第13話「舟をこぐ」・仙術。

「おじいさん、『舟をこぐ』って技あるじゃない」

「ああっ、あるね」

「このあいだ、気持ちが落ち着かないって人に教えたら夜間頻尿が減って便通も良くなったって言うのよ。あれは便秘にも効くの?」


「効かないこともないだろうが、自律神経が乱れていた人なのかな?」

「うん、50歳過ぎだからいろいろあるかも」



「冬子、そんな所で寝てると風邪を引くわよ」

「……えっ、お母さん? おじいさんは?」

「なにを寝ぼけているの、おじいさんがいるわけないでしょ」

「あれっ? 今、おじいさんと話ていたのに……」


 冬子は施術台の上で猫のあずきと一緒に寝ていた。


「夢だったの? リアルだったな〜っ。あずきちゃん、夢だった?」

「しらんにゃ〜」


「お焼き買ってきたから、お茶にしましょう」

 冬子の母親がお焼きを持っている。

 時間は午前10時、ふたりはお焼きを食べながらお茶を飲んでいる。


「お母さんは『舟をこぐ』って技は知ってる?」

「知ってるわよ。一の型から三の型まであるわね」

「えっ、三の型まであるの!?」

「あるわよ。二・三はあんまり使わないけど、一の型でも首を横にひねるのもあるしね」

「へ~~っ、知らなかった。一の型って便秘に効く?」

「便秘ね……効かないこともないだろうけど首から下の神経に効くかな?」

「おじいさんと同じようなこと言ってる」


「おじいさんね……あたしは、おじいさんに仙術を習ったからね。神経って脳から脊髄を通って末梢までいくじゃない。普通は末梢神経で異常がでやすいけど脳でも脊髄でも異常があれば腸の動きにも異常はでるかもね。医学的にも首の脊髄神経の異常が排尿・排便に影響することは認められてるわよ。首のヘルニアとかでなるようね」


「ヘルニアまでいかなくても、今はストレートネックって言われているじゃない」

「なにそれ?」

「お母さん知らないの?」

「知らないわよ。タートルネックなら知ってるわよ」

「スマホ首って言われてるやつ」

「ますます分からない」

「スマホやパソコンのやり過ぎで首の骨が真っ直ぐになるやつよ」

「そんなのがあるの、それで」

「首が真っ直ぐになると首の骨を通っている脊髄神経に異常が出て頻尿や便秘になるなんて考えられないかな」


「あるんじゃない? 神経が圧迫されればうまく機能しないわよ。でも、腸は自立して動いているとも言われているわね」

「舟をこぐをやった人は、腸が音をたてて動きだして便がよく出たって」

「一人だけじゃなんとも言えないけど、その人がストレートネック?」

「あの人はどうかな、パチンコが好きだからストレートネックかもね」


「冬子は、脳はどこまでが脳だと思う?」

「どこまでって……大脳・小脳・延髄じゃない?」

「例えば、桜の木だったら見えてる所が桜の木のような気がするけど、実際は根っ子がすごく長くあるでしょう」

「そういうことか、脳の根っ子が脊髄ってことね」

「そうそう、脳の炎症を調べるのに腰から髄液を取るでしょう」

「脳は脊髄の神経とセットなのね」


「舟をこぐは基本的な技だからやったほうがいいわよ。あまり人に見せる技じゃないけどね、仙術は見ても何をしてるのかわかんないもんね。そのてんヨガは見ていてもポーズが綺麗よね」


「三日月流って、よく仙術の技があるけど武術整体じゃないの?」

「はっきりとはわからないけど、自分で修行するのが仙術で、人にしてあげるのを整体って言ってるみたい。でね、仙術って基本的に秘伝なのよ、だからあまり人に言いたくなくて武術整体って言ってるみたい」


「秘伝だったの?」

「今は情報がはんらんしているから、あまり言われないけど、昔は家族にも教えなかったみたいよ」


「それはすごい昔の話?」

「そうでもないみたいよ、昭和の時代でも秘伝だったから、つい最近じゃない」

「あたしの生まれる前だけどね……」

「映画とかテレビが普及してからいろんな流派の技が出てきたみたい。日本の武術の流派も明治以前は数え切れないほどあったみたいで、今も伝わっているのがあるようね」


「三日月流もそのひとつ?」

「そうみたいね」


「ヨガとかはどうなの?」

「ヨガは秘伝とかは聞かないわね、たぶんあると思うけど、インドはオープンだったみたいね、だからこんなに普及したのね。中国は閉鎖的で修行を人に見せなかったようよ。そのせいか、やる人は少ないわね」

「やっぱり仙術は中国から伝わったの?」

「仙術自体は3千年とか4千年まえからあったとか言われているけど、日本に伝わったのは漢字が伝わったころ、遣隋使とかが持ち帰った巻物に仙術の技が書かれていた物があったみたいなのよ」


「古すぎてわからないな」

「中国の武術あるじゃない。カンフーとか少林寺とか」

「うん、映画で見た」

「あれも、いっぱい流派があって修行は人が見えないような高いへいを建ててやったり、人が寝ている早朝にやったりして人に見られないようにしたらしいわよ。中国の人達も一般的にはカンフーは知られていなかったみたい」


「カンフー映画の大ヒットで世界中の人が知るようになったようね。誰か仙術の映画を作って大ヒットさせたら仙術も一気に普及するかもね」



 ❃



☆冬子とおじいさん


「おじいさん、座り過ぎた時ってどうすればいいの?」

 冬子とおじいさんが話しをしている。


「そうだな、座るってことは股関節や膝を曲げるだろ、椅子に座るのでも90度に曲げる。例えばチューブに何かを流してチューブを90度に曲げたら上手く流れなくなると思う。血管も血液を流すチューブだ、曲げれば流れも悪くなるだろう」


「そうね、なにげなく椅子に座っていたけど、言われればそうだわ。それは導引でよくなる?」

「股関節を押したり、なでたり、腹をもんだり、お尻をもんだりかな? 腹の手術をした人は癒着ゆちゃくがあるから、もむのは危険だがな……」

「けっこう手間がかかりそうね」

「お前は、旦那をもらえば、旦那が喜んでもんでくれるぞ」

「エロじじい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る