第9話「DJ・ルナ」・のど。
導引は息を吐きながら体を伸ばすんだが、関節の動きを良くするようにやるのがコツだ。
祖父、仁蔵は、そう言ってました。
❃
ここかな? たぶんここね。
「こんにちは……」
「はい、いらっしゃいませ?」
整体『じんぞう堂』
今日のお客様はご婦人でラジオのDJをしているルナさん。
「あの~ 友達に聞いて、ここの整体が上手だって……」
「それは、ありがとうございます」
「最近、のどの調子が悪くて……肩こりもひどいんです」
「そうですか、ちょっとみてみましょう」
(経絡の流れを見てみるか……腕から肩、首の流れが弱い。加齢による関節の不調かな?首から背中の骨の関節か……)
「首と肩の施術をしょうと思います」
「そうですか、お願いします」
冬子は首と肩の施術をしながら背骨の関節の動きを良くしたほうが良いと思ったが、三日月流では背骨に術者が力を加えることは禁じられている。背骨の中を走る神経を傷つければ取り返しのつかないことになるからである。
(やっぱり、筋肉を揉んでもダメだな、これでは経絡の流れが回復しない。
施術が終わり帰ろうとするお客様。
「あの~っ、時間があれば、自分でできる体操をしませんか?」
「体操……? 今日は時間はありますが……」
「私の父なんですけどね……このあいだ、“ゲップ”が出せないって騒いでいたんですよ」
「ゲップですか」
「そう、ゲップ。のどにゲップがあるんだけと出すことができないと言ってたんです」
「それ、わたし、何となくわかります、喉が詰まった感じがすることがあるんです」
「父に言わせると、首の骨の動きが悪くなってのどの機能が衰えていると言うんです」
「そうですね、わたしも、そういうの感じることがあります。むせたりしますし」
「歳を取ると誤えんとか多くなりますしね……あ、いゃ、お客様は、まだお若いですよ」
「わたしも歳を感じてますよ。たぶん加齢からくるのかもしれませんね」
「いゃいゃ、まだまだ、お若いですよ……」
ご婦人が歳を気にしているかと思い、あせる冬子。
「それで、お父様はどうなったんですか」
「父は仙術を知っていて“土の姿勢”と言う技をやっていました」
「ええええっー、仙術ですか!?」
「はぁ……仙術です。体操ですけどね」
「どうやるんですか?」
お客様が聞き返してきた瞬間、この人には仙縁があるかもしれないと冬子は思った。普通体操をやりたがる人は少ない。女性にはわりといるが。男性はやらないと言う人が多い気がする……
ちなみに仙縁とは、仙術や導引を実際にやる人のことである。
「えーっと、ですね。こうやって正座します。床に手をついて四つん這いになって体を左右に揺らします。これだけなんですけど……」
お客様も床に四つん這いになり、同じようにやり始めた。
「お尻は上げてもいいのね」
「どっちでもいいです。足の指も立てても寝かせてもいいです」
「足の指は立てたほうがやりやすいかな?」
「右、左、右、左とメトロノームのように体をゆっくりとゆらします。この時、首の骨に意識を集中して首の骨の関節を1つ1つほぐすようにします」
「うん、こうね。なるほど、骨がほぐれる気がするわ」
「ここで注意するのが、力を入れすぎないことと、早くやりすぎないことです。首の骨は繊細なので傷つけないようにゆっくりほぐします。引っかかるような感じがしたら、そのまま止まっていてもいいです」
「そうね、急ぐと、ろくなことがないものね。わたしの座右の銘が『急がば回れ』よ。ははははははっ」
豪快に笑うご婦人。
「そうですね。父も仙術は豆を煮るようにやれと言ってました。料理なんかしないくせにね」
「豆を煮るようにですか……豆って硬いから煮るのは時間がかりそうね。それで、お父様のゲップはどうなったの?」
「父は新聞を読みながら土の姿勢をして……あっ、今やったのが土の姿勢1の型って言って、地面にはいつくばる姿勢のものを土の姿勢と言っていくつかの型があるんですけど、父も1の型と2の型をやって新聞を読み終るころにはゲップしてました」
「2の型もあるの?」
この人には仙縁があると確信した冬子はうれしくなった。やらない人は具合が悪くなって病院に行って薬は飲んでも、仙術はしない。
「はい、2の型ですね、これは首をねじってアゴを肩につけるような感じで同じように体を左右に揺らします。他には口を大きく開けたり、アゴを引くなんてのも効果があるようです」
「ありがとう。よくなるような気がするわ。わたし、ルナって言うんです。ラジオのDJ をしてるので、よかったら聞いてね」
「あーーっ、なんか聞いたことある声だと思っていたんですよ。あたし、ルナさんの笑い方好きですよ」
「そう?あはははははーー」
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