第29話「クロスロード」・うつ病 2。

 『じんぞう堂』に、カワモト氏が連れてきたうつ病の若い男性がいる。

 冬子とうこは“月の力”で男性の身体に入り細胞達の声を聞いた。


「俺が修行していた時、師匠は言った。『初期の病気なら治すのは難しくない、体を温めて寝ればいいんだ。しかし頭が固くなっていたら難しいぞ』って」

 勘蔵は思い出すように言っている。


「お父さん、修行してたの?」

「あぁ、インドの山奥で……」


「たぶん、お父さんはインドに行ったことはないと思うけど……この人も、体を温めて寝れば治るかな?」

 冬子が勘蔵にたずねる。

「インドのカレー屋だったかな? 本人に治す気があれば、まだ大丈夫じゃないかな? 今は、『クロスロード』じゃないか?」


「クロスロード!? 分かれ道ね」


「そうだ、今、どの道を選ぶかで将来が決まる。本人しだいだ」

「今なら導引で治りそう?」

「治るとは言えないが、俺が今の彼の状態なら自分で治せるよ。何年もたって脳が萎縮してしまってからなら難しいだろうがな……」


「火の姿勢でいいかな?」

「男性だから、寝る前に湯たんぽで腹とお尻と足を温めるだけでも効くと思うぞ。本気で治したいんなら、大根風呂にいろんな導引、それと寝る前に足湯だな」

「女性はやり方が違うの?」

「女性は腹に子宮があるんで、湯たんぽで腹を温め過ぎるのはよくないようだ、男性は睾丸を温めてはいけないようなものだな」


「じゃー、女性は足だけ?」


「そうだな、足湯をしてから足をふいて、すぐに寝るのがいいんだ。これは簡単なことだけど秘伝なんだ。お風呂も体を温めるけど、『湯冷め』ってあるだろ、だから、お風呂の後が重要なんだ」

「あれね、お風呂の後、汗が引いたら布団の中に入るってやつ」


「よく知ってるな、そうだ。お風呂の後、布団に30分くらい入っていると熱が定着するような気がする。めんどくさかったら、湯たんぽで足を温めるだけでもいいけどな、時間がなければしかたない。足湯よりは弱いが、やらないよりはいいだろう。俺は真夏でも、湯たんぽで腹を温めてから寝てるぞ」


「真夏に湯たんぽ……あたしはいいわ」


「夏って、けっこう体が冷えるんだぞ。汗をかいて、それが冷えるんだ。首すじなんかひんやりしてるぞ」


「首って、けっこう重要よね。ここが固くなるといろいろとまずいことになるもんね」

「昔のテレビで首に針を刺して悪い奴を殺すのがあっただろう。首の上にある盆のクボは急所なんだ、ここを針で刺すと声もたてずに死ぬという」

「お父さん、よく見てたね。悪者退治の時代劇」

「悪者がやられるのは痛快だ! 昔、旦那が切腹すると、妻は鼻の下の人中に針を刺して自決したらしい」

「ここに針を刺すと死ぬの?」

 冬子は自分の鼻の下に指をあてた。


「鼻の下と盆のクボは高さが同じだろ、針で刺すと針の先は脳幹だ! ここをやられたらいちころだ」

「あ〜っ、そういうことなの」


「そうだ、俺は、このあいだのスワイショウを冬子に教えにきたんだ。うつ病にも効くから使ってみないか」

「そうね、聞いてみる」

 冬子は、うつ病の男性にスワイショウをいっしょにやってみないかとたずねたら、男性はやってみると言った。

 カワモト氏もいっしょにやることになった。


「よし、カワモトもやるか、もう歳だから覚えたほうがいいぞ。そういえば思い出した、お前の弁当は卵焼きが必ず入っていたな」

「あれは……俺のおふくろは、あまり料理が得意じゃなかったから、俺が卵焼きが美味しかったと言ったら、弁当に毎回、卵焼きが入るようになったんだ」


「中学生の時、ずっと卵焼き?」

 冬子がたずねる。

「中学から高校まで、ずっとだよ。中学のときは勘蔵が半分は食ってたけどね」

「お父さん、人の弁当のおかず食べてたの!?」

「カワモトが、卵焼きは飽きたって言うから、俺の弁当のおかずと交換してたんだよ」

「本当なの?」

「だいたい、本当だよ。勘蔵は席が隣りで、勘蔵の弁当は旨かった」


「弁当はいいから、スワイショウをやろう」

 勘蔵はスワイショウの講習を始めた。

 スワイショウは手を振り捨てる動作で、両手を前から後ろに振り捨てるのと、左右に腕を振る動作である。


「これがスワイショウだけど、実は、俺はわりと苦手なんだ。体型的に合わないのか、『舟をこぐ』の方がいいんだ」

「舟をこぐはスワイショウじゃないの?」

「厳密に言えば、舟をこぐは仙術だから違うんだが、その辺はあいまいなんだ。だいたい気功と言うのも一種類ではなく、無数にある健康法を集めて気功と言ってるんだ。舟をこぐだって、上・中・下とたく天や仙腸関節だけとかもあるんだぞ」


「舟をこぐって一種類じゃないの?」

「手の位置が違うんだ腰に引くのが下、肩まで上げて引くのが中、肩より上にあげるのが上、さらに頭の真上に上げるのがたく天だ」

「いっぱいあるのね」

「さらにだ、首の動きも右や左に動かしたり、コリによって動きの速さが違う。首と仙骨の副交感神経がよく働くようにほぐすのがいいね」


「わかりづらいわね、太極拳みたいに統一した綺麗な動きにならないの?」


「舟をこぐは、体のコリをとるものだから人によって違うんだ。腰の悪い人と肩が凝ってる人では動きは違う、さらに上手になれば呼吸を使って気を通すように動かしたりする。はたから見たら、なんだそれ? だな」


 若いうつ病の男性は、舟をこぐの上の技が気にいったようでずっとやっている。


「君、やり過ぎると関節や筋肉を痛めるぞ、少しづつやったほうがいい。俺も、気分がのって一度にたくさんやって、翌日体が痛くて動かせなくなったことが何度かある。特に背骨は慎重にやらないと何日も痛くなるぞ。 歯を磨きすぎて痛めてしまうようなもので適度が大切だ」



 ❃



☆お父さんとカワモトさん。


「中学生の時に同じクラスにいた高野たかの、覚えているか?」

 勘蔵がカワモト氏にたずねる。

「すい臓がんが発見されて1ヶ月で亡くなったんだろ。この間、葬式いったじゃないか」

「そうなんだけどさ、俺、高野とは小学生の時も同じクラスで、あいつ、小学生の時から将来は医者になるように親に言われていて、家で漫画も読んじゃいけなかったんだ」


「あいつの母親はきびしかったもんな。俺も何度かキツイこと言われたよ。ちゃんと勉強しないと将来ろくな大人にならないってな。その通りになってるがな。はっはっはっ!」

「カワモト、お前はいいやつだよ。今晩呑みに行こう」

「おーっ、行こう。高野をさかなに酔っぱらおう! あいつは頭が良かったし、ちゃんと医者になって美人の嫁さんももらって、病気にならなかったら幸福な人生だったんじゃないか?」


「あいつ本当は漫画が好きで、俺の家に来てよく少年漫画を読んで真似してたんだよ」


「へ〜っ、何の漫画?」

「いろいろあるけど、トイ○ット博士でメタ○ソバッチってあって、懸賞で当たるやつなんだけど、応募しても当たんないから二人で真似して作って遊んでいたんだ。バッチ持ってメタ○ソ団だってな」


「あの、メタ○ソバッチを手に持ってマタ○キって叫ぶやつか!?」

 カワモト氏も知っているようだ。


「そうなんだ、それで、高野が亡くなる時、俺も病室にいて、あいつ、俺に向かって、手にバッチを持ってるかっこして『マタ○キ』って叫んで、それが最後の言葉になったんだ」


「医者が、最後の言葉がマタ○キか……家族もいたんだろ?」

「ああ、いた」


「よっぽど、高野は勘蔵と遊んだ時のことが楽しかったんだな……」

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