19.マッチョメン30


 やがて貯蓄額が五千万に届くと、仕事の合間を見て私は大家さんの邸宅に出向いた。


「土地と家を売ってください」

「はぁ?」


 手短にそうお願いすると、大家さんは「何言ってんだこいつ」みたいな表情を浮かべてたけど、私が銀行の残高証明書を見せると態度を変え、まともに取り合ってくれた。


「……本気かい?」

「はい。やっぱ愛着があるんで」


 現状、我が家の土地と建物は合わせて三千万ほどの価値があるという。でも大家さんの話では、購入したからといって未来永劫ずっと所有者のものになるわけじゃないらしい。


「土地の最終的な所有権は王様や領主にあるんよ。あたしらはその権利を数十年単位で購入して借り手に転貸してるだけさね。だかんな、今三千万で購入しても、あと二十年ほどで土地については御上に返さんといけんくなるんよ」


 それでも、個人から個人へ土地の所有権を移す際、期間の更新を申し出ることは可能らしい。

 せっかく購入しても二十年では短い。少し考えたあとで、私は期間延長の手続きを大家さんにお願いした。


「あと八十年延ばして、百年にしてください」

「ひゃ、百年!?」


 さすがにそんな生きんやろと大家さんには反対されたけど、たとえいくらかかろうとも私はあの場所を私たちの物にしてしまいたかった。

 結果、三千万+八十年分の土地代二千万で、計五千万マネンほどかかる見こみとなった。

 現時点の有り金ほぼすべてだ。だけど、それで二度と失わないで済むというのなら安い買い物だと思う。


「延長の申請はあたしが今日のうちに出しておくよ。あんたは小切手を用意しておいてくれ」


 専門家である大家さんに手続きを任せて、後日に土地と建物の権利書類を受け取る約束をして別れた。


「よー、姫さん、どこ行ってたんだよ。待ちくたびれたぜ」


 モグラ屋さんに戻ると、ガスケさんと見覚えのない一人の中年のお客さん(!?)が、いた。


「今日はすげえ話持ってきてやったぜ。こちらの御仁は、攻略を狙うガチ勢パーティー〝肉体言語ボディランゲージ〟のリーダー様だ。この街のギルドに所属する、唯一の白銀級プラチナクラスの冒険者様でもあられる」

「……」


 ガチ勢パーティー〝肉体言語ボディランゲージ〟――

 そのグループ名には聞き覚えがあった。たしかコロナさんの依頼のとき、私たちに先行してモンスターやゾロ目階層のボスを倒してくれてた人たちだ。


「お嬢さんがこの店の主であるか?」

「え、ええ、まぁ……」


 ダンジョン攻略を狙ってるパーティーのリーダー様とか、たぶんこの街で一番の上客だろう。でも、だからこそ疑問だった。


「我はマストンと申す。どうぞお見知りおきのほどを」

「……」


 そんなすごい人がなぜこんなにも、ひどい格好をしているのか、と。




 ①黒い革のブリーフパンツ。

 ②紅蓮のマント。

 以上。




 それがマストンさんが身に着けてる装備のすべてだった。

 ほぼ、全裸。ほぼ全裸だ。故に、鍛え抜かれた鋼の肉体ボディが惜しげもなくあらわになっている。

 あ、もしかして、ってそういう――


「本日はガスケ殿に仲介役を頼み参上した。どうか話を聞いて頂きたい」

「は、はい……」


 見た目のみで判断すれば変態だった。

 まごうことなきムキムキマッチョの変態だった。

 てか、ガスケさんがいなかったら出会った時点で即行逃げ出してるよ、これ。


「えっと、とりあえず座りましょうか……?」


 ロビーのソファーに座って話を伺ったところ、ダンジョン攻略に私の手(爪)を貸してほしいとのことだった。


「過去に制覇された四つのダンジョンの情報から推測するに、アリスバレー・ダンジョンの最終ボスは地下九十九階層に存在する可能性がもっとも高いのだ」

「で、最終階層の侵入口から一気に乗りこんでダンジョン制覇って作戦をやりたいんだと。どうだ姫さん、受けてみる気はないか?」

「うーん……」


 実際、『B99F』まで穴を掘るのは問題ない……というか余裕だと思う。すでに『B50F』まで入口を増設してるし、外から何フィーメル掘れば次の階層になるっていう法則も発見してる。作戦自体、少なくとも侵入口を作るところまではスムーズにいくだろう。ただ、ダンジョン制覇なんて目立つことに手を貸すのは、ちょっと気が進まなかった。

 それになぁ……。

 一階層×二千マネンだから九十九階層で、十九万八千マネン。その掛けることのパーティー人数か。

 んー、やっぱ危険を冒すには儲けが少ないね。ハイリスクでもハイリターンならまだ一考しようもあるんだけど。


「成功報酬は二億マネンでどうだろうか」

「ふぇ!? に、二億っ!?」


 こちらの不満をその露出全開の肌で感じ取ったのか、突如マストンさんは金塊で私の頭を殴ってきた。


「もちろん、それだけではない。我々がダンジョンを制覇した暁にはお嬢さんを我がパーティーに招き入れよう。攻略に当たり、とても重大な役目を担った功労者として」

「な、ななななっ――!?」


 それは即ち、世界で五度目となる偉業を達成した者の一人として、私の名前が歴史に刻まれることを意味した。

 なんてこった。大金だけでなく、名声と捨てたはずの夢まで転がりこんでくるなんて……。

 断る理由など、もう何もなかった。


「――やりまっす!!」


 次の日から、お客さんの受け入れをすべて断ってまで私は作業に没頭した。

 モグラクロー二発(段差二つ分)で、ちょうど一階層下がるというのはわかっていた。なので、まずは『B50F』の地点から九十八段分、階段状に掘っていく。あとは最深部である『B99F(仮)』地点にロビーほどの大きさの空間を作ってしまえば、とりあえず準備は完了だった。

 さすがに地下九十九階に繋がる横穴を私一人で開けるのは恐すぎるので、一旦外層は破壊せずそのままにしておく。深度計を使った確認は突入時に行なうと、この点はマストンさんとも事前協議済みだ。

 準備を終えた翌日は、大家さんに小切手を渡して家と土地(百年分)の権利書を入手。ついに一家の主ともなった私は、晴れ晴れしい気持ちで歴史的なダンジョン攻略へと臨んだ。


 作戦が実行に移されたのは、モグラ屋を休業して四日目の早朝。『B99F(仮)』地点に続々と〝肉体言語ボディランゲージ〟メンバーが集結していく。さすがに大所帯の移動は目立ってしまうという理由から、順次時間をずらしながらの集合となった。


「マストン隊長! 点呼作業完了しました!」

「報告ご苦労。了解した」


 数えると、ちょうど三十名だった。

 私の目の前でひしめき合う、パンツ一丁+マント姿のマッチョメンたち。

 繰り返す、私の目の前でひしめき合う変態マッチョメンたち。


「………………」


 てか、なんで全員マストンさんリーダーと同じ格好!?

 この人たちにとって、これが規定のコスチュームなんだろうか。てか、統一されると色々とものすごいインパクトだ……。


「あ、あの……なんでみなさんこんな変――薄着なんですか?」

「それを説明するには我々の原点からお話せねばなりますまい」


 マストンさんに遠回しな疑問をぶつけてみたところ、頼んでもないのにパーティー結成の歴史からみっちりと教えてくれた。

 なんでも元々〝肉体言語ボディランゲージ〟は、全員攻撃専門の魔術師で構成されたパーティーだったそうだ。

 しかしある日のこと、魔術を完全無効化するボスとの戦いに敗れ苦渋を味わったことを機に、各々が魔術第一主義の考えをあらため、一丸になってガリガリで貧相だった肉体を鍛えはじめたのだという。

 特訓は日夜続き、熾烈を極めた。

 その結果、現在のムキムキマッチョ軍団が誕生し、パーティー名も〝漆黒の魔術師団ブラックマジシャンズ〟という旧名から現在のものに変更したんだとか。

 つまり、全員が魔術と体術を極めたことで、アリスバレー近郊では知らぬ者がいないほどのガチ勢パーティーになったというわけ。

 なるほど、まさに人に歴史ありだね。

 いや、でもだからといって、なんでそんなヤバい格好で外見統一してるんですか? という私の肝心の疑問は一切晴れてないんだけども……うん、まーいいか。そろそろ時間だし。


「こちらの準備は整った。手筈どおりによろしく頼む」

「あ、はい……」

「お嬢、お願いします!」

「おー! お嬢が外層に穴を開けるぞぉー!!」

「我々を導く勝利の女神に栄光あれっ!!」


「「「おっ嬢!! おっ嬢!! おっ嬢!!」」」


 あ、なんだろこれ。

 すごい中心にいる感じ。

 悪くないかも……。


「ウオ”オ”オ”オオオォォォォォォッッー!!」


 みんなに「お嬢」と持てはやされ若干悦に入ってると、突然マストンさんが叫び出した。すぐにメンバー全員が呼応し、たちまち狭い空間は野太い雄叫びで満ちていく。同時、パーティー全体のボルテージもさらに上がっていった。




「「「ウオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッッッー!!」」」




 すごいウオークライ。

 身体の奥にまでガンガンと響いてくる。


「準備はいいかぁ!? 野郎どもー!!」

「「「ヤアアアアアアアアアアアアアァァァーーー!!!」」」


 テンションに乗じて、こぶしをかざしながらそんなことを言ってみたけど思った以上にいい反応が返ってきた。


「「「おっ嬢!! おっ嬢!! おっ嬢!!」」」


 あ、やばい、かなり快感。

 これ、マジで癖になっちゃうかも。


「フッフッフ……」






 なんて、今思うと完全に調子乗ってた。


 どんだけ順風満帆でも、人生の先には必ず落とし穴が用意されている。

 一歩足を踏み外せば、そこは奈落。

 闇へとまっしぐら。

 たとえモグラであっても、這い上がることは――


「食らえ、我が最強必技〝ツインモグラクロー〟を! うおりゃあぁー!!」


 それは、左右の外層に全力のダブルパンチを打ちこんだ瞬間だった。




 ――ブッシャアアアアアアアアアアァァァー!!




「えっ!? うわ、熱ッつぅ!!」


 まったくの想定外。

 刳り貫かれた四角い外層から噴き出してきたのは、大量のだった。


「うわあぁあぼごぼごぼごぉ――!!」


 激流は、私とともに三十人のマッチョメンたちを瞬く間にのみこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る