16.下準備


 何よりも最初に必要なのは道具。なのでギルドを飛び出した私は、まずはその足で街の魔道具屋さんに向かった。


「いらっしゃいませー」

「ふむ……」


 大きな店だけあって品ぞろえはよさそうだ。

 ただ、棚に並べられた商品がどういった効果を持つ物なのか、知識のない私にはちんぷんかんぷん。

 とりあえず、もしものための転送石を数個と、照明用の光石を大量に買いこんだあとで、私は黒いトンガリ帽子の店員さんにたずねた。


「それでしたらお客様、こちらの商品がぴったりかと」


 ダンジョンで今いる階層がわからなくなってしまったとき、サポートしてくれるアイテムはありませんか? 私がそんな感じの質問をすると、店員さんは懐中時計のような形の魔道具を勧めてきた。


「――〝深度計〟でございます」


 その名のとおりダンジョンの深度がわかるという便利な道具らしい。

 金属のケースをずらすと、中には極小の透明な球体がびっしりと敷き詰められていた。どうやらダンジョン内で開くと、今いる階数がそこに表示されるみたいだ。より細かい説明を聞くと、なんでも失われた古代の技術(?)が使われている品物で、この店の一点物なんだそうな。


「おいくらで?」

「サービスさせていただきまして、このお値段でいかがでしょう」

「うわぁ……」


 さすがにちょっと値は張ったけど、これからやる作業を考えると必要なアイテムだ。先行投資は厭わず、私は即決で購入。

 そしてそのあとは雑貨屋なども回り、ランタンケースにペンキ、木材など含めてもろもろを買い入れた。


「うーん。ダンジョンから遠すぎてもダメだし、近すぎてもなぁ」


 大体必要な道具もそろったところで、私は次に地上の入口について考えを巡らせた。作業しやすいように、ある程度の広さはほしいところだ。

 そんでもって、人気のない場所となると……。


「あ、そうだ!」


 それらの条件で、ぱっと思い浮かんだのはギルド裏にある空き地だった。


「裏の荒れ地?」


 ギルドに〝Uターン〟して、さっそく情報を持っていそうなユイに訊いた。


「昔は冒険者用の宿泊施設があったらしいわよ。でも、寝ぼけた魔術師が魔力を暴発させてね。幸い死者は出なかったみたいだけど、建物は残骸と化して撤去。それ以来、更地になっているって話よ」

「んじゃ、今は誰も使ってないんだね!?」

「そうだけど……どうしてそんなことわざわざ訊くのよ?」

「え? いや、別に……ちょっと訊いてみただけ……」

「怪しいわね……」

「あっ!? 私、用事があったの思い出した! じゃあね、ユイ!!」


 本格的な尋問を受ける前に私は受付に背を向けて逃走。事なきを得た。


「ふぃ~、危ない危ない」


 そのまま建物を出て裏手に回ると、私は立地をあらためて確認した。

 うん、完璧だね。我が家が数軒は建つほどの面積で広さは十分だ。その上、周囲は建物の壁と雑木林に囲まれていて目立たない。ダンジョンから百フィーメルほどという距離も、モグラの爪であれば造作もないだろう。


「さて、おっぱじめますか……」


 キョロキョロと辺りに誰もいないことを確認したあとで、私はさっそく空き地の北西地点に狙いを定めて穴を掘った。

 地上の地層も、ダンジョンの土と変わらず掘れることはすでに検証済みだ。入口の部分は少し広めに作ることを心がけて、直下に掘るのではなく、階段状に一段一段掘り下げていく。

 やがて地下四フィーメルほどの深さに到達すると、そこからは地面と並行に、ダンジョンがある真北の方角へまっすぐに掘り進めていった。




 ――ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。

 ――ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。

 ――ボコ、ボコ、ボコ。


 ――ボッ、ドン!




「あれ、もう……?」


 弾かれるような感覚に驚いて、屈んでヘッドライトを足元の奥に向けると、そこには赤黒い壁があった。

 しかし、まだそれほど掘り進めた覚えはない。予想外に早い外層への到達に、私は首を傾げた。


「うーん。ま、いっか……」


 とりあえず今は作業を優先させよう。

 高さ二フィーメル×幅一フィーメルの侵入口を作るため、私は全力のモグラクローを二発、ダンジョンの外層に向かって打ち放った。


 ――ブオ”ォン、ブオ”ォン。


 例の異音とともに、外層がドア状に刳り貫かれると、私はさらにダンジョン内の土を一ブロック分取り除いた。

 そのままその空間に手を差し入れ、先ほど購入した深度計を開く。明滅する無数の点の光。やがてそれは数値となって、ここが地下の一階であることを示した。


「よし、この方法いける!」


 でも、さっきのことが少し気になったので、そこで私は一度地上の入口までの歩数を数えて引き返した。

 それが終わると、地上でもダンジョンまでの直線距離を歩数で数える。

 結果、地下の歩数は、地上の歩数の半分ほど。

 どうやらモグラの爪で外の地面を掘ると、距離が短縮されるみたいだ。難しい理屈はわからないけど、掘った内壁が時間を止めたようにカッチカチに固まってるのを考えると、爪は空間になんらかの影響を及ぼしてるのかも。

 ほら、時空間魔術っての? ま、よく知らないけど。

 でも距離が半分になるって効果は、これからはじめる商売には好都合だった。

 まず目指すはプレオープン。

 私は、黙々と作業を進めていった。

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