第44話「まなみ 3」・幻覚。
家に帰った
それは、日にちが経つと山小屋での記憶が曖昧になることだった。
山小屋を出て3日目。
すでに、本当に山小屋で過ごしたのかも分からなくなるほど記憶は薄れていた。
相賀は忘れないうちに、お爺さん、お婆さんから教わったことをノートに書き留めた。
薬草の風呂の作り方。
酒を使った顔の洗い方。
お腹のもみ方。
足のもみ方。
あれ〜あとなんだっけ?
いっぱい教わったのに……思い出せない。
❃
「真菜美、トウモロコシを茹でたから食べなさい」
母親がトウモロコシを持ってきた。
「スーパーでね、朝取りのトウモロコシが売ってたのよ! 凄く黄色くて綺麗でしょ」
真菜美がトウモロコシを食べる。
(あれっ、なにこれ? 皮が硬いし味も薄い。山小屋で食べた“トウキビ”とは別物なのかな?)
「どう? 美味しいでしょう?」
母親が真菜美をのぞき込む。
「うん、美味しいよ……」
母親の期待に答え美味しいとは言ったものの、あの山小屋で食べたトウキビは皮が薄く甘みがあって冷えても美味しかった。むしろ、温かい茹でたてよりも、翌日に食べる冷えた物の方が美味しかった。このトウモロコシとは見た目は似ているが別物だと感じた。
山小屋での食事が美味し過ぎたせいか、実家に帰ってからの食事が味気なく感じていた。
お婆さん、言ってたな……出汁をしっかりとった物を食べると、お腹が喜ぶって……
真菜美が顔を洗っていると父親がきた。
「真菜美、お前、酒飲んでるのか?」
「あっ、これ? これは顔を洗うのに日本酒を少しだけ入れるんだよ」
「本当か? お前、急に顔が綺麗になったな。ただれて嫁に行けないんじゃないかと心配してたんだぞ」
山小屋では、時々風呂にも日本酒を入れて入っていた。
真菜美は漢方薬店で入浴用の干した大根の葉を買ってきた。それを煎じて風呂に入れて入った。
後から入った母親は、お風呂のお湯がウイスキーのような
お爺さんが言っていた。体を温めてから寝ると、寝ている間に自分の細胞が体を治してくれるって。
真菜美は薪割りがしたかった。しかし、家では薪を使う必要がないので、薪は無かった。しかたなく格好だけで薪割りの姿勢をして「えいっ!」と何度も気合いをかけてたら、父親にうるさいと怒られた。
この「えいっ!」ていう気合いが体にいいのに、親父は分かってないな……
❃
夏休みも終わり学校に行くと、周りがざわざわしている。
真菜美は山小屋に行ってから下痢をしていないことに気づいた。
皮膚も綺麗になり、自分の顔がただれていたことも忘れていた。
「相賀、顔に何か塗っているのか?」
男子達が見つめている。
以前は近づくと伝染るとか、マナミ菌だとかからかっていた男子も、真奈美を見る目が違う。好意的に女性を見るような目だった。
真菜美は皮膚がただれてゾンビと呼ばれていたが、顔立ちは元々綺麗だった。
(なに、こいつら、以前は、あたしに触ると病気が伝染るみたいに避けてたくせに、皮膚の皮一枚で手のひらを返したように目つきが変わっている。男ってこんなものなの?)
❃
冬子の店『じんぞう堂』。
「あたし、異世界に行ったことがあるような気がするんです」
施術を終えた相賀が、出されたお茶(柿の葉茶)を飲みながら冬子と話している。
「異世界ですか……」
「あずきちゃんが道案内役で、あたしは、そこで美味しい物を食べて、ただれた皮膚の治し方を教わったんです」
「あずきちゃんもいたんですか……」
「山の中での話ですから、偶然に同じ名前の猫ちゃんだったんでしょう」
「うちのあずきちゃんは小猫の時からここにいますから……山には行ったことは無いと思いますよ」
「ここからは何10キロもありますからね。あたし、その後にもう一度、同じ場所にいったんです」
「お爺さんとお婆さんに会いにいったんですか?」
「そうです。でも、お爺さんもお婆さんもいないんです。山小屋も無くて、周りの人に聞いても、そんな山小屋は昔から無いって言うんです」
「それは異世界に行ってたんですか?」
「その頃、あたし精神的におかしくなっていたので、妄想とか幻覚だったのかもしれません。薬もいろいろ飲んでましたし……」
女性は、そのまま帰っていった。
❃
「あずきちゃん、あなた山に行ってたの?」
冬子があずきちゃんを抱いて話をしている。
「やまだけど、ほんとうはせんかいにゃ」
「お爺さん、お婆さんって、あたしのお爺さん、お婆さんでしょ!?」
「そうにゃ。じんぞうとひかるにゃ」
「お爺さん仙界にもいるの? お婆さんもいるの?」
「じんぞうが、たまたまあのむすめとはちょうがあって、たすけるきになったんにゃ」
「お爺さん、今は、あずきちゃんの中にいるんでしょ、ちょっと出して」
冬子があずきちゃんを見つめると、あずきちゃんは、外に逃げ出してしまった。
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