第46話「小豆飯」・わきの匂い。
「わたし、臭くないですか?」
若い女性を施術している冬子。
突然、お客様が、臭くないですか? と言い出した。
「えっ、匂いですか?」
「わたし、自分のわきから匂いがすると思うんです」
(そんなこと言われても、困ったな……)
「いえ、別に匂いませんよ……」
本当は、わきから匂いがしているのはわかっていたが、冬子は、お客様を傷つけないように匂わないと言った。
「緊張するとわきから匂いが出るのが自分でもわかるんです。こんなこと言ってもしかたないんですけど、整体をやってる方なら何か治し方を知ってるかと思って……」
(わきの匂い……たしか、おじいさん言ってたな……なんだっけ? キョンシーの映画を見て帰りに何か言ってたような……)
冬子は考えこんだ。
「あの、前に聞いたことがあるんですが、思い出すのに、ちょっと時間がかかるんですが……」
「時間といいますと、どのくらいでしょうか?」
「そうですね……少し調べれば思い出すと思うんですが……」
「明日になればわかりますか?」
「たぶん、明日ならわかると思いますが、治し方だったかどうか、はっきりとはしないんです」
「何でもいいです。なにかヒントになれば、できれば手術をしないで匂いがなくなる方法を探しているんです」
若い女性はすがるように冬子に話す。
「期待はしないで下さい。何か聞いたことがあったような気がしただけですから」
女性は、また来ますと言って帰っていった。
なんだったかな〜っ。
キョンシーに米をまいていたような?
店の中を歩きながら考えている。
あずきちゃん、はやく帰ってこないかな……
黒猫のあずきちゃんは近所をパトロール中のようだ。
「にゃ〜ん」
あずきちゃんが帰ってきた。
「あずきちゃん、お帰り。待ってたのよ、おじいさんを出してほしいの、ねっ、お願い!」
あずきに手を合わせて頼む冬子。
「あま〜いの たべたいにゃ〜」
あずきちゃんは、けっこうしゃべるのだ。
「いいよ。何がいい?」
「そこ、まるいの」
あずきは引き出しを指差している。
「これかな? ジャンボどら焼き。おっきいよ。食べれるかな?」
「たべれるにゃ〜」
冬子があずきちゃんにどら焼きをあげる。
あずきちゃんは、喜んで食べてる。
あずきちゃんが食べ終わると冬子は、あずきちゃんに頼む。
「あずきちゃん、おじいさん出してくれる?」
「うん。いいにゃ」
あずきちゃんの耳からけむりが出ると、おじいさんの顔になった。
「冬子か、何かあったか?」
「わきがの治し方を知りたいの。前に言ってたでしょ、キョンシーの映画観た時。小豆とか……」
「キョンシー? たまにタバコが吸いたい。冬子、タバコ吸って吹きかけてくれ」
「タバコ……あたしが吸うの?」
「幽体ではタバコも吸えないんだ。仙界に行けばタバコも吸えるし飯も食えるんだが……」
「わかった。タバコ吸うから、教えてね」
冬子は、祖父、
「う〜〜ん。いい感じだ。もっとけむりを吹きかけてくれ」
「おじいさんの吸っていたタバコ、フィルターも付いてないやつだからきついね」
仁蔵の愛用していたタバコは昔からあるタバコで、タバコの葉を紙で巻いただけで、口もとにフィルターは無いタイプだった。
「これがいいんだよ。いい気分だ。じゃあな〜」
あずきの中に帰ろうとする仁蔵。
「おじいさん、おじいさん。まだ帰らないでよ。わきが教えて」
「なんだ、冬子、わきがになったのか?」
「わたしじゃないよ。お客様でわきがの人がいるの」
「わきがね……おっ、そういえば、パチンコを打ってる時に、わしの隣りに体のデカイ男が座ったんだ。そいつがわきがでな、スーパーリーチがかかるたびに、凄い匂いが出るんだ。ビックリしたよ! 興奮すると匂いがでるんだな、どんな仕組みなんだろう?」
「わたしに聞かれても……おじいさん、昔、キョンシーの映画を観た時に言ってたじゃない。小豆がわきがに何とかって……」
「キョンシー? 中国のゾンビか? ああ、あれ、面白かったな。真っ直ぐにしか進めないやつだろ? もち米が苦手でまくと逃げていくんだ」
「もち米!? もち米だったかな?」
「冬子、キョンシーのマネして両手を上げてピョンピョンはねて歩いていたぞ」
仁蔵は灰皿に置いてあるタバコのけむりをかいでいる。
「もち米と小豆を炊いて、小豆飯をわきに挟むんじゃない!?」
冬子が昔の記憶を思い出した。
「小豆飯? わきに挟んで匂いを取るなら、もち米じゃなく、普通の米と小豆を炊いたものだぞ。もち米なら赤飯だな」
「普通の米なの?」
「米は、邪気をはらうと言われているんだ。結婚式で米をまくのも、そんな意味じゃないかな? 小豆と炊いた飯を人肌程度の温かさになったら丸めてわきに挟むんだ、すると邪気を吸い取ってくれる。邪気を吸い取ると黄色くなるから不思議だ……」
「あぁ、それだ! 小豆飯をわきに挟むのね」
「一週間くらい続けると良くなるんじゃないか?」
「一週間ね。わきに挟むのはどのくらの時間なの?」
「どうかな? わしは、わきがじゃないからな……小豆飯を取り替えながら30分から1時間くらいじゃないかな? テレビでも見ながらやればいいんじゃないか」
「けっこう適当でいいのね……」
「ほら、見てみろ」
仁蔵は自分の耳の穴に指を入れ耳あかを取って冬子の手の甲に置いた。
「なにこれ?」
「耳クソだ。これでわきががわかる。乾いた耳クソの人はわきがにはなりにくい。日本人はだいたい乾いているみたいだぞ」
「へ〜っ、そうなの、わたしの耳あかも乾いているけど体質でわきがになるの?」
「しめった耳クソ、猫耳だな。そういう人はわきがになりやすいみたいだ。緊張とか自律神経も関係するだろうがな……」
そう言って仁蔵は、あずきちゃんの中に帰っていった。
「あずきちゃん、猫耳でしょ。わきの匂いあるの?」
冬子は、そう言ってあずきちゃんのわきの匂いを嗅いだ。
「べつに匂いはしないね……」
❃
翌日、昨日のお客様が来たので冬子は小豆飯をわきに挟む方法を教えた。
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