17.モグラ屋さん


 ちょうど三日ほどかけて、大方の準備を終えたところだった。その日、私はコロナさんが王都に帰るという知らせを受けた。

 前回、ウチで一緒に晩ごはんを食べてからすでに一週間。人生の恩人とこのまま挨拶もなしに別れられるはずもなく、私は馬車の乗り合い所まで彼女を見送りにいった。


「やはりここは良い街だな。人々が親切で温かい」

「それなら今度はぜひ、仕事じゃなくて遊びできてください! ダンジョンは無理ですけど、街中なら私でも案内できますし!」

「はは、そうだな。次の休暇はだいぶ先になるだろうが、その機会がくれば必ずお願いしよう」


 話しこんでいると、やがて馬車の御者さんが手に持った大きなベルをジャリンジャリンと鳴らしはじめた。どうやらもう出発の時間みたい。名残惜しかったけど差し出された手にモグラの爪で応じながら、私は別れの言葉を口にした。


「ではお元気でコロナさん、またいつの日か!」

「ああ、エミカ。君もどうか健勝でな」


 コロナさんが車内に乗りこんだあとも、私は馬車が見えなくなるまでモグラの爪を振り続けた。


「あー、いっちゃった……」


 コロナさん、マジメすぎるところはあるけど、ほんとステキな人だった。

 私もあんなふうに優しくて、強い大人にならないと。どうか次会う時までには、少しでも彼女に近づけていますように。

 そんな願いを胸に、私は次の約束のため例の空き地に向かった。


「よぉ、姫さん」


 前日お願いしたとおり、ガスケさんはお昼前にやってきてくれた。今日は私の掘った穴を見てもらった上、上級冒険者である彼から色々と意見をもらう予定だ。


「す、すげえ……本当にこれ姫さん一人で掘ったのかよ……」


 目を見開いて驚くガスケさんを従えて、私は北へ伸びる地下の通路を歩く。

 ランタンケースに光石を詰めた照明を、地面のあっちこっちに置いたので明かりは十分だ。ヘッドライトを使う必要もなく安全に進めた。

 やがて、外層へ到着。

 あらかじめ今日の朝、私が開通させておいた地下一階の入口を見て、ガスケさんはさらに興奮気味に驚きの声をあげた。


「うお、信じらんねぇ! マジでダンジョンの中まで繋がってやがる!!」

「状態回復作用で外側からゆっくり塞がっちゃうから、半日に一回は穴を開け直さないといけないんだけどね」


 入口に何か木枠みたいなものを嵌めこんでおいて、常時開放状態にしておくという手も考えたけど、それだと不正利用される可能性があった。なので塞ぎかけたら状況を見て、その都度対応する方針だ。


「でもよ、これモンスターは大丈夫か? 勝手に出ていったりして街中で暴れられでもしたら一大事だぜ?」

「大丈夫、それも実験してみたけど問題なしだったよ」


 すでにその懸念は地下一階のスライム(超安全モンスター)を使って排除済みだった。階層を自由に行き来できないのと同じ法則なのか、私が誘い出してもぶち抜いた外層を通ることなく、スライムたちはその手前でダンジョンの内へと引き返していった。


「ガスケさん、こっちこっち。ここはあくまで実験用の扉だから」

「あ、ああ……」


 地下一階層に繋がる入口。その脇に作った階段へ、私はガスケさんをいざなう。

 ダンジョンの外周に沿うように掘ったので、ゆるやかな曲線を描いて段差は下へ下へと続いている。

 少し下りたところで拓けた踊り場に到着。赤いペンキで『B5F』と書かれた立て看板と、露出した外層を指しながら私は言った。


「この壁を壊せば地下五階層に入れるよ」

「そんな簡単に壊せるのか……?」

「うん。でも実演は地下二十階層で」


 地下一階を除いて、入口は五階・十階・十五階――といった感じで、五階層区切りに作ってある。さくさく下りて今のところ一番深い『B20F』の踊り場までくると、私は前言したとおりガスケさんの目の前で外層を破壊してみせた。

 時空が歪むような音とともに扉が開く。同時に、私たちの前には巨木が生い茂る森が出現する。


「この森林地帯なら見覚えがあるぞ……。いや、今さらもう驚くってのもあれだがよ、マジでここ二十階層じゃねぇか……」


 どうやら勝手知ったる狩り場だったみたい。外層に開けた穴から中に入ると、証拠として深度計を見せる必要もなくガスケさんはすんなりと理解してくれた。


「だがこの入口、地下一階のとはまた違うな……。もしかすると、十二階層で〝迷路構造〟から〝フィールド構造〟に切り替わった影響か?」


 振り返ると何もない森の真ん中に、さっきまでいた『B20F』の踊り場が見えた。まるでハサミで空間を四角く切り取って貼りつけたみたい。

 それは外から中へ進む通路というよりは、もはや空間から空間を移動するワープゲートそのものだった。


「うん。五階と十階も地下一階と同じで外層と隣接したところに出るんだけど、なぜだか十五階と二十階のほうは外層から直接ダンジョン内部に繋がっちゃうんだよね」


 十五階と二十階を探り当てる作業の途中、平野の真ん中や湖のほとりに出たこともあった。ダンジョンの構造が大幅に変化する十二階層から、たぶんこのワープ仕様が適用されてるっぽい。まだ調査不足なので完全に断言はできない状況だけど、ガスケさんが言うとおりその可能性は高そうだった。


「地上の入口からここまで五ミニットもかかってねーし……。まさか、マジでこんなもん造っちまうとは……」

「三万マネンの価値あるかな?」

「もちろんだとも。てか、あとでその倍額は払ってやるよ」

「あ、えっと、お金はいらない。ガスケさんは特別、無料タダで使っていいよ」

「は? いや、ありがてぇけどよ……、マジでいいのか?」

「うん。でもその代わりね、お客さんになる冒険者を紹介してほしいんだ。条件としては第一に団体さんで〝深層〟を狩り場にしてる強い人たち」


 無制限に顧客をつのれば収拾がつかなくなる恐れがある。なので、できるだけお客さんを厳選した上、まずは一日で五~六人のパーティーを十組前後確保するのが最初の目標だ。

 現在の価格設定でも、それで日の売り上げが百五十万から百八十万という恐ろしい数字になるのだから笑いが止まらないどころか震えが止まらないよ。ガグガグブルブル。


「あと料金設定とか、どの階層まで入口を作ればいいだとか、その辺のアドバイスもしてほしいかも」

「なるほどな……」

「迷惑だった?」

「いや、そういうことなら俺に任せとけ! こうなったら姫さんにじゃんじゃん上客を紹介してやるよ!」


 そんなこんなで私の考えた〝モグラ屋さん〟の商売は本格的に営業を開始した。

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