第43話「まなみ 2」・薪割り。
山小屋に入った
「この猫は、あずき。けっこう喋れるんだ、人の言葉も分かるぞ」
お爺さんが黒猫をなでながらしゃべっている。
「今日は、もう遅いから泊まっていきなさい」
お婆さんが食事の用意をしてくれた。
見たことの無い赤い魚の煮物、見たことのない黒っぽいキノコの味噌汁、それと麦の入ったご飯である。
相賀は食べるのをためらった。
(美味しそうに見えるけど、これは食べられる物なのかしら? あたしの知らない食材なのかな?)
「娘さん、魚は苦手?」
お婆さんがたずねる。
「いえいえ、魚、大丈夫です。あたしが見たことのない魚なので……」
「これは、キンキと言って、とても美味しい魚だよ」
お婆さんは相賀の目の前で魚を食べてみせた。
「このキノコはボリボリと言って、これも美味いぞ! キンキの煮汁を出汁にしてるから格別の味で、わしは大好きだ」
お爺さんもキノコの味噌汁を飲んでみせた。
相賀も恐る恐る魚を食べてみた。
「美味しい! 凄く美味しい!」
味噌汁も飲んでみた。
「これも凄く美味しい。初めて食べた!」
美味しそうに食べる相賀を見て、お爺さんもお婆さんも満足そうだった。
その晩は二階の部屋を借りて、朝になったら帰ることになった。
お爺さんもお婆さんも優しい人でよかった。
……よかったのか? あたしは楽しむために山に来たわけじゃないんだよ。
あの魚と味噌汁の旨さで忘れてしまった。
まぁ、いいか、急ぐものでもないし……
旅の疲れで相賀はぐっすりと眠った。
朝になり、お爺さんお婆さんにお礼を言って街に向かうバスに乗って帰る相賀。
バスは走りだし、やがて終点に着いた。
「あれっ、ここって、さっきバスに乗った場所じゃ……」
バスの運転手さんはまだいる。相賀は運転手さんにたずねた。
「あの〜っ、ここって、朝乗った場所ですよね?」
運転手さんは、相賀を見たが何も言わずバスを走らせて行ってしまった。
「えええ〜〜っ、なに、あの運転手さん。バス会社にクレーム入れてやろうかしら!?」
相賀は携帯を見たが、そこは電波の届かない場所だった。
街に向かうバスは朝と夕方の一日に2回だった。
しかたない、また昨日の山小屋に行ってみるか。
相賀は今朝通った道を逆に進んだ。しかし、そこに山小屋は無かった。
なんで!? 今朝あったじゃない。なんで無いの?
いいか、別に帰れなくても……
「こっちにゃ」
黒猫が現れた。
「あずきちゃん?!」
「そうにゃ」
黒猫について行くと霧が出てきて、霧の向こう側に山小屋があった。
相賀は何か変だと思いながらも、また山小屋に入った。
お爺さんもお婆さんも優しく迎えてくれた。
翌朝、バス停に行くと、バス停が無くなっていた。
相賀は山小屋に戻ろうとしたが、山小屋は見つからない。
またしても黒猫に案内されて山小屋についた。
わけが分からなくなって、結局しばらく山小屋で厄介になることになった。
山小屋での生活は楽しかった。
食事も美味しく、お爺さんに不思議な体操を習い、薬草の入ったお風呂にも朝晩入った。
あたしの皮膚が荒れているのを見て、皮膚が綺麗になる薬草だからと、お婆さんが毎日煎じてお風呂に入れてくれた。
どれくらいたったのだろうか、この山小屋にいると時間の感覚がわからなくなる。
1年くらいいたような気がするが、それにしては寒い冬というものが無かった。
魚も肉も野菜も美味しかった。
メロンもトウキビも沢山食べた。
メロン程の大きさの桃を出された時は驚いたが、味は最高だった。
お爺さんと魚釣りに行き、お婆さんと畑仕事をした。
「えい!」と言う気合いをかけて体を動かすのが、とても体に良とお爺さんが言っていた。
山小屋では煮炊きに薪を使っていたので毎日薪割りをした。
最初は斧をまともに使えなかったが、日が経つうちに軽々と斧で薪を割れるようになった。
自分で育てたトウキビを茹でて食べたら涙が出た。
山の中なのに蚊やダニも少なく害虫も見かけなかった。
暑くもなく寒くもない。
お坊さんのような人をよく見かけた。
座禅をしている人や空を飛んでいる人もいた。
まるで夢の中、本当は、あたしは、すでに……そんなことを考えていた。
ある日、黒猫のあずきちゃんが「にもつをまとめて」と言いので、持って来たバックをかついで外に行くと、あずきちゃんが歩きだした。ついていくと、バス停があってバスも停まっていた。
あずきちゃんが「のってかえれ」と言うのでバスに乗ると、バスは走り出し、しばくすると、ちゃんと街中に着いた。
自分の家に帰ったら、まだ夏休み中だった。
つづく。
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