5.エミカ・キングモールは冒険に感動する。


 地下迷宮ダンジョン――それは、地理的にも商業的にも、この街の中心を担う存在。

 地中から突き出た地上部分は、高さ百五十フィーメルを超える塔としてそびえ、近隣から集まった商人や旅人たちの観光名所にもなっている。そのため、塔を囲む円形の広場では、お土産や軽食を売る屋台がずらり。朝から晩まで賑わいが絶えることはない。

 ある者は生活のため。ある者は道楽のため。ある者は名誉のため。

 今日も、明日も、明後日も、冒険者たちは集う。

 それが、世界に数多残る未攻略迷宮が一つ。


 アリスバレー・ダンジョン――


 ちなみにこれまでの最高到達深度は、去年の冬に記録された地下七十七階だそうな。アリスバレーに古くから伝わる伝説には、〝最終地下六百六十六階層には大山猫リンクスの魔物が潜む〟なんて話もあったりするけど、そちらは真実かどうかは不明。

 でも、それがほんとだとしたらどんだけ階段下りないといけないんだろうね。ふくらはぎとか、絶対パンパンになっちゃう。ま、未だ最高到達深度が地下二階層の私には無用の心配だけど。


「――あ、コロナさーん! おはようございます!!」


 方角として真南に位置する、ダンジョンの正面入口。まだ朝日も昇りはじめて間もない早朝、緊張してほとんど寝つけなかった私は、約束の時間よりもだいぶ前に到着していた。


「おはよう、エミカ・キングモール。ずいぶん早いね」

「助手として〝五ミニット前行動〟は基本です!」

「はは、それはいい心がけだ」


 昨日と変わらず本日も見目麗しいコロナさんが到着すると、護衛役を受けてくれた冒険者さんたちも続々と集結した。


「貴殿らとは昨日それぞれ面談したが、あらためて自己紹介をさせてもらう。依頼主のコロナ・ファンダインだ。本日はどうかよろしく頼む」


 挨拶もそこそこに、私たちはさっそくダンジョンに潜った。

 先頭はパラディンのコロナさん。そこから数フィーメルほど離れて後ろをついて歩くのが私。さらにその私の周りを囲むようにして、三人の冒険者が警戒に当たる。


「あ、しまった!」


 みんなめちゃくちゃあっさり進んでいくもんだから心の準備を忘れてた。


「ぐぬぬ……」


 地下二階層へ続く仄暗い階段。そこで、私は思わず立ち止まる。

 ――ガクガク、ガクガク。

 勝手に震える、膝。

 落ち着け、落ち着くんだ、私。あれはもう四年前のこと。そうだ。冷静に、論理的に考えろ。今回は単独ソロじゃない。団体パーティーなんだ。大丈夫、大丈夫……。私にも、今日は仲間がいる……。


「どうした、姫さん。忘れ物でもしたか?」


 階段を前にして動かない私を不審に思ったっぽい。こちらを不思議そうに振り返ったのは護衛の一人、ソードマンのガスケさんだった。


「……あ、あと、少しだけ待って! 覚悟決めるから!!」

「はぁ?」

「すー、はー! すー、はー!」


 アゴに蓄えた無精ヒゲをさすりながらにさらなる疑問符を浮かべるガスケさんを無視して、私は呼吸を整える。


「よし!」


 そして、いざ一段目の階段へ、一歩足を前に踏み出す。

 恐る恐る、ゆっくりと。でも、着実に。そ~っと。


 ――シュタッ!


「っ!? お、下りれたぁぁー! やっほおおぉー!! もう恐くない! ミニゴブリンなんて恐くないぞー!!」

「おいおい、姫さん。そりゃ一体なんの遊びだ……?」

「えへへ、気にしない気にしない! それより先いこ、先っ!!」


 無事トラウマを乗り越えて意気揚々、地下二階へ突入。そこから先は一切立ち止まることなく進めた。途中ミニゴブリンにも遭遇したけど、まったく問題なし。てか、モンスターがまったく脅威にならないほど三人の護衛さんたちが強すぎだった。

 まず前衛のガスケさん、二刀流の独特な剣技で接近してきた敵を片っぱしからばったばったと切り倒していく。ものすごい速さで剣がびゅんびゅんと動くもんだから、モンスターなんかよりもそっちに目がいってしまうぐらい。

 移動中、面白半分で私を〝姫〟呼ばわりしてくる上めちゃくちゃ軽口を叩くから、正直なんなのこのおじさんと疑ってたけど、さすがは銀級冒険者さまだ。そのランクに偽りはないみたい。


 次に、黒魔術師のブライドンさん。緑の魔道服を身にまとったおじいちゃんで、ガスケさんとは正反対に寡黙な人。移動中も必要最低限のことしか話さない。ただ、やっぱ上級冒険者だけあって術の腕は一級品だった。地下七階で大量のガイコツ兵に襲われた時、ブライドンさんは文字どおり骨一つ残さず、それらを火の魔術で焼き払った。

 その光景に感激した私が「すごいすごい!」と飛び跳ねていると、ブライドンさんは無言のままとんがり帽子を目深にかぶって頬を赤くした。どうやら、照れちゃったみたい。やだ、このおじいちゃんかわいい。


 最後に、白魔術師のホワンホワンさん。エルフと人のハーフらしく、ぴーんと尖った耳が特徴的なお姉さん。その名のとおり、なんだかおっとりした性格でほわほわしてる。移動中はモンスターが襲いかかってくるたび魔術で結界を張って私を守ってくれた。現状、誰もダメージを受けてないのでその腕前を見る機会はないけど、普段は回復専門のヒーラーさんをやってるみたい。

 途中、ガスケさんにやらしい軽口を叩かれても、あらあらうふふ、と右から左に受け流していた姿は、余裕のある大人の女性って感じでステキだった。でも、なんか目がまったく笑ってないように見えたのは……うん、私の気のせいだよね、きっと。


「ホワンホワンちゃんさー」

「はぁーい、なんですかぁ?」

「オレのこと癒してくれない?」

「回復ですねぇ」

「いや、違う違う。なんというか、精神面を癒してほしいわけよ」

「あはは、なんですかぁ~? それぇー」

「わかるだろ? この仕事終わったら今夜あたり、な?」

「もぉ、ガスケさんってばぁ、また冗談ばっかり言ってー」

「ホワンホワンちゃんの夜の回復術ヒールに、オレは興味があるのさ」

「あらあら、うふふ(殺意)」


 おい、ガスケさん――いや、ガスケ。その辺にしておけ……。

 そのあともガスケさんのセクハラ案件以外は特になんの問題もなく、冒険は順調だった。地下十一階のゾロ目階層に出現するボスモンスターも、すでに別のパーティーによって倒されていた。


「ガチ攻略組の、〝肉体言語ボディランゲージ〟ってパーティー知ってるだろ? あいつらだよ。今回はだいぶ深いところまで遠征するらしいぜ」


 ボスのリスポーン待ちをしていたソロ冒険者が親切にも教えてくれた。目的が地質調査である私たちにとって、それは吉報だった。今回は地下三十五階層まで下りて、土や岩などをサンプルとして回収する予定だ。この調子であれば、ボスが出現するゾロ目階層である二十二階と三十三階もボスをスルーできそうだった。


「モンスターが普段より少ないのも攻略組のおかげだろうな」

「え、これで少ないの!?」

「ああ、いつもなら十一階ここまでくるのにもっと時間食ってるぞ。ま、先頭をあの騎士さんがやってくれてるってのもあるがな」

「コロナさんが? あれ? でも、ガスケさんのほうがあきらかに敵いっぱい倒してるよね?」

「前衛の仕事ってならそれで合格だ。だが集団の先頭を走るってのは、また違う仕事が要求されんのさ。そのときそのときの判断でパーティーを消耗の少ないルートに導いていかなきゃならねぇからな」

「えっと、コロナさんがモンスターの多いところを避けて進んでくれてたってこと?」

「ま、簡単に言っちまえばそうだ。だが、ただの勘や運だけでどうにかなるって技術じゃねえよ。相当な場数を踏んでなきゃできない芸当さ。たしかあの騎士さん王都勤めって話だったか。いやー、もったいねぇ。冒険者に転職すりゃすぐにでも金級ゴールドクラスになれるだろうぜ、ありゃーよ」

「ほーほー」


 上級冒険者のガスケさんにここまで言わせるとか、コロナさん、やっぱすごい人なんだな。でも、すごすぎてもはや何が何やらで、私にできることがあるとすればその庇護をありがたく思うことぐらいだ。


「では諸君、そろそろ次へ行くとしよう」


 ボスが不在の平和なゾロ目階層で小休止後、再度出発。

 そして、十二階層へ。そこには、今までとまったく違った景色が広がっていた。


「お、おおおおぉっ……!?」


 ダンジョンは、十一階層以下それまでのシンプルな迷路構造ではなくなった。視界の先にあったのは、平原と森。

 燦々と降りそそぐ日射しを感じて視線を上げると、それまでとは比べものにならないぐらいの空間があった。

 地面があって、空があって、木があって、光があって、何もかも。

 これでは、ここは、まるで……。いや、一応、これでも冒険者のはしくれだ。もちろん、話には聞いてたよ。でも、ここまで美しいだなんて、知らなかった……。


 今、私の眼前に広がるのは、


「すごいよ! ダンジョンって、ほんとにダンジョンだったんだ!!」

「姫さん、またよくわからんことを言ってんなぁ」

「だってほら、見て見て! ダンジョンなんだよっ!?」

「お、おうよ……」


 その先も、神秘の世界は続いていた。


 ――七色の花々が咲き誇る雄大な丘。


 ――木漏れ日が美しい大樹の森。


 ――風の吹き荒れる荒野。


 ――霧で満ちた湖畔。


 ――リザードマンが巣食うじめじめとした沼地。


 ――おどろおどろしいオークのキャンプ場。


 ――死霊と化した人間がさまよう廃村。


 そのすべては冒険者になったとき、夢で想い描いた光景だった。そして、もう目にすることはないと、あきらめていた光景でもあった。


「わあぁ~!」


 ぱあっと目を輝かせながら、地下に広がる世界を進んでいく。地下二十階層に到達する頃にはもう完全に、私は好奇心の虜となっていた。

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