第17話「しのぶ 3」・かにの行。

「それじゃ〜っ、背中の施術をするよ。まずは腎臓と副腎だ」

 冬子の父親は、冬子の高校の同級生、しのぶの背中を施術しだした。


 肋骨のすぐ下、腎臓を押す。

(やっぱり、若い女の子は柔らかい、男は硬いもんな〜っ、あんだけ硬ければ病気になるのもあたりまえだよな。肋骨の下を押して、肋骨の上も軽く押してと、『やる気スイッチ』なんてものがあるとしたら、ここ副腎だろうな。腰も骨盤まで揉むか、お尻の横も揉んだほうがいいんだが、冬子が怒るからやめとこう)


「すごく気持ちいいです。寝てしまいそう」

 しのぶは、冬子の父親の施術が気に入ったようだ。


「背中は気持ちいいね。腎臓をよく押すと施術の後も体が軽くなって楽だよ。これも何回かやるとコツがわかって自分でできるようになるよ。まぁ、腎臓はやってもらったほうが楽だけどね、旦那さんにやってあげたら、旦那さんは君を手放すことができなくなるよ」


「そ、そうなんですか、良いこと聞いた。覚えておきます」

「家でやる時は足で踏むと楽だよ」

「足でやるんですか?」

「そう、足で。手でもいいけど、足でやると疲れないから簡単なんだ。椅子に座ってやったり、支えの棒を使ってやるんだ」


「足でやるなら楽そうですね。疲れて帰って来て、これをやられたら幸せですね」

「5分くらいやるだけでも、疲れがぜんぜん違うよ、よく寝れるしね。次、肩やるよ」


 肩から肩甲骨まわり、背骨の脇と指でなぞるように優しく押す。

 けっこうコリがある。

「冬子、このコリが分かるか?」

「どれ、あっ、これ! わかるわかる。よくあるよここは」


「これが有ると肩コリがとれないんだ。俺は自分で押して取るけど、指が届くギリギリなんだ」

「自分の肘を押せば届くけどね」

「お前は体が柔らかいからな~、俺はひきつるぞ、首なら自分でできるんだがな~」


 話ながらも施術は進み、だいたい終わった。

「しのぶちゃん、次は、仰向けになってくれる」

「あ~っ、はい。少し寝てたみたい」

「背中を押されているのに何故か眠くなるよね。次は、目の体操。これは知ってるかな?こうやって手の平を擦り合わせて温めて目にあてるんだ」


「こうですか」

「そう、いないいないバーの形だね。そのままで目を上下・左右・右回り・左回りと動かすんだ。目を痛めないように、ゆっくりね」


「上と左回りが固い感じがします」


「寝る前にやると、よく寝れると思うよ」


「私、最近、寝つきが悪いんです。なかなか寝れないんです」

「それなら、寝る前に目の体操をするといいよ。目は脳と近いから目を動かすと脳を刺激するんだ。脳の緊張が取れるのかな? それと寝れない時は数息観すうそくかんを使うと寝れるよ」


「すうそくかんって、なんですか?」


「数息観は呼吸法だよ。眠れない時は何かを考えていることが多いから、考えないように自分の吐く息を数えるんだ。鼻から吸って口から吐くのを1回として1から10まで数えたら、また1に戻るんだ。息を数えると他のことは考えられないので、いつの間にか寝てしまうんだ」


「へ~~っ、そんな方法があるんですか」


「それと体が冷えてると寝つきが悪いから、時間があればシャワーじゃなく、湯船につかった方がいいよ。時間がなければ、寝る前に湯たんぽで足を暖めるのもいいよ」

「はい。わかりました、やってみます」


「それと、もう一つ、お得な技を教えよう。これは、俺が作った行法なんだ。名付けて『かにのぎょう』」

「かにですか、横に歩くとか」

 しのぶが両指をピースサインにして、かにのようにしている。


「かにって目を左右に動かすんだ。それを習って、ひまな時に右、左と目を動かすだけなんだけどね。人のいないところで俺はよくやってるよ。さすがに、人に見られると変な人と思われるからやらないけどね」


「そうですね、目を左右に動かしている人がいたら変ですね。でも、それ良いかもしれませんね、目を動かさないことで目が悪くなるような気はしていたんです。お父さんの考えた行法、やってみます!」


 しのぶは満足したような顔をして帰っていった。



「冬子、約束の3,000円!」

 冬子の父親が手のひらを上にして出す。


「はい、じゃあ、これ。久しぶりにお父さんの施術を見たわ」

「俺のやり方は正式なやり方じゃないぞ」

「そうだね。いろいろ混じっているみたい」


「仙術も形はあって無いものだから、こだわらないほうがいいんだ」

「そうね。自分でやってても日によって違うもんね」

「そうだよ、同じ台で同じ釘でも日によって全然違うんだ。かにの行もパチンコをしていて閃いたんだ。かにの図柄でリーチがかかるとかにが目を左右に動かすのがあってな、あっ、これはいいなと思ったんだ。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


「なに、パチンコ?」

 勘蔵はパチンコ屋に向かった。


 まったく、パチンコばっかり。

 でも、かにの行か……

 筋肉は動かさないことで炎症が起きるって、おじいさんが言ってたな……

 目も筋肉で動かすか、

 パソコンやスマホは目をあまりうごかさないな……かにの行も有りかもね。



 ❃



 ☆冬子とおじいさん。


「おじいさん、眠むれる方法ってある?」

「眠くなるのはメラトニンというホルモンが出るとよく寝れる」

「そのメラトニンを出すにはどうすればいいの?」

「メラトニンの材料になる物を朝に食べるといいみたいだな、大豆が簡単だろう。納豆や味噌汁。あと、ネバネバした物は目を保護するらしいから、わしも納豆はあまり好きではないが健康のために食べていたぞ。安いしな」


「おじいさん、味噌汁はよく飲んでいたもんね」


「それから三日月流の『舟をこぐ』をやって首をほぐすんだ。眼に流れる血流とホルモンを管理している眼の奥の脳にある脳下垂体に血液をたっぷりやるには柔らかい首が必要だ。テレビを見ながらでも、舟をこぐをやるクセをつけると人生が変わるぞ」

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