第12話「カワモト氏」・不安。
今日のお客様は、川本氏、男性、50代、独身の常連さんである。
「いらっしゃいませ」
祖父の代からのなじみのお客様を迎い入れる冬子。
「やぁ、こんにちは」
「久しぶりですね。今日はどうしますか?」
「そうだな~ 全体的にやってもらえる? なんか疲れちゃってさ~」
施術台にうつ伏せに寝る川本氏。
「何かあったんですか?」
「うん、俺さ~ 木造アパートの2階に住んでるんだけど、最近下の部屋に新しい人が入ったんだ」
「ふん、ふん。それで」
冬子は施術をしながら話を聞いている。
「その新しく入った人が
「ああ、高齢の人なんですか?」
「60歳すぎくらいかな? それで、その人は夜中に2時間おきくらいにトイレに行くんだけど、足音とかドアを閉める音が響いて俺も2時間おきに起こされて寝不足でまいってるんだ」
「そんなに力を入れてドアを閉めるんですか?」
「いゃ、いゃ、普通なんだけどアパートがボロアパートなんで音が響くんだ。前にいた人は気を使ってくれたんで、ほとんど音はしなかったんだけど、今度の人は夜中も普通に歩いて普通にドアを閉めるんだ。本人に悪気はないのかもしれないけど、夜中は音をたてないようにするのが分からないんだね」
「それは、管理人さんに言ったほうがいいんじゃないですか」
「そうだよな〜 管理人さんに言うべきだったな……たまりかねて本人に言ったんだ。夜中は静かにしてくれって」
「うん、それでどうなりました?」
「相手は、『お前の洗濯機や風呂に入る音がどれだけうるさいか分かっているのか!?俺はこのアパートの管理会社の社長の友達だ!』って逆ギレだよ。洗濯機や風呂は夜中じゃないだろう。話が通じないんだ。人間的にも嫌だね」
「なんか嫌な人ですね。本当に管理会社の社長の友達なんですか?」
「それは、本当らしくて、その日の昼に管理会社から電話が来て『直接部屋には行かないでください』と言われ。俺が悪いことになったんだ」
「それはひどい話ですね」
「だろう。それでさっき、市営住宅の申込に行ってきたんだ」
「そうですか。団地もいいですよね」
「最近の団地はエレベータもついているから造りはいいんじゃないかな? ただ、倍率が約100倍なんだ」
「そんなにあるんですか?!」
「家族用なら5~10倍程度なんだけど単身者用は部屋が少ないんだ。基本的に団地は家族用なんだって。それで単身者用の部屋は少なくて倍率が高いんだ」
「そうなんですか。なんで単身者用の部屋は少ないんでしょう」
「やっぱり、高齢になって独り者だと病気になったり、亡くなったあとの片づけが大変になって、あまり入れたくないんじゃないかな?」
「そうね、独り者で体が動かなくなったら大変ですもんね」
「昔の2LDKの部屋を単身者用にしている団地もあるんだ。50年以上前の物で、俺も1度当たってさ、部屋の中を見に行ったんだよ」
「凄い! 一人で2LDKならいいじゃないですか」
「広さはいいんだけどね……」
「なにかまずいことがあったんですか?」
「そこの団地は、外側はコンクリートなんだけど床が木造でさ……部屋の中を見にいった時にちょうど上の階の人が帰って来て、足音やふすまを閉める音がハッキリ聞こえたんだ。ストーブを付ける音まで手に取るように分かったよ、あれじゃ〜っ、寝ていても目が覚めてしまうよ」
「団地って、床も全部コンクリートじゃないんですか?」
「その団地は高度成長期に急増で建てたらしくて、今、俺が住んでいるボロアパートよりひどい作りだったよ」
「川本さんは、そこに住んでいたんですか」
「いゃ、そこは辞退したよ。その団地は毎回空きがあって倍率も5倍くらいなんだ。やっぱり周りの部屋の音が響くこら落ち着かないんだろうね」
「あたしの同級生にも団地の子がいっぱいいたけど、そういう所だったのかな?」
「団地でもいろんな造りがあると思うよ。俺は前の会社の寮は団地だったけど、上下の階の音は気にしたことはないよ」
施術が終わり川本氏は出されたお茶を飲んでいる。
「ねえ、冬子ちゃん。不安な気持ちを落ち着ける技みたいなのはないかな?」
「不安ですか……いくつかありますよ。副腎の働きを良くすると不安が消えるから“水の姿勢”でしょ、あと、首をひねるとか肺の呼吸とか……あっ、そうだ『舟をこぐ』だ!」
「なにかいいのがあるの?」
「やってみますか? 簡単なんです。足を一歩前に出して長い“ろ”で舟をこぐ動きをするんです。渡し舟で後ろでこぐやつあるじゃないですか! 乗ったことはないけど」
立ち上がり、冬子と一緒にやりだす川本氏。
「この動きが仙腸関節にいいんです」
「船長関節?」
「背骨の下の三角形の骨の所ですよ。あそこが関節になってるんですけどコリやすいんです」
「この、お尻のとこかな?」
「そうです。そこ! 昔から腹をくくるとか、下っぱらに力を入れろって言うじゃありませんか。そこの動きがいいと気持ちが落ち着くと思いますよ。最初は3分くらいからやったほうがいいですよ。やり過ぎると次の日痛くなりますから」
「そんなもんかい? こうか?」
「そう、そう! 頭を前に倒し、ゆっくりと腕を下から上に上げ胸で引くんです。仙腸関節と首の付けねがほぐれるのがわかりますか? 腕を引く時は肺に空気を入れて一時停止すると肺も元気になって不安も消えると思います」
「そうね、首がひっかかるね」
「やってるとほぐれますよ。これは仙骨に通る血管や神経にもいいので、夜間頻尿も少なくなるはずですよ。それと首の付けねがほぐれると夜中は尿を作らなくするホルモンの流れも良くなるはずです」
「夜間頻尿にも効くのか。でも、下の部屋の奴には絶対に教えない!」
❃
☆冬子とおじいさん
「この間、
「そりゃ〜〜っ良くないよ、禅病は座禅をやり過ぎてなる病気だろ。同じ姿勢を長時間続けたら血が固まるようだぞ」
冬子とおじいさんが話しをしている。
「血が固まるの?」
「エコノミークラス症候群ってあるだろ、飛行機の中で座っているだけで膝の血が固まるやつ、海外旅行で狭い座席で何時間も足を伸ばせなくてなるやつ」
「あるね、震災の時、車の中で生活してた人も座って寝てたら亡くなったとか? 最近はクラッシュ症候群って言うらしいわよ」
「病気の名前もよく変わるな。昔は成人病と言っていたのが生活習慣病になったりな」
「成人病なら大人になったらなる病気みたいだけど、生活習慣病なら生活習慣が悪くてなる病気みたいだね」
「医療費は高いから、国もいろいろ考えているんだろう」
「そうね、血が固まって脳梗塞になったりしたら医療費は凄いかかりそうね」
「血液は流れているから液体だが、流れないと固まる性質がある。カサブタがいい例だ、何時間も膝を曲げて血液を止めていると固まるんだろうな」
「座禅もやりすぎはよくないのね……」
「椅子に座っているのも腹の中の病になりやすいだろうな、昔はあぐらや正座で低い机を使うのが主流だった。そのせいかわからんが文豪でも精神を病んだりする者が多かった。あれも座りすぎて血の流れが悪くなったんじゃないかな」
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