第35話「カミシロ氏」・炒飯王。

 呼吸を使って強く動かすのを武息ぶそくと言い、弱い呼吸でゆっくりと動かすのを文息ぶんそくと言う。


 導引の行は料理に似ている。

 火力を強くしてさっと炒めたり、火力を弱くしてゆっくりと煮込んだり。

 若者が揚げ物を好み、老人は煮物を好むように体調によっても導引の技は変わるんじゃ。


 わしは炒飯が好きだったが、自分では上手に作れなかった。料理も才能じゃな。


「祖父、仁蔵は、そう言ってました。ちなみに祖父はフライパンいっぱいに具材とご飯を入れ過ぎるので炒めるのが難しくて団子状になっていました」


 ❃


「炒飯王、準決勝! 中華料理『黄河こうが』代表、カミシロ選手。対するは中華飯店『満洲まんしゅう』店主、タカハシ選手です」


 ローカル番組『料理の将軍』で、冬子とうこの店の近くの料理店の人がよくでる。


 あたしはこの日の為に炒飯を勉強しまくったんだ!

 まず、ご飯を炊くとき油を少量入れて硬めに炊き。炊きあがったご飯に玉子の卵黄だけをまぜコーティングしてパラパラのご飯になるようにして、塩、コショウ、鶏ガラスープで味を決めて、フライパンで卵白だけを焼き、そのあとで味の決まったご飯を炒める。あとはチャーシューとナルト、ネギを加え、鍋肌に酒と醤油を加えて香りをだす。鍋振りは死ぬほど練習した。これで完璧だ!


「カミシロ選手、見事な鍋さばきです。炒飯が高々と舞っております! うっ、どうした? カミシロ選手の動きが止まった…… あっ、倒れた!?」



 ❃

 

 冬子の店、整体『じんぞう堂』

 今日のお客様は『料理の将軍』に出ていたカミシロ氏(30代、女性)。


「準決勝で炒飯作っていたら、突然腰に激痛が走り動けなくなったんです」

「ぎっくり腰ですか? 病院には……」

「えぇ、病院には行ったんですが骨には異常はないということで湿布と薬をもらいました」

「まだ痛いんですか?」

「はい、もう1週間くらいになるんですけど」


「ぎっくり腰は2週間くらい安静にするんです。早くに揉むとかえって悪化しますよ」

「そうなんですか……せっかく来たので他の所なら揉んでもらえますか?」


「はい、他の所なら……足のふくらはぎは腰痛の裏ワザなんです。足の循環を良くすると腰痛も徐々に良くなりますよ」

 冬子は腰は揉まず、ふくらはぎ、すね、膝裏をもんだ。



 施術を終えてお茶を飲むカミシロ氏。


「あんた、黄河の……準決勝で倒れた人!?」

 冬子の父、勘蔵かんぞうが店に遊びに来た。


「えっ、見てたんですか?」

「俺、毎週見てるよ料理の将軍! 黄河も何回か行ったよ、炒飯美味いな!!」

「はっ……ありがとうございます」


「今日は施術?」

「はい、ぎっくり腰で……」

「あっ、あの時のは、ぎっくり腰で倒れたのか、大変だね」

「絶対、優勝できる自信があったんですけど、残念です」

「そうだね、黄河の調味料は絶妙だからね。あれは先祖伝来の秘伝かい?」


「いえ、いえ、インターネットで検索すると、作り方を教えている料理人がいてレシピを公開しているんです」


「インターネットかい!? そんな時代なんだな、前にYou Tubeを見て寿司屋をやってる外国人ってテレビでやってたからな……」


「今は情報を共有する時代ですから。でも、凄い技が簡単に手に入るんですよ。私の店は調味料も香辛料も自家製なんです。油も店で、その日の分をしぼってます」

「だから美味いのか、香辛料も強烈だし、鍋振りも上手だね」

「ありがとうございます。今度、店にいらっしゃったらサービスしますよ」


「あっ、ぎっくり腰は治ったの?」


「いぇ、ぎっくり腰は2週間は安静にするということで、今日は別の所を……」

「あっ、そうね、2週間ね……そうだね。でも……あの倒れ方は筋肉がずれたんじゃないかな?」

「ぎっくり腰じゃないんですか?」

「ぎっくり腰はぎっくり腰だろうけど、いろいろあるんだよ腰は、ちょっと触ってもいいかな?」

「ええぇ、いいですけど……」


 カミシロ氏の腰を触ってみる勘蔵。

「ここの筋肉がずれているんじゃないかな?」

「筋肉がずれるんですか?」

「料理で肉切ってたら、筋肉って綺麗にならんでいるじゃない、それが何かのはずみでずれると金縛りのように動けなくなるんだ。いいかい、飛び出しているのを入れるよ」

 勘蔵が筋肉の束が腰で飛び出している所を整えた。


「あっ、治った!?」


「やっぱりそうか、筋肉が切れたんじゃなくてずれたんだ。切れて痛くなるのは炎症が起こる翌日だもんね」

「不思議……」

「手の平でなでとくといいよ。他にね、じっとしていても腰が痛い時は内臓が原因だからね、尿管結石とか……」



 ❃


 カミシロ氏に炒飯のサービス券をもらったので、後日、冬子と父母の家族で黄河に行くと山盛りの炒飯が出てきた。


「これ、サービスか? ずいぶん多いな。まだ、メインの料理もあるしな……」

 父親が言う。

「あずきちゃんに持って帰ろうか?」

 冬子が言う。

「あずきちゃん、炒飯食べるの?」

 母親が言う。

「どうだろう?」

 冬子が言う。

「お土産にして、俺が深夜番組を見ながら食べるよ。ここの炒飯は美味いからな」

 父親が言う。


「お父さん、三日月流導引では、食事についての制限は無いの?」

 冬子がたずねる。

「食事は、無いことはないんだが、親父もビタミンを勉強してたが結局まとまらなかったようだ。食べ物についての研究は、まだ始まったばかりじゃないかな? 遺伝子組み換え食品や添加物なんかは研究所で調べないとわからないだろうし、安すぎる食品には危険もあるようだ」


「昔からの研究はないの?」


「体験的に食べ物と健康は研究されていたが、食べ物じたいがあまり無かったから、何を食べるかなんて選べるのは金持ちだけだった。徳川家康とかはいろいろ研究したらしいぞ。わが家では『柿の葉茶』をよく飲むだろ、あれは、ビタミンCだ」

「柿の葉、よく飲むね。お店でも出してるよ」


「あとは、キャベツとにんじん、玉ねぎを食べると良いってくらいかな?」

「にんじんはがんの人が良くジュースにして食べるね」


「野菜の栄養って土地によっても違うらしいから、一概にこれが良いとは言えないんだ。鉄分でも肝臓の悪い人にはダメだったりするので、三日月流では食事については特に言わない。ただ、腹八分目だな……」


「お待たせしました。ザンギと八宝菜です」

 山盛りのザンギ(鶏の唐揚げ)と八宝菜が運ばれてきた。


「まあ、美味しそう。食べ過ぎはいけないんだけど、たまにはいいでしょ」

 母親は小さい体のわりには、食べる時は食べる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る