第10話「呪術」・暗示。


 昔から、呪術は使われていた。

 暗示であったり、芥子けしの実を燃やしてけむりを吸わせたりしてな。

 人から罵声ばせいをあびせられ、心が傷つき、学校や会社に行けなくなるのも呪術みたいなもんだな。


 祖父、仁蔵は、そう言っていました。


 ❃


 冬子は店が休みなので、母親と一緒に街に買い物に来ていた。


「お母さん見て、見て! あの人だかり、芸能人じゃない?」

「どれどれ……あ〜っ、あれ、”まさはる“じゃない?」

「えっ! ウソ、あのまさはる?! わたし大ファンなのよ! カッコいいのよね〜」

「映画のロケ地がこの近くだって誰かが言ってたな……」

「お母さん、本当!? じゃあ、本物のまさはるなのね。お母さん、近くに行こう!」

 興奮して泣きながら、歌手であり俳優のまさはるに近づく冬子と母親。


「あっ! 倒れた?」


 冬子が近づくと、まさはるが突然倒れた。

 なに、貧血? まさか脳卒中には早い年齢だし、心臓?

 冬子がいろいろ考えている。


「冬子、邪気がある、呪術よ!」

 冬子の母親は周りに邪気を感じていた。冬子の母は仙術を修め気を感じることができた。

 母親は冬子の手を引き、倒れたまさはるの所に素早くかけより、まさはるの頭に手をそえた。

 まさはるに意識は無い。呼吸もしていなかった。


「冬子、経絡の詰まりがわかる?」

 冬子もまさはるの頭に手をやり経絡の流れを見ている。冬子は、まだ気を使うことはできないが、生まれつき人の経絡の流れを見ることができた。しかも速い! 頭だけなら2~3秒でわかった。


「脳幹に詰まりがある! お母さん手を……」

 冬子は右手を伸ばし母の左手をにぎる。


 冬子の見た経絡の詰まりが母親の頭にビジョンとして流れた。

「見えた! 気の固まりを入れられている。この程度なら出せる!」

 母親が呪文を唱えると、影のようなものがまさはるの頭から出た。


 ほどなくしてまさはるは意識を取り戻した。

 帰ろとする二人を止めるスタッフ達。

「すいませんが、こちらに来てもらえないでしょうか?」

「あの、急いでますので……」

 帰ろうとする母親だったが、やはり止められてしまった。

 冬子と母親は、丁寧に車に乗せられホテルの一室に連れていかれた。


 ❃


 まさはるの泊まっているホテルの部屋。

「今回の件について何があったのか教えてもらえないでしょうか?」

 まさはるが冬子と母親にたずねる。


「あまり話したくはないんですが……」

 母親はあまり関わりにはなりたくないようだ。

「そこをなんとか、私は健康状態もよかった。しかし、突然意識を失ってしまった。呼吸もしていなかったらしい」


「呪術ですよ……」母親がポツリとつぶやく。


「呪術? この現代に……」

「呪術は実在します。しかも気を使かえる者ならそう難しくはないんです」

「信じられない……」


 母親は辺りを見渡し、一番がっしりとした体形のスタッフを手招きした。

「実際にやってみましょう」

 母親はスタッフ の左手を右手でそっと触った。

「気を入れるわよ」

 周りで見ている者には何も見えない、ただ手をつないでいるだけだ。


剛田ごうだくん、何か感じるかい?」   

 まさはるがたずねる。

「はっ、特に何も感じません」


「では、視力!」

「あっ! 目が見えない」


「こんなのはどうかな?」

「ああっ、これは……心臓の動きが遅くなった」


「では、まさはるさんがやられたのと同じ脳幹に気を詰まらせてみましょう。異常な音を聞いて呼吸が止まるので支えてあげてね」

 周りにスタッフ達 が集まる。

「いきます」

 母親が言うと、やがて剛田は何か音に反応しているようだが、やがて倒れた。

 母親は、すぐに詰まった気をはずし、剛田は息を吹き返した。


「剛田くん、どうなったんだね?」

 まさはるがたずねる。

「はい、周りの音がすごく大きくなり、次の瞬間、呼吸ができなくなりましたが、痛みはなく、むしろ気持ちが良くて不思議な体験でした」


「私が体験したのと同じだ。どういうことなんです?」


「呼吸を管理しているのが脳幹なんですが、音も脳幹を通って脳の表面にいくので異常な音を聞いて倒れることが多いみたいですね」


「その、気というのはどういうものなんです?」


「気を説明するのは難しいんですが、仙術を修行すると気を固めて人に入れることができるんです。そして、その気で神経を圧迫すれば、圧迫された神経は働くことができなくなり目の神経なら視力を失ったり、脳幹なら呼吸ができなくすることもできます」

「恐ろしい技ですね……」


「気は時間がたてば消えるので解剖してもわかりません。だいたい心不全ということで犯罪ではなく自然死ということになるでしょう」

「それでは、私は殺されるところだったんですか?」

「う〜〜ん、だぶん殺す気はなかったと思います。もっと強い気をつかえば瞬間で殺せるのですが、基本的に仙術を修めた人は悪いことはできないんです。自分が悪いことだと思うことをすると神通力が消えてしまうんです。ですから、ただの警告でしょう」


「そうですか、警告ですか……実は今回の映画でスポンサーになりたいと言う会社を何社か断っていて、恨まれているのかもしれません……」


「たぶんですけど、かなり古くからある技を使う者だと思いますよ」

「古くからというと明治とか大正とかですか?」

「もっと、もっと古いと思います。卑弥呼ひみこあたりだと思います」


「卑弥呼ですか……あの、あなた、私の警護についてもらえないでしょうか?」

「あたし? あたしは主婦だし、ごはんのしたくがあるので……」

「この街には、二週間の予定で映画の撮影をするので、その間だけでもいいです。仙術について警護の者にも教えてもらえないでしょうか!?」

 芸能人のスターまさはるが冬子の母親に頭を下げて頼んでいる。


「そうね、あたしもホテル暮らしで食事も豪華なものならいいですよ」

「本当ですか、ぜひお願いします。今回の映画は大ヒットが約束されているような作品なんです。どうか力を貸してください」


 まさはるに強く頼まれる冬子の母親。

 冬子も大ファンなのでそばにいたかった。



☆冬子とお母さん。

「呪術って本当にあるの?」

 冬子が母親にたずねる。

「日本では古くからやってるし、世界的にもやってるわよ」

 母親が答える。


「わたしには信じられないわ……」


「そうね、呪い殺すというのは難しいでしょうけど、あなた、生のチーズが食べられないでしょう」

「生のチーズ? 苦手だな〜食べたくない。学校の給食でも食べれなかった」


「それは、あなたが小さい時にラーメンを食べてたら、お兄ちゃんが、あなたのラーメンの中に生のチーズを入れて『それ食べたら死ぬぞ!』って言ったのよ。それから、あなたは生のチーズが食べられなくなったの」


「えええっ、本当なの!? お兄ちゃんのせいで、わたしは生のチーズが食べられなくなったの?」


「呪術ではないけど、暗示にかかったのね。あなた、焼いたチーズは食べれるでしょう」

「焼いたチーズ……ピサの焼けたチーズは大好き」

「それは、お父さんが冬子が小さい時に、一緒にピザを作って焼いて食べたの、その時に『焼いたチーズは美味しい』って、お父さんが言ったのをあなたは聞いていて、焼いたチーズは美味しいって暗示がかかったのよ」


「そうなの? たしかに焼いたチーズは大好きだけど、生のチーズは毛嫌いして食べないのはおかしいわね……」


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