働くパソコンの講師である。

 息子さんがツボを持って、我楽多市の帰り道に冬子の店にたちより施術を受けていた。


 じんぞう堂には冬子と母親もいた。

「お母さん、これって、あの時のお婆さんが売ってたやつじゃない?」

 冬子がお客様に聞こえないよう、奥で母親と小声で話している。

「たぶんそうよ。わたしが五千円で買ったツボによく似た感じだわ」

 だいたい牛ってなに? 守護霊? お母さん見える?

「牛は本当にいるのよ……手のひら大のが3頭も背中を走り回っているわ、しかも1頭はラッパを吹いてる……」


 お客様にお茶を持っていく冬子。


「ちなみに、そのツボは、おいくら位したんですか?」

「これね、50万円」

「ご、ごじゅ……」

「本当はひとけた違う値段らしいんだけど、前世で使っていた物だからって50万円にしてくれたのよ」

(たしかに、けたが違うだろうけど、それは5千円じゃないの?)

 冬子と母親は心の中で同じことを思っていた。


「このツボは前世のあたしが病気になった時に寝る前に、お湯と聖水とお酒を混ぜて、その中に足をつけて体を温めてから寝ていたわ。これが敦煌の秘術なんですって」

(それ、足湯じゃない? たしかに寝る前にやれば、よく寝れるし細胞や免疫も活性化されて多くの病気は治るでしょうけど、敦煌にも導引はあったみたいだから、神主が知っていてもおかしくないか……)

 冬子と母親は、またしても同じことを考えていた。


 お客様がお茶を飲み帰って行った。


「お母さん、あれってぼったくりかな?」

「たぶんそうだと思うけど、50万円もだしたら、あのツボを大切に使うと思うわ、現代ならホームセンターで千円で売っているプラスチック製のタライを使った方が軽くて楽だけどね」

「でも、どうやって前世を見せたのかな神通力かな?」


「ほら、これ」

 母親がズボンのポケットから何か取り出し手のひらにのせている。

「何それ、種?」

「ツボを見せてもらった時に底に付いていたのよ。これは芥子けしの実よ」

「ケシの実って呪術で使うやつ!?」

「そう、たぶんあの老婆は話しながら芥子の実を焼いた煙を吸わせて暗示をかけたんだと思うわ」

「あこぎな商売してるわね」

「ぅ〜〜ん、そうとも言えないかもね。あの老婆はツボを必要とする人を見分けられるのよ。そして、御婦人はたしかに体が弱っていた。助けるためにはあんなふうに暗示をかけるのも有効だと思うわよ」



☆解説するにゃ。わたしは黒猫のあずきちゃん。

 

 老婆には神通力があり、『トレイル』と呼ばれる影の道案内人で密かに人を導いているにゃ。

 目にはみえないが人を導いているものはたくさんあって、虫の知らせや閃きシャペロンと呼ばれる付き添い人などがいるにゃ。

 分かれ道に立たされている人を正しい道に案内してるにゃ。


 しかし、人を迷わせたり、正しくない情報をだす影の案内人も多いんだにゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る