第31話「オオミヤ氏」・頭寒足熱。

 冷えというのは病気の原因になる。

 血が回らなくなるんだな。

 夏場でも汗をかくと、その汗が冷えて体調が悪くなるぞ。


 冬に、昼間あたたかくて窓枠の氷が溶けて水になり、夜になると溶けた水が凍って窓が開かなくなるようなものか?

 水になった時に拭き取ってやれば大丈夫なんだがな……


「祖父、仁蔵は、そう言っていました」


 ❃


 ここか……

 本当に若い女の子がやってるんだ。

 整体なんて久しぶりだな。


 冬子とうこの店をガラスごしにみている背広の男性、なぜか手に鉢植えの花を持っている。


「こんにちは」

 男性が冬子とうこの店に入った。


「いらっしゃいませ。お客様ですか?」

 冬子は手に持った鉢植えの花を見て少し違和感を感じた。


「あっ、あの……カワモトさんに紹介されてきたんです。 私は、パソコン教室の室長をしていまして、最近体調が悪いってカワモトさんと話してたら、腕のいい整体師を知っているっていうので……」

 今日のお客様はパソコン教室室長

 オオミヤ氏 6×歳、男性である。


「あ〜っ、カワモトさんの紹介ですか。そういえば最近パソコンをやってるって言ってました」

「カワモトさんは、最近になってなぜか急にタイピングが上達してきたんですよ」


「……たぶん、それはタイピングソフトですよ。カワモトさん言ってました。友達に面白いタイピングソフトをもらったって」

「タイピングソフトですか? 教室でもタイピングソフトは毎日やっているんですが……」


「え〜っとですね、教室のタイピングソフトはしゃべらないのでいまいち気持ちが乗らないそうです。もらったタイピングソフトはかなり古いらしいんですけど、アニメのカワイイ女の子が褒めてくれたり、間違えるとしかったり、たまに対戦式形式で服を脱いだりするので夢中でやっているって言ってました」

「ああ、それでか……」


「今日は、どこか気になる所があってこられたんですか?」

「あっ、そうですね、特にどこというわけではないんですけど、全体的に体調が悪いんです」

「全体的ですか……病院は行かれましたか?」

「ええっ、病院で診てもらっても特に異常はないようで、首の骨が縮まっているというので首のけん引をしてもらったくらいですね」


「それでしたら疲労回復の施術をしましょうか?」

「えぇ、それでお願いします」


 腰とふくらはぎを中心に『復活の行』をして施術を終えた冬子。


「紹介で来て下さった方は、初回だけ千円割引か導引どういんの講習を受けられるんですが、どちらがいいですか?」

「導引とはなんですか?初めて聞きます」

「導引は昔から伝わるもので、今で言うとストレッチやヨガのように自分で体を動かす健康法です」

「そうでか……じゃあ、そっちの方がよさそうですね」

「導引にしますか?」

「ええ、お願いします」


「それでは、どうしょうかな……首が気になるようなので、まず首の関節をなめらかにする土の姿勢をしましょう」

「あぁ、首、首は気になりますね」


「首は自律神経やホルモンに関係する重要な部分なんですけど、頭を支えているのでコリやすいんです。こうやって、四つんばいになって首を右、左とメトロノームのようにゆらします。コツは首から背中の骨を真っ直ぐにして関節をほぐすようにやります。痛みや違和感があればすぐに止めてください」

「こうですか?」

 さっそくやってみるオオミヤ氏。


「そうです。上手です。ゆっくりと神経をきづつけないように……これをすると食べ物の通りも良くなりますよ。新聞を読む時にやる人が多いみたいです」


「次は導引の基本になる『腎臓の行』です。あたしの流派では『水の姿勢』といっています。血液を綺麗にして血圧も安定すると思います。体が軽くなるので疲れた時にいいですよ」

 オオミヤ氏は仰向けになり背中の肋骨の下あたりに手の甲を上にして入れて体をゆっくり左右にゆらしている。


「まいど! 冬子ちゃん昼めし、今日はエビ天そばだよ。 おっ、『朝立ちの行』だね。俺も50代で1回ダメになったけど、それやったら今は朝だけ20代だよ。でも、精力が強くなるわけじゃないんだよな……」

 冬子の昼食を持って来てくれたそば屋の店主であった。

 昼食を置いて帰っていった。


「朝立ちの行ですか?」


「いゃ、何でもないです。気にしないで下さい。あたしにはわからないので……」

「これ、なんか効きそうな気がしますよ。肋骨の下からお尻までやるんですね」

 オオミヤ氏は導引に興味があるようだ。

「そうです。子供に背中をふんでもらうのを自分でやるようなものです」


「わかりました。やってみます」


「あとですね、身体を温めることが大切なんです。特に寝る前に温めると細胞が活性化して寝ている間に身体を治してくれます」

「それは、お風呂でいいんですか?」

「お風呂でもいいですけど、体が弱っている時は足湯がオススメです」

「足湯ですか……」

「足湯というのは血液の循環を使ってお腹を温めるんです。ですから免疫力も上がりますしミトコンドリアが働きだすんです」


「ミトコンドリアとは、なんか昔きいたような……」


「ミトコンドリアは体の修復をしたりエネルギーを作っているそうです。有名な免疫学者が、50歳までは糖分を多くのエネルギーにしているが、50歳を越えるとからだを動かすエネルギーはミトコンドリアの作るATPというものを多く使うようになると言ってるんです。あたしは、まだ実感はないですけどね。男の人は湯たんぽをお腹に置いて30分くらい布団の中で本を読んですぐに寝てもいいですよ」


「そうですか、湯たんぽの方が簡単そうですね」

「やけどには気をつけて下さいね。バスタオルにくるんで気持ちいい温度にしてください。できれば、お尻の仙骨も少し温めるとなおいいです。寝る時は足元に湯たんぽを置いて、頭寒足熱ですね」



 ❃ 



☆わたし、あずきちゃん(黒猫メス)が解説するにゃ。


 オオミヤ氏の持っていた鉢植えはパソコン教室に飾るためのものだったにゃ。

 ビニールに四つも持ってたから、冬子ちゃんは業者の人かと思ったにゃ。


 体調不良は、ひょっとすると、夏場は汗をかくことで体はけっこう冷えてしまったからかもしれないにゃ。特に首はさわるとひんやりと冷たくなっていたにゃ。

 この首の冷えが自律神経に悪さをしたのかもしれないにゃ。タオルで首をふいたり手をあてて温めてやるといいんじゃないかにゃ。

 でも、間違っても、湯たんぽで首を温めようなんて思ったら大変なことになるにゃ、そのまま寝てしまったら取り返しのつかないことになってしまうにゃ。


 湯たんぽをあてるのは、お腹、お尻、足だにゃ。ただし女性はお腹はやらないほうがいいにゃ。最近は生理中のお風呂は問題にされにゃいが、昔は生理中の女性は風呂に入らないことになっていたにゃ。

 生理中にお風呂に入ると生理で出るはずの血が子宮に残り血液の流れが悪くなって、ひどい肩こりや頭痛になると仁蔵が言ってたにゃ。実際はどうなのかはわからんがにゃ……


 湯たんぽを、お腹にあてたあと、手の平でお腹をなでてやるといいにゃ。

 昔のやり方だと『の』の字に時計回りになでるにゃ。


 さらに、お風呂でもうひとつだにゃ。

 和温療法というものがあるにゃ。

 これは、サウナに入ってからすぐに20〜30分毛布にくるまっているというものだにゃ。

 普通の家にはサウナはないので、お風呂に入った後、汗がひいたら布団にバスタオルを引いて裸のまま布団にくるまると気持ちいいらしいにゃ、お風呂の熱が体に定着すると仁蔵が言ってたにゃ。

 仁蔵は、お風呂上がりによく裸で布団に入ってそのまま寝てたから、たまに布団をずらして裸が見えるようにいたずらしてやったにゃ。

 冬子ちゃんがじ〜っと仁蔵の裸を見てたこともあるにゃ。


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