第11話「シッポ」・痔。
突然やってくるチャンス。
その時、ためらうとチャンスは逃げていく。
祖父、仁蔵は、そう言っていました。
❃
”まさはる“の主演する映画の撮影は順調に進んで行った。
不審な者が近寄ると、冬子の母親は即座に警護のスタッフに連絡して、まさはるには近づけないようにした。
冬子もまさはるのそばに居たくて、2~3日、母親と一緒にいたが、やはり店が心配で店に戻った。
❃
『整体・じんぞう堂』
やっぱり、お母さんと一緒にまさはるさんのそばに居たほうが良かったかな?
こんなチャンスは二度とないかもしれないな……でも、豪華な食事も飽きたしな〜っ、はまこうの塩サバ定食が懐かしよ。
冬子は、ぶつぶつと黒猫のあずきちゃんを相手にしゃべっていると、お客様が来た。
「いらっしゃいませ?」
「あ〜っ、どうも。このあいだ会いましたよね、まさはるのマネージャーです。覚えてました?」
中年の男性が話しかける。
「はい、まさはるさんのそばに居た方ですね。マネージャーさんだったんですか」
「はい、私はまさはるのマネージャーですが、実の父親でもあります」
「えっ、実のお父様なんですか!」
「ええっ、まさはるに食べさせてもらっているようなものですけどね、ははははっ……」
力なく笑う、まさはるの父親。
「まさはるさんを支える立派なお仕事ですよ」
よくわからないが、とりあえず褒めている冬子。
「実はですね、お母様と話していたら、冬子さんは『シッポ』と言う術を知ってると聞いたので、施術をしながらでもシッポについて教えてほしいと思って来たんです」
「シッポですか? あのシッポの技ですか?」
「それです。実は痔が痛くて……病院に行くほどではないんですが、市販の薬を塗っても良くならないんです」
「痔のやり方は祖父から教わってはいるんですが、まだ人には教えたことは無いんですが……」
「私が初めてですか、それは光栄だ。あのお母様の娘さんならまちがいはないと思います。お願いします」
「お母さん、役に立っているんですか?」
「それは、もちろん。不審な者を見つける能力も凄いのですが、それ以上に、監督が雨のシーンが欲しいと言ったら、お母様が火を炊いて
「また、呑んでるんですか……お母さんは酒癖が悪いので、あまり呑ませないほうがいいと思いますよ……」
「いやいや、楽しいですよ。まさはるも喜んで一緒に呑んでいます」
「まさはるさんもですか!?」
冬子は、やっぱり一緒にいればよかったと後悔した。
「それでは、シッポのやり方ですが、本当に効くかどうかはわかりませんよ」
「大丈夫。お母様のお墨付きです。教えてください」
「わかりました」
(お母さん、ずいぶんと信頼されているのね)
「シッポの技というのは、そのままの意味で動物の
「尻尾の部分ですか」
まさはるのお父さんはズボンの上から尻尾の部分を押してみる。
「何も感じないですね」
「尻尾の部分はあまり痛みが出ないのでわかりづらいようですけど、椅子などでここの流れが悪くなると痔は治りずらくなってしまうそうです」
「肛門部分は痛いんですが、ここをいっぱい指圧すればいいんですか?」
「痛い所は無理に押したらダメなようです。痛い所と痛くない所の境目あたりを指圧して、だんだんと治していくそうです」
冬子は、まさはるのお父さんの人差し指を丸めて肛門に見立て、押し方を丁寧に教えている。
「排便の後、トイレットペーパーの使い方なんですけど、最初の1回目は普通に拭きます。2回目はトイレットペーパーの上から肛門を押してから拭きます。3回目もトイレットペーパーの上から肛門を押して、肛門の周りの骨の内側も押してから拭きます」
「なるほど、トイレットペーパーの上から押さえるわけですね」
まさはるの父親はトイレットペーパーの使い方に感心している。
「トイレットペーパーの上から押さえるのは10秒から30秒くらいです」
「そんな短いんですか、もっと長くやったほうがいいのでは?」
「トイレットペーパーは柔らかいんですが、やはり紙なので摩擦があるので長い時間をかけると皮膚が痛くなるそうです。もっと押さえたい時は下着の上から押さえます。下着の上からのほうが摩擦が少ないようです」
「そうですね、なんとなくわかります」
「次にお尻をなでます。椅子に座って圧迫される部分ですね。こうやって、足を開いてお尻に手をあてて上下になでます。お尻の下から真ん中あたりまでと、真ん中あたりから尾てい骨あたりまでを優しくなでます。1回30秒から1分くらいで左右やります」
冬子はズボンの上からお尻をなでるやり方を実際にやってみせた。
「なるほど、お尻をなでるというのは考えもしませんでしたが、言われてみればもっともですね。どのくらいで良くなるものでしょうか?」
「それは、痔の症状によります。単純なものなら1~2週間で良くなるようですけど、悪化していれば1年以上かかるようです。症状の強い物はやはり病院にいかないと無理だと思います。それに、自分では痔だと思っていても実は”がん“だったということもあるようです」
「そうですね、病院に行けばいいんでしょうが、こんなおじさんでも、やはり恥ずかしいもので……とりあえず尻尾部分から肛門周りまでを指圧してみます。押す時の姿勢はありますか」
「えっと、姿勢は、こういう感じで、ふとももを胸につけるようにします。横になってもできますし、便座に片足を上げてもできます」
冬子は椅子に方足を乗せて、ふとももが胸に着く姿勢をしている。
「ありがとうございます、やってみます。とにかく痛みがなくなるなら何でもやりますよ。病院は行きたくないですから……せっかく来たので施術も何かお願いします」
まさはるのお父さんも肛門科には行きたくないようだ。
「それでは、下半身の血流が悪くなると肛門への血流も減るので、足の施術はどうでしょう?」
「はい、それでお願いします」
冬子はふくらはぎ、膝の裏、ふとももの施術をして背中の腎臓の上を押した。
❃
施術が終わり、ホットコーヒーを入れて、まさはるの父親に渡す。
ぐっと飲む、まさはるの父親。
冬子も飲んだ。
「冬子さんの施術のおかげで体が軽くなりました。ところで、お母様が、まさはるの嫁に冬子さんはどうだろうと言われたんですが……」
「うっ……!」
コーヒーが喉に詰まり吹き出す冬子。
まさはるの父親の顔にかかってしまった。
「す、すいません。突然だったもので……」
タオルを持ってきて、まさはるの父親を拭く冬子。
「大丈夫です。気になさらず。どうです、歳も近いし変な話しではないと思うのですが、実は、まさはるにはファンは多いんですが、特定の彼女はいないんです」
「そ、そうなんですか……」
「もう、そろそろ結婚して子供を作って欲しいんです。冬子さんのお尻を見ていて、いい子供が産めそうだと思いました。どうでしょうか?」
「どうと言われましても……わたしには、まさはるさんは神様みたいなもので、とても結婚の対象には……」
(わたし、何を言ってるんだろう? あんまり嬉し過ぎてわけのわからないこと言ってる。このチャンスを逃したら二度とないかもしれない)
「そうですか、神様と結婚するのは難しいですね。しょうがありません。今言ったことは忘れてください」
ボー然とする冬子。
❃
まさはる主演の映画は大ヒットした。
特にまさはるに雷が落ちるシーンがリアルだと話題になっていた。
冬子と母親は一緒にまさはるの映画を観て、帰り道に喫茶店に入った。
「まさはるさんは、人気があるだけに、仕事に対しても頑張るのよ、雷のシーンは体に避雷針を付けて、あたしが雷を落としたんだけど、最初に弱い雷を落としたら、もっと強くても大丈夫ですっていうから、2回目は大きな雷を落としたのよ」
母親が映画の撮影の時のことを冬子に話す。
「本当に雷を落としたの!?」
「そうよ、リアルでしょう! さすがに2回目は避雷針を付けていても気絶したんだから、それでも撮影は続けたの、やっぱりスターは根性あるね」
「お母さん、雷を落とす技は、おじいさんに教わったの?」
「え〜っとね、それは天狗に教わった……」
「天狗!?」
「そう。天狗」
娘である冬子も、母親の話しは半信半疑である。
「まさはるさんの、お嫁さんに冬子を推薦したのに、あなた断ったんですってね、もったいない」
「あれは、突然だったので、嬉し過ぎてわけがわからなくなったのよ……」
「チャンスを逃したわね」
「コーヒーお待たせしました」
ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。
「ありがとう」
冬子の母親と目が合った瞬間、ウェイトレスの目が見開き「呪術師!?」と言った。
「あっ、すいません。失礼しました」
「いいのよ、あなたもまさはるさんの映画を観たのね。最近、たまに言われるの、皆んな細かいとこまでよく観てるわね……」
冬子の母親は雨ごいで祈祷しているところを密かに撮影されて映画に使われたのだ。
映画のエンドロールには、
呪術師 三日月サトコ と書いてあった。
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