30.問題

「無理です、マジ無理!」

「お前さんが認定を受け、黒覇者レジェンドの称号を授与するのは決定事項だ。そして、それを円滑に進めるのが俺の仕事だ。諦めろ」

「う、うぅ~!」


 やばい、このままでは偽りの英雄として崇めたてまつられてしまう。後ろめたさで潰れそう。エミカは今とても胃が痛いよ、お母さん。


「だが、現状では問題がある」

「問題しかないですって!」

「そうだな。イドモの手紙に書いてあったことが事実ならば……」


 称号を受ける上で弊害があることを指摘すると、ベルファストさんはそこでギルドカードの提出を求めてきた。


「どうぞ……」

「少し預かるぞ」


 アリスバレーを出る際、必要になると言われたので家のタンスの奥から引っ張り出してきたカードを渡す。

 長らく使っていなかった私の冒険者として証を受け取ると、ベルファストさんはそれを魔術印が描きこまれた透明なガラス板の上に置いた。その状態でスキルを使い、ギルドカードに内包された情報を読み取りはじめる。


「やはりか……」


 短く呟くと、また頭を抱えてしまうベルファストさん。私の冒険者情報に不満があったのだろうけど、詳しいことはわからない。

 もやっとしたので事情を訊くと、ベルファストさんはランクに問題があるのだと答えた。


木級ウッドクラスって……お前さん、これはなんの冗談だ? とてもじゃないがダンジョン攻略者とは思えんぞ」

「だから間違いだってさっきから何度も言ってるじゃないですか!!」

「だとしてもだっ! いくらなんでも最低ランクはありえんだろ!?」

「えぇ!」


 まさかの逆ギレだった。困惑するしかない。いや、だからといってそもそもそれになんの問題があるのか。


「……てか、認定会議は出来レースなんですよね?」

「そうだ。さっき俺が述べたことに偽りはないぞ」

「なら別に、私のランクがどうとか関係なくないですか?」

「お前なぁ……茶番とはいえ、王国から与えられる称号だぞ? ある程度の信憑性ってもんは必要だ。いくらなんでも最低ランクから受章者が出るというのは不自然すぎるだろうが」


 ええ、そりゃ不自然でしょうね。実際、私ダンジョン攻略者じゃないし。


「〝観測室〟の情報は事実でなければならない。嘘であってはならない。よって、不実であるという疑いが少しでもあるならアウトだ」

「私はそれでも別にいいと言いますか、むしろそれでお願いしたいんですが……」

「お前さん一人がよくても、それ以外の関係者全員が認めんのが問題だ」

「いやいやいや……でも、それってやっぱおかしいですよ。どっちにしろ称号の授与が断れないなら、それなら疑惑を持たれようが持たれまいが同じことですよね?」

「同じではない。このままでは結論が出ず、結果として議論は平行線を辿るだろう」

「平行線? それって具体的にはどうなるんですか?」

「俺たちは延々と無意味な会議を続けることになる。お偉いさん方はお前さんを黒覇者レジェンドに認定しなければならない。だが、お前さんのランクは最低ランク。なんの功績もなく、洗いたてのシーツのようにまっさらだ。受章者としてはふさわしくない。むしろ不正が疑われるだろう」

「……」

「わかるだろ? 今のままでは落としどころがないんだ。認定会議がはじまれば意味もなく、毎日毎日俺たちは終わらぬ不毛な議論を繰り返すハメになるだろう。そしてこのままでは俺の仕事は一生片付かず、お前さんも一生帰れず王都に足止め。予想されるのはそんな未来だ」

「んじゃ、一体どうすれば……?」

「認定会議までまだ半月以上ある。なんでもいい。ギルドここの依頼を受けて少しでもランクを上げろ」

「それって、どのぐらいまで上げればいいんですか?」

「最低でも白銀級プラチナクラスまでは上げてこい」

「上から二番目!? そんなの無理に決まってるじゃないですか!!」


 なんの冗談だろう。見てわかりません? 私、ミニゴブリンも倒せない、かよわい乙女だよ?


「とにかくだ。とりあえず依頼を見てこい。そんでもってこなせそうな案件があれば言え。会長権限で優先的に受けさせてやる」

「……」


 立場上断れず、とりあえず大人しく指示に従うしかなかった。

 扉の傍で待機していたラッセル団長を引き連れ、私はギルドの掲示板へ向かう。王都冒険者ギルドの掲示板は壁一面に連なるように多くの依頼が貼り出されていた。


「うーん……」


 ふと、そこで辺りの様子を見てアリスバレーとの違いに気づく。まず私のような子供の冒険者が見当たらなかった。そのせいか、さっきから同業者からジロジロと見られてる気がする。もしかして王都では子供は働かないのが普通なのかな? 大きな学校もあるって聞くし。

 それと、これは雰囲気的なことだけど、なんというかみんなサバサバしてるね。あんまり冒険者同士わきあいあいと話してる感じじゃないし、みんな事務的な口調だ。アリスバレーのアットホームな感じとはかなり違う。

 でも、これに限ってはアリスバレーのが特殊なのかな? なんかギルドの裏に温泉とかあるし。それができた元凶はお前だろ、とか突っこまれたら何も言い返せないけど……。

 とりあえず、その場でざっくりと依頼内容に目を通してみる。やっぱダンジョン関連が圧倒的だ。特に素材の入手に関する依頼が多いみたい。きっと王都の東西南北にダンジョンが四つも乱立してるからだね。

 ま、どっちにしろ私がこなせるような仕事があるとは思えない。全部スルーだ。


「ん?」


 ダンジョン関連の案件を無視してると、そこでもう一つ特徴に気づく。けっこうな件数、普通の〝運び〟の依頼がある。しかも妙なことに、すべて王都内から王都内への運送依頼だ。


「物を運ぶだけの仕事を、わざわざ冒険者に……?」


 近隣の街や村へってわけでもないから危険なんてない。もしかしてそれだけ運ぶ品が高価な物だったりするのかな?


「あ、すみません。ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう」


 頭に連続で疑問符が浮かんだので、通りがかった受付のお姉さんに訊いたら教えてくれた。

 なんでも王都では交通事情がひどいらしい。あっちこっちで馬車が渋滞を引き起こしてるため、商店や食堂などに荷物や食材が時間通りに届かず、よくトラブルになるそうだ。


「道が混雑していますと、普通の運送方法では急ぎの荷物を届けることができません。しかし冒険者ならば、魔術で荷を軽くしたり、力を補助するアイテムで重い荷物も手で運ぶことが可能ですからね。王都ではこういった通常の運送依頼も多いんですよ」


 なんというか依頼というよりは雑用じゃんと思ったけど、その説明には納得だった。先ほど馬車から見た王都の景観を思い出す。たしかに歴史ある街並みの雰囲気を壊すほどに路面は混雑していた。

 あ、そういえばラッセル団長もお城を出る時、馬車よりも徒歩のほうが早いとか言ってたもんね。


「王都の交通事情ですか? それは一言に、最悪としか言いようがありませんな」


 やはり王都に住む人たちにとっては、けっこうな問題になってるらしい。汚い話だけど、馬車が多すぎるせいで道には馬糞が溢れ、清掃も追いついてないんだそうだ。そんでもって最近では悪臭と衛生面も問題視されつつあるみたい。

 一つの問題が連鎖的に別の問題を生む。完全に悪循環だ。


「あの魔力列車が完成してからというもの道幅が減り、目に見えて渋滞が増えたように感じます。なんでも運輸局の役人が無理に導入を推し進めたらしく、まったく困ったものです」


 なるほど。いくら新しい技術だろうと、無計画に運用すると逆効果になるんだね。


「交通問題か。よし、それなら……」


 ――ピコーン。

 なんか、ちょっと閃いちゃったかも。

 正式な依頼にはないけど、

 すぐに会長室に戻ると、ベルファストさんは執務机で仕事をしてた。

 話しかけるなオーラを感じる。めちゃくちゃ忙しそうだ。でも、私が傍に近づくと、書類に目を落としながら「受けられそうな仕事はあったか?」と無視せずに訊いてくれた。


「とてもじゃないけど、ダンジョン関係の依頼は無理です。普通に死ねますし、間違いなく死ねます」

「そうか……」


 私が小さく首を横に振ると、ベルファストさんは急に暗い表情になった。その目の下にはクマができてる。かなりお疲れのようだ。色々と問題が多いって、さっき言ってたもんね。

 多少なりに迷惑をかけてる自覚はあったので、私は認定会議を乗り切る方法についてこちらから話を広げることにする。


「ランクを上げる以外でも、審査をパスする方法ってありますか?」

「そうだな……ランクはあくまで基準の一つだ。たとえば、お前さんがものすごい発見や発明をしたというなら、その功績とともに称号の授与が認められる可能性はある。何もアピールポイントがないよりはずっとマシだろう」

「発見や発明による功績って、ようは人の役に立つことであればいいわけですよね?」

「何か当てがあるのか?」

「うーん……当てがあるかどうかは、まだなんとも。でも、少し時間がほしいです」

「どのぐらいだ?」

「とりあえず、明日一日ください」

「……わかった」


 そのままベルファストさんにお別れの挨拶をして会長室を出た。

 ついでに帰り際、受付で基本能力値とスキルを調べてもらう。興味深い結果に満足しつつ、私はラッセル団長に次の目的地へ追加の案内を頼んだ。

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