整体師・三日月冬子 

ぢんぞう

第1話「はじめに」・頭痛。

 病気の原因は、コリとつかえ。

 同じ姿勢を長くしていることや、体の使い過ぎによるコリ。

 体を冷やすことにより体内エネルギーATPの減少によるつかえ。


「祖父、仁蔵じんぞうは、そう言ってました」


 祖父は整骨院をしながら、日本に古くから伝わる『導引どういん』を研究していました。

 私も祖父から導引を習い、祖父が亡くなった後、祖父の営業していた整骨院を整体の店に変えて営業することにしました。

 


   『整体師 三日月冬子』


  皆様が健康になりますように。



 ❃


 

 整体『じんぞう堂』

 店長は、三日月 冬子とうこ、27歳。

 祖父の営業していた整骨院『じんぞう堂』の店を整体『じんぞう堂』として営業を始めた初日である。

 初めてのお客様がやってきた。


「い、い、いらっしゃいませ……」

 カジュアルな服装の20代の女性である。

 施術台に案内して仰向けに寝てもらう。


「ど、どこか……気になる所はございますか?」

 緊張しながら冬子がたずねる。

「……頭が、締め付けられるように痛いんです。市販の頭痛薬を飲んでも効かなくて、それと肩と首もカチカチです」

 お客様は頭痛と肩こりを訴えている。


(頭の締め付けか……どうしようかな、足ツボを使えば10秒くらいでとれるかな? あと肩と首をもむか)


「分かりました、では最初に足ツボで頭の締め付けを取りましょう」


「えっ!足ツボですか……頭痛ですよ!?」

 肩をもむと思っていたお客様は意外な言葉に驚いた。

「足ツボは、締め付けられるような頭痛には良く効くんです」

「そ、そうなんですか?」

 なんだか納得がいかないようだがお客様は冬子にまかせた。


 冬子は、お客様の靴下を脱がせて足の親指にそっとふれた。

(やっぱり硬い。それに冷えている。右の方が硬いかな? 親指はハイヒールで関節が曲がっている。まぁ、若いから痛風の心配はしなくてもいいか)


「では、右足の親指を押します。少し痛いですけどいいですか?」

「本当に痛いんですか? 私、足ツボは初めててテレビで痛がるのは見たことがありますが……でも、この締め付けられる頭痛が良くなるなら多少の痛みは大丈夫です」


 冬子は、お客様の言葉を聞きニヤリとした。

「では、いきます……」

 ゆっくりと頭の反射区を押す。そうすることで緊張状態が続いていた頭の筋肉は一瞬でリラックス状態に変わり頭の締め付けが取れる。ただし、症状により足の痛みが強いことがあり、人によっては体をよじらせるくらい痛い。


「はっ!これは………………」

「どうですか、頭の締め付けは」


「……足の指から頭まで電気が走った気がしました。凄く痛かったけど、頭の締め付けが一瞬でとれました……完全ではないけど、ほとんど締め付けられてる感じが無くなりました。こういうの漫画本で読んだことあります! 本当にあるんですか!?」


「たぶん、それは違いものだと思いますよ……」


「私は、すでに○んでいるのでは? 3・2・1……」

 別に何も起こらない。


「これが噂に聞く経絡秘孔けいらくひこうじゃないのですか!?」


「いゃ、いゃ、そういうものではありません。普通の足ツボの反射区はんしゃくです」

「反射区……私はすでに○○でるとか、3年後に○○とかはないですよね!?」


「そんな凄い技ではないです。誰でもできますから、頭が痛くなったら自分でやってみて下さい」

「本当ですか? 私のような者でもできるのでしょうか? 私はずっと頭痛に悩まされて頭痛薬ばかり飲んでいるんです」


「誰でもできますよ。でも、頭痛は基本的には肩と首のコリを取ったほうがいいです」


「では、肩と首もお願いできますか?」

「はい、わかりました」


 冬子は祖父、仁蔵に習った導引を整体に応用して肩と首をもみ、なんとか最初のお客様の施術を終えた。



「にゃにゃにゃにゃ〜っ」

 祖父、仁蔵の飼っていた黒猫のあずきちゃんが冬子にすり寄って来た。


「どうしたの、あずきちゃん。わたしの施術が上手くいったから褒めてくれるのかな?」

 冬子があずきちゃんを抱きかかえると、あずきちゃんの耳から白いけむりが出てきた。


「まずまずじゃな。頭痛は原因が複雑じゃから足ツボが効かないことも多いぞ」

 白いけむりは、祖父、仁蔵の姿になった。

 大きさは小猫サイズである。


「おじいさん!?」

 冬子が驚いている。


「死ぬ前に幽体になって、あずきちゃんの中に入ったんじゃ。まるで鉄拐仙人てっかいせんにんみたいじゃろう。本当にできるんじゃな。はっはっはっはっ……」

 鉄拐仙人は幽体になり出かけている時に、弟子が、鉄拐仙人が亡くなったと思い肉体を焼いてしまったため、乞食の体に入った有名な仙人である。


「おじいさん、ずっと、あずきちゃんの中に入っているの?」

「ああっ、あずきが亡くなったら一緒に向こうへ行こうと思ってな、そうすれば、向こうでも一緒に暮らせるじゃろう?」



 ❃



 導引について、わし、仁蔵が解説しよう。

 人類は、その誕生からコリや痛みを取る方法を探していたと思うぞ、体を動かしたり薬草を探したりしてな。

 文字がなかった時代なのでいつからやっているかはハッキリはしないが、中国で今から二千年以上前の紀元前の馬王堆漢墓ばおうたいかんぼから導引図が発見されておるから、二千年はやっているんだろうな。


 日本では、江戸時代に安摩導引あんまどういんというものが職業として行われていたそうじゃ。


 三日月流導引は戦国時代から続く武術整体で、元々は武術を教える道場じゃった。

 武術を殺法さっぽう、そして傷ついた体を治すのを活法かっぽうと言って、昔は武術をする人が近所の人の体の不調を治すのは普通の事だったらしい。


 しかし、時代が明治になると世の中が一変してしまった。

 医療行為は西洋医学を使うことになり、昔から続いていた武術整体も当時営業している者、一代限りまでとし、以後の営業は認められなかった。

 明治を境に武術整体は営業できなくなり、世の中から消えてしまったのじゃ。


 しかし、営業はできなくとも導引を代々受け継いでいる家系は今の日本にも残っていて、三日月家も、そのひとつじゃ。

 三日月流導引は、なるべく簡単な動作で効果がでるよう工夫されてた、とてもお得なものなんじゃ。


 これは、三日月流導引伝承者、三日月冬子が整体を通して導引を伝える物語じゃ。



※この作品はフィクションです。実在の人物、団体名等とは関係ありません。


※実際に導引を行う場合は無理をしないようにして、自己責任でお願いします。


 


 

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