第47話「長崎ちゃんぽん」・怒り。

「痛い、痛い、痛い……痛いって! もう、いい。下手くそ! 俺をなめんなよ!」


「か〜っ、ペッ!」

 お客様が文句を言って店の中にタンを吐いて帰っていった。

 50代で少し痩せた男性だった。



 なに、あの客!?

 あ〜っ、むしゃくしゃする。

 もう、今日はお店を閉めて呑みに行こう。

 時刻は夕方。冬子はスマートフォンで電話をする。

「お父さん、ひまでしょ? これから呑みに行こう。おごるから……」

「いいぞ!」

 父親は二つ返事である。



 居酒屋『あんたが隊長』。


「ふとももが痛いって言うから、仰向けでふとももを押したら、痛い痛いって言って5分もしないで、店を出ていったの。お金も払わないで店の中にタンを吐いていったのよ。も〜っ、腹が立つ!」

 冬子が父親に不満を話す。


「それは、たぶん、かなり病気の症状が進んでいると人だと思うぞ、下手に関わらないほうがいい。ほら、呑んで忘れてしまえ」

「うん」

 生ビールを一気に呑みほす冬子。


「お〜っ、いいね〜! 冬子ちゃん最高!」

 手を叩いて喜ぶ父親。


「そう? もっと呑むかな?」

「呑め、呑め! そして、食え! 今、この店は長崎フェアやってるから、長崎ちゃんぽんも食おう!」


「いいね。お父さん、長崎ちゃんぽん好きだね」

「お母さんと長崎に旅行に行った時は、まだ優しかったからな〜」

「そうなの?」


「今も、本当は優しいんだが、だんだん言葉がきつくなってきたな……」


「歳を取ると言葉はきつくなるのかな?」

「歳をとっても優しい人はいるが、病気になると性格が攻撃的になる人がけっこういるな……」

「いるね、今日のお客様もたぶん、そのたぐいだと思う」


「あれは、何なんだろうな? 脳の萎縮かホルモンの異常か薬の副作用なのかな? 俺もはっきりはわからないが、腸の働きが悪くなると性格が悪くなると言う学者もいたな」

 父親が話していると従業員の人が前を通った。

「すいません、長崎ちゃんぽん二つお願いします。生も二つお願いします」

 冬子が注文をする。


「お腹と性格が関係するって?」


「昔から言うだろ、“腹黒いやつだ”とか“腹のできた人だ”とか、あれは腹が性格に関係すると体験的に感じているんだと思う」

「なるほどね〜っ。あれでしょ、脳腸ホルモンだったかな? 腸には脳と同じ神経があるってやつ?」


「ほ〜っ、冬子も勉強してるんだな」

「当たり前でしょう、仕事で使うんだから」


「そうだな、どんどん稼いで俺のめんどうをみてくれよ」

「なに言ってるの、お父さん病気にならないでしょ?」

「そんなことないよ、もう体も弱って足腰が弱ってきたよ」


「お待たせしました。長崎ちゃんぽんです」

 居酒屋なのに本格的な長崎ちゃんぽんがきた。

「長崎ちゃんぽんをご注文のお客様には、只今、長崎カステラのサービスが付いています」

 従業員の人が皿に乗ったカステラも置いていった。


「わっ、長崎カステラも来たよ。この店、サービスがいいね」

「この店は、ときどきいろんな地方のフェアをしてサービスも付けてくれるんだ」

「へ〜っ、やっぱり、お店をやるにはいろいろやらないといけないのかな?」


「やっぱり、あれだろ、人に優しい店が繁盛するんじゃないか?」


「そうかもね、この長崎ちゃんぽんも良く出来てる。本当の長崎ちゃんぽんの店みたい」

 冬子が長崎ちゃんぽんをすする。


「このカステラも本当の長崎カステラだぞ。しかも老舗のやつだ」

「お父さん、カステラも詳しいの?」

「お母さんと長崎旅行に行った時、カステラも食べまくったんだ。いろんな店があってな、カステラの味も覚えたよ」


「お父さん、お母さんとラブラブだったの?」

「お母さん、若い頃は綺麗でな、女優さんみたいだった。それに、神前で『一生大切にします』と誓っているからな」

「神前結婚式だったの?」


「そう、神様に誓うんだ。誓いを破るとどうなるかわからん」

「お父さん、神様を信じてるんだ」

「俺は仏教徒だから神、仏は信じるが、目には見えない自分を守ってくれる物は現実にいっぱいあるだろ、免疫細胞とかミトコンドリアとか、ああいう物も神、仏と言ってもいいんじゃないか?」


「そうね。自分の命を守ってくれてるもんね。免疫が働かなければ、すぐに病気になって生きていられないでしょうね」


「そうだ、免疫も腹だ。腹に8割くらいの免疫があるらしいからな。腹は大切なんだ。冬子も腹が立っても汚い言葉を言うなよ。言ってしまうと戻せないからな」

「汚い言葉を言う人は、お腹の調子が悪いの?」


「それはわからんけどな、大切な人には言ってはいけない言葉があるから、体調が悪い時でもおかないと取り返しがつかなくなるぞ」

きもに銘じるって、肝臓?」


「そうだな、臓器も性格に関係すると言われていて、肝臓が悪くなると怒りの感情が出ると言われているな。急に怒りっぽくなったら肝臓の病気を疑うんだったかな?」


「薬を飲めば肝臓に負担がかかるから、それで怒りっぽくなるとか?」

「それもあるかもな……」


「お父さんは、何か自分の肝に銘じてることはあるの?」


「俺は、お母さんに対してケンカをしても、これだけは絶対に言わないと言うのを決めている」

「なに、なに? 教えて」

 冬子はだいぶ酔っている。


「それはな……」

「それは?」

「ペチャパイ」

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