第20話「悪霊」冬子とお父さん。

「お父さん、悪霊あくりょうってどうやって退治するの?」

「なんだ、やぶから棒に……」


 冬子とうこの店『じんぞう堂』に父、勘蔵かんぞうが遊びに来ている。


「お母さんが、お父さんは地域を守るお地蔵さまで、悪霊を退治してるって、本当なの?」

「そんな、たいした者じゃないよ、悪霊というより、人の念だな。うらみつらみが高まって形になって浮遊するんだ。それが人に着くと、思ってもない事をすることがある」

「それって、いっぱいあるの?」

「けっこうあるぞ。人間だけじゃなく、動物のもあるからな……」


「退治するのはどうするの、聖水とか?」


「いゃ、いゃ、こう、手で叩いたり握りつぶすんだ。しがみついてるのは、はがせばいい」

 勘蔵は、まるで蚊をつぶすように手の平を合わせる。

「そんな簡単なの……でも、どうやって見つけるの、お父さん見えるの?」


「目で見るよ。ようかん無いのか? お母さんあるって言ってたぞ」

「あーっ、ようかん、あるよ」

 冬子は冷蔵庫からようかんを持って来て勘蔵に出す。

「コーヒーも、あと灰皿」

 冬子は言われるままに、コーヒーと灰皿を持ってくる。

「いちおう、店内は禁煙だからね」

「うん、1本だけな、親父の時は店内タバコの煙りだらけだったじゃないか」

「昔はね。今は時代が変わったの! それより悪霊は、どうやって見つけるの!」


「お前、キレやすいな。お母さんみたいだ」

「キレてないわよ。普段、怒んないもん。で、どうやって見るのよ!!」

「キレてるじゃないか。悪霊は、うつろになって見ればいいんだよ」


「うつろ?」


「そう、うつろ。ボーッとしてればいいんだよ。大人物はボーッとしてると言うだろう」

「それで見えるの?」

「俺は見えるけどな……」

「生まれつきの能力じゃないの?」

「そうかもしれない。他の人は見えないらしいからな」


 冬子が目を細めて店の中を見ている。

「やっぱり見えない」

「前を見るんじゃないぞ。心をうつろにして目は光を通すだけで、頭の後ろで見るんだ」

「何それ? 確かに脳の後ろで映像は見ているらしいけど、普通は前を見るでしょう」

「そうだな、人は後ろを見ないで前を見て生きなければならないな、でも、それでは悪霊は見えないんだ」

 勘蔵は、コーヒーを飲みながらようかんを食べている。


 冬子は、また目を細めてジーーッと店内を見ている。

「ダメだ、頭いたくなってきた」

「無理に見なくたっていいよ。なにか憑かれたような気がしたら体を軽く叩けばいいだけだから」

「でも、見たいな」


「窓を閉めきっているのに部屋に蚊がいることがあるだろう」

「うん、あるね」

「あれ、なんでだと思う?」

「それは、窓か網戸にすき間があるのかな?」

「それもあるかな、蚊は部屋に入る人の背中に張り付いて一緒に部屋に入るんだ」

「そうなの、頭がいいのかな?」


「部屋から出るのは大変だろうがな、悪霊も人の背中によく張り付くんだ。背中は一番張り付きやすそうだしな」

 勘蔵は冬子の肩に手を置く。

「もし、悪霊に憑かれているような人がいれば、こうやって背中を軽く叩いてやればいいんだ」

 勘蔵は冬子の背中をホコリを払うように2回軽く叩いた。

「こんなんでいいの?」

「これでいいよ。イメージで言えばウイルスが浮遊して背中についたようなものか? ウイルスはイメージしにくいか、タンポポの綿毛でどうだ!?」

「タンポポの綿毛みたいなの?」

「ああ、よく似ている、白っぽくてフワフワしてるんだ。セミの抜け殻みたいのがくっついていることもあるがな」

「ふ~~ん」



 店にしのぶがやってきた。

「冬子、また来たよ」

「いらっしゃい、遊びにきたの?」

「また、施術して欲しくて」

「いいわよ」

「あっ、できれば、また、お父さんに……」

 しのぶがちらっと勘蔵を見る。

「お父さんがいいの?」

「この間やってもらったら、肩が楽になったのよ」


「お父さん、また若い子に触れるよ」

「あぁ、いいね。お母さんには言うなよ」


「肩が楽になったし、腕のシビレもよくなったんです」

「腕もシビレていたの?」冬子がしのぶの腕を見ながら言う。

「そうなのよ、最近、腕のシビレにも悩んでいたの、まだシビレがあるけど腕を曲げた時だけシビレるのよね」

「首からきているのかな、むち打ちとかした?」

「そういうのは無いと思うけど……」


 勘蔵がしのぶの腕から背中を触っている。

「冬子、ここの経絡をみてみろ」

「肩甲骨? どれどれ…… 肩甲骨の右側に詰まりがあるわね。首じゃないんだ……」

「しのぶちゃん、ちょっと押すよ」勘蔵がしのぶの肩甲骨の右側を押す。


「あっ! そこシビレますね」

「ここだろうな…… 冬子、これ……」

 勘蔵は、しのぶの首すじを指さして冬子を見ている。


「首すじにセミの抜け殻のようなものが見えないか? これが、あれだよ」

「へ〜〜っ、これがそうなの、見えるわ!」


「何、なに…… 何かついてらるの」

「しのぶ、あなた悪霊に取り憑かれているわよ」

「やだ! 変なこと言わないでよ」


「ヘッヘッヘー これから除霊してあげましょう」

 冬子は笑いながらしのぶの首すじをポンポンと軽く叩いた。

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