18.人生はちょろい?


 ガスケさんの助言をもとに、まず侵入口を『B50F』まで増設。

 そして料金は、〝一階層×二千マネン〟と価格を見直した上でモグラ屋はプレオープン初日を迎えた。

 五十階層で十万かかる設定は、さすがに高すぎて誰も利用してくれないんじゃないかと思ったけど、開店してみればそんな不安はすぐに吹き飛んだ。

 まずは早朝、記念すべき最初のパーティー御一行様が来店。それを皮切りに利用客は次々とやってきた。

 結果、モグラ屋は一日目から大繁盛。

 多くの冒険者を深層に案内すると、初日から売り上げは百万を超えた。一週間程度で当初の目標だった〝一日で五~六人のパーティーを十組前後〟もあっさりと達成。モグラ屋は商売として完全に軌道に乗った。

 順調にお客さんが増えていったこともあって、ギルド裏の入口周辺を迷彩の魔道具でカモフラージュしたり、地下の受付ロビーを拡大して家具を運びこんでインテリアに凝ってみたりと、プレオープン期間中はとても忙しかった。

 だけど、それも過ぎてしまえば改善点もなくなり、次第にルーチンワークをこなすだけでよくなっていった。

 日常業務としては、朝から受付ロビーに待機。以降は、ほぼ決まった時間にやってくる固定客を随時地下へと案内。

 それ以外は特にやることもないので、私はロビーのソファーでゴロゴロしたり本を読んだりして一日の大半を過ごした。


「モグラ屋さんってここ?」

「あ、はい。そうですが……どちら様からのご紹介ですか?」

「いや紹介とかはないんだけど、自分も抜け道を使わせてもらいたくて」

「……」


 大きなトラブルはなかったけど、一度だけガスケさんの紹介じゃない単独ソロの冒険者さんがモグラ屋さんを利用したいとやってきたことがあった。話をしてみると、どうやらどこからか噂を聞きつけたらしい。なんとか丁重にお断りして帰ってもらったけど、これは今度の懸念事項になり得そうだった。

 集団は集団の中で情報を秘匿したとしても、やっぱ人の口に戸は立てられない。それを踏まえると、今後も一見さんお断りシステムを継続していくのが最良だった。


「あなた最近やたらと羽振りがいいわね」

「ギクッ……!」


 酒場で真っ昼間から分厚いステーキを食べてる時だった。突然背後からユイに話しかけられて、私は心臓が口から飛び出そうになった。


「ほら、育ち盛りだから! たくさん食べないとじゃん!?」

「それにしたってお昼からそんな量のお肉食べて……大丈夫なの?」

「も、もちろん野菜も食べるし! あ、ウエートレスさん、サラダ超大盛りで!!」

「私はあなたの懐を心配して言ったのだけど」

「え? あー、あはは……」


 と、まあ、そんな冷や汗ダラダラの目にも遭ったりしたけど、正規オープンを迎える頃には平均売り上げも三百万を突破。モグラ屋を開始してわずか二十日足らずで、私の貯蓄額は四千万マネンを超えることとなった。


「よん、せん、まん――」


 銀行で発行してもらった羊皮紙の残高証明書を手に、あらためてゆっくりと脳みそに認識させる。

 四千万。

 そう、四千万マネンだ。

 これだけの大金があれば、きっとなんだって買えてしまうだろう。

 高級な食材も。

 高品質な武器や防具も。

 貴重な宝石やアクセサリーも。

 そして、思い出の詰まった、あの我が家でさえも。


「………………」


 あれ?

 もしかして人生って、ちょろい?


「フッフッフ……」


 我が世の春の到来。その日、私はルンルン気分で帰宅した。


「たーだーいーまー♪」

「エミ姉、今日は早いね。晩ごはんの準備これからだから、もうちょっと待ってて」

「あー、いいよいいよ。今日はこのまま外に食べにいっちゃおう」

「え、またあのレストラン?」

「うん。あそこの料理シホルも好きでしょ」

「好きだけど……でも、お金かかっちゃうし……」

「あはは、だから心配する必要ないって~。毎日外食でもぜんぜん問題ないぐらい今稼いでるんだからさー」

「ねえ、エミ姉」

「ん~?」

「もしかして、何か言えないような危ない仕事とか、してる……?」


 真剣な眼差しの我が家の次女。どうやら最近の私の浪費癖が目に余ったらしい。

 私はそんな妹を安心させるべく「んなワケないじゃ~ん!」とおどけてから、がははっと豪快に笑ってみせた。

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