29.神の恩恵
「ここが冒険者ギルドです」
「はへー……」
さすがは王都。冒険者ギルドも大きい。到着して早々、そのレンガ造りの建物に圧倒される。年季の入った外観ながらも、敷地はアリスバレーの数倍はありそうだった。
「では、参りましょう」
混み合う入口を通って中へ。
扉の傍に立っていた警備の職員にラッセル団長が身分を明かして用件を伝えると、受付から一人の女性がやってきて私たちはギルドの奥へと案内された。
「どうぞ、中で会長がお待ちです」
扉の上のプレートには『会長室』とある。この先にいるのは王都の冒険者を束ねるギルドの長。さて、どんな人だろう。
ラッセル団長は部屋の外で待つというので、私だけが扉をノックして中に入った。
「あの、失礼します……」
縦に広い部屋の一番奥には執務机があり、書類が山のように積まれていた。少しして、山の向こう側から声が返ってくる。
「ああ、スマンな……。今ちょっと手が離せん。座って待っていてくれ」
渋味のある落ち着いた低い声。書類の山で顔は見えないけど、どうやらギルド会長は男の人のようだ。座れ、というのは部屋の真ん中にあるソファーに座れということだろう。私は部屋の扉を静かに閉めると、指示に従った。
「悪い、待たせたな」
十五ミニットほどは経っただろうか。ぼけーっと口を開けて待ってると、王都のギルド会長さんは執務机から重い腰を上げて私のほうにやってきた。
「あ、いえいえー」
「最近、
灰色のスーツに無精髭。見た感じ、30代後半から40代前半ってところっぽい。仕事の疲れからなのか、ひどくやつれた表情だけど、ちゃんとしてればかなりかっこいい人だと思う。
そのまま私の向かいのソファーに座ると、王都のギルド会長さんは自己紹介をはじめた。
「王都のギルド会長のベルズ・ベルファストだ。
「エミカ・キングモールです。えっと、アラクネ会長からこれ預かってきました」
「アラクネ? ああ、イドモの奴か……」
アリスバレーを出立する際、「王都のギルド会長に渡しといて」と言われ手紙を預かっていた。詳しくは訊いてないけど、どうやら二人は古い仲らしい。ちなみに「中身は見ちゃダメよ」とも言われたので手紙の内容も知らない。
「あ、あいつ……なんて厄介事をっ……!」
――ビリビリビリ。
ベルファストさんは手紙を読み終えた途端、なぜかその場で便箋を破り捨てた。そして、そのまま頭を抱えてしまう。
何が書いてあったんだろ……?
かなり気にはなった。だけど、この場は自分の都合を優先することにする。まずは一刻も早く誤解を解かなければならない。
「あ、あの、ベルファストさん……今回の件なんですが、間違いなんです! 私、ダンジョン攻略なんて大それたことしてません! なので最上位ランクの授与も辞退させてほしいんです!!」
「……お前さんのその主張は、イドモの手紙にも書いてあった。その主張が概ね正しいであろうという根拠もな」
「え? ほんとですか!?」
おお、アラクネ会長の援護! てか、めずらしく気が利いてる!!
ベルファストさんが破り捨てたから、きっとロクなことが書いてなかったんだろうなって思っちゃったけど、これはありがたい後押しだ。
「結論から言うぞ」
「はい!」
「おそらく、お前さんは本当にダンジョンを攻略してはいない。だが、お前さんはもう何をどうあがこうがダンジョン攻略者だ」
「はい……?」
「〝観測室〟の結果は曲げられない。たとえそれが不実だとしても、真実として扱われる」
「え、ええっと……ちょっと仰ってる意味がわからないんですが……?」
私はダンジョンを攻略してない。攻略者として名前が通知されたのは間違いだ。王都のギルド会長が納得する程度には、その根拠も提示されてる。なのに、その誤りが訂正されることはないという。
意味不明だ。
間違いが間違いとわかったんだから、それで終わりでしょ。もう帰っていいでしょ。なんでダメなの?
「五百年前に発見された神創遺物が、お前さんをダンジョン攻略者であると観測した」
「シンソウイブツ……?」
困惑する私に構わず、ベルファストさんは説明を続ける。
「あれは人類に資源を供給するダンジョンと同じく、あるいはそれ以上に絶対的で神聖的なものなのさ。その結果を否定することは、神に背く行為と同義だ」
「でも、間違いなんですよ!?」
「間違いであったとしても、お前さんはもう断れないんだ。というかお前さんの意思は関係ない。大人しく認定会議には何がなんでも出席してもらうことになる」
「そ、そんなぁー!」
「それで今後の予定だが――」
私の悲痛な叫びを軽く無視して、ベルファストさんは今後行なわれる認定会議なるものの説明に移った。簡単に言ってしまえば、その会議で
「なら、その会議で認められなければ……!」
「残念だがそうはならん。審査は形だけだ。元々結果の決まった出来レースだからな。もっと言っちまえば認定会議ってのは単なる茶番だ」
「えぇー! 結果が決まってるのになんでそんな無駄なことを!?」
「大人の社会ってのはそういうもんだ。無駄なことであっても形式は必要なのさ」
「……」
ベルファストさんに諭されるも納得はできなかった。大人ってよくわからない生き物だよ。
「ちょっといいですか? 私、他にも思うことが……」
「なんだ?」
「たかがと言っちゃうとあれですけど……、あくまで冒険者にランクを与えるかどうかの審査ですよね? わざわざそんな偉い人たちが集まってまで決める必要なんてあるのかなぁ、と……」
ランクなんて一度も上がったことがないからよくわかんないけど、基本冒険者のランクなんてギルド会長の裁量一つで決まるもののはず。
「お前さんは少し勘違いしているな。厳密に言えば、
「称号……?」
「大昔は戦争で武功を立てた英雄に授けられていたものだ。元々、冒険者ギルドが定めたランクとは別物さ」
「で、でも……ダンジョン攻略者とはいえ一冒険者ですよね? そこまですごい称号を与えるのはなんでなんです?」
「お前さん、本当に何も知らんのだな……」
新たな疑問をぶつけると呆れた目で見られてしまった。どうやら冒険者として非常識な質問だったっぽい。
でも、しかたないじゃん。憧れてはいたけど、十歳で夢を捨てた身だよ? 冒険者と言っても穴掘りの毎日だったし、しかもここ二ヵ月ぐらいは温泉の番台娘だったんだよ? てか、ほんと今さらだけど、私って冒険者なのかな……。
「ダンジョンが攻略されると何が起きるか、さすがにそれは知ってるよな?」
「……いいえ」
「……失われた英知が手に入る。詳しい場所は秘匿扱いだが、城にある〝観測室〟でその技術情報が開示されるんだ。今回のアリスバレー・ダンジョンで五回目になる。それまでの過去四回のダンジョン攻略でも、同じように恩恵として人類は高度な技術を手に入れてきたのさ」
――偉大なる神の力。
日常生活の必需品となっている光石・炎岩・氷水晶の製造方法にはじまり、鑑定スキルによる表示・数値化を可能とする〝世界の眼システム〟に至るまで。もはや、それらは現在の人類社会の基盤となっているものだった。
「し、知りませんでした……。普段使ってる日用品が、ダンジョン攻略の産物だったなんて……」
「これまでダンジョン攻略の成果として、人類には様々な恩恵が与えられてきた。その中でも最大で最高の恩恵は五百年前、王都の東に位置する〝青き竜のダンジョン〟が攻略された瞬間、全人類に齎されたと言われている」
それは、迷宮が初めて攻略された日のこと。
ノーマル・エルフ・ドワーフ・獣人族・小人族・人魚族・妖精族――それまで別々の言葉を話していた種族たちのあいだで、一瞬にして言語の統一化が起きた。
互いに他種族として憎み合っていたそれらコミュニティーが言葉を解したことで、異種間で悲惨な争いを繰り返していた醜い世界は徐々に変わりはじめた。それぞれの種族が対話の道を見い出し、安寧を模索しようとする動きが強まったのだ。
「結果としてやがて言葉の統一は世界に平和を齎し、『同じ言語を持つ者=人類』という定義をも生むことになった。これでわかっただろう。ダンジョン攻略者が英雄同等に特別視される理由が」
「………………」
ダンジョンを攻略するということは、すなわち世界の命運にすらも関わるということ。
――
なんて大それた称号か。
てか、重い。重すぎる。
「ふぇぇ……」
そんなの、ますますもらうわけにはいかなかった。
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