31.キュイ~ン、キュイ~ン!
アリスバレーを出発する際、アラクネ会長からけっこうなお金を受け取っていた。
『これ餞別よ』
『いいんですか?』
『いいも何も、向こうで色々と入り用になったら困るでしょ?』
『でも、こんなにいいんですか?』
『うふふ、気にしないで使って頂戴。ちゃんと借金には足しておいたから』
『……』
それは餞別とは言えないのでは? ただ普通に貸しつけてるだけなのでは?
『あ、ありがとうございます!』
ちょこっとだけ反抗心がわいたけど、すぐに自分の立場ってものを自覚し直した。しっかりお礼を言ったあとで、私はマネン紙幣が詰まった布袋を拝借。おかげで手持ちにはかなり余裕がある状況だ。なので私はラッセル団長の案内の下、ギルドの次に王都の魔道具屋を目指した。
モグラ屋さんのときと同じく、何かをはじめるに当たって一番大事なのは準備。まずは必要なアイテムをそろえる。それが最初の第一歩だ。
「自分はここで待機しております。ごゆるりとお買い物をお楽しみ下さい」
やがて目的地に到着。私は入口でラッセル団長と別れて店内へ向かう。
王都の魔道具屋さんはアリスバレーの店舗よりも大きく、高級感ただよう造りだった。棚に並ぶ商品もそのすべてが綺麗に陳列されていて、まるで美術品を扱ってるみたい。
「あの、すみません」
ただ、やはり魔道具の知識はちんぷんかんぷんの私である。すぐに売り場にいた女性の店員さんに声をかけた。
「えっと、なんというか『魔法の地図』みたいな商品ってありませんか? 早い話、自分の現在地が常にわかるアイテムがほしいんですが」
「それでしたらお客様、大変ユニークな商品がございますよ」
店員さんは満面の笑みを浮かべると、少し離れた棚から何やら黒光りする四角い商品を持ってきた。ぱっと見、おしゃれなヘッドライトかと思ったけど、よく見ると目を覆うゴーグルみたい。ちょうど右目と左目のところから二つ、小さな筒状の突起が飛び出してる作りだ。
「これはですね、ここを押しますと――」
店員さんが何やらスイッチをいじって操作すると、丸い突起部分が音を立てて回転をはじめる。
――キュイ~ン、キュイ~ン!
伸びたり、縮んだり。
――キュイ~ン、キュイ~ン!
伸縮を繰り返す。
「うわぁ、何これー!? かっこいいーー!!」
この重厚かつ、スマートな感じ! ヤバい、一目惚れだ!!
「お気に召していただけて何よりでございます。お客様、こちらは
「地図スコープ!?」
「はい。効果のほどは装着していただいたほうがご理解が早いかと思います」
「つけていいの!?」
「もちろんでございます。では、少々失礼いたします」
店員さんに地図スコープを頭につけてもらう。ゴーグル部分を額に固定する感じで、使用時はスライドして本体を目の部分に下ろせばいいみたい。
スコープが両目の位置にくると、店内の景色は薄い緑色へ変わる。すると視界に重なるようにして、この近隣の区画らしき見取り図がぱっと浮かび上がってきた。
「おおっ!」
図の中心に赤い点が見えるけど、どうやらこれが私の現在地っぽい。
「こちらのスイッチで縮図を拡大することも可能です」
店員さんが耳元の辺りのボタンをカチカチすると、現在地を示す赤い点は小さくなり、反対に地図が示す範囲は大きくなっていった。
そして最後には壁に囲まれた王都――その全貌が写し出される。
「地図は最新の物で、王都のすべてを網羅しております」
店員さんの話では、
「さらに本体の眉間部分にはライト機能も備わっておりまして、非常時の照明としても使えます」
「ヘッドライトにもなるんだ!」
こんなかっこよくて、性能もすごくて、しかも、多機能つき。
間違いない、これはいい物だ!
「でも、高そう……」
「現在はこのお値段で販売しております」
「うわぁ……」
恐る恐る店員さんに値段を聞いてみると、やっぱかなりの高額商品だった。
だけど、金額的に手が届かないわけじゃない。それだけアラクネ会長からは餞別をもらっている。てか、そもそも二億の借金が今さら少し増えようが、大して変わらないのではないか。
「ぐぬぅ……」
しばし私の中で『欲求』と『自制』が鎬を削る。
やがて最終的に出た答えは、「買わずに後悔するよりは買って後悔するほうがいい!」だった。
「買いますっ!!」
「ありがとうございます」
お金を払い、店員さんに詳しい使い方を教えてもらう。そして商品の梱包を断って、そのまま装備して帰ることにした。かっこいいからね。
「いやー、実にいい買い物をした!」
「お客様。もしよろしければもう一点、ぜひお勧めしたい品物があるのですが」
満足して出口に向かう途中、店員さんに呼び止められた。今日はこれ以上、特段急ぎの用事もない。時間も取らせないというので話だけでも聞くことにする。
「こちらでございます」
しばらくして店員さんが店の奥から持ってきたのは、なんだかブヨブヨとした不思議な素材でできた靴だった。
全体が大きくて、平べったい。そして、つま先からは五本の爪らしきものが飛び出してる。
「なんですか、これ?」
「
「……」
モンスター名に不穏な響きがあったので、なんだか不気味だったけど、勧められるまま履いてみるとその弾力ではずんで歩きやすかった。
てか、めちゃくちゃ身体が軽くなった気分。これなら長時間歩いても疲れないね。
「いかがですか? いざという時には武器にもなりますし、何よりもお客様の装備によくお似合いになるかと思いまして」
モグラの爪のことを言ってるんだろうけど、やっぱ魔道具屋の店員さんでもアイテムに見えるらしい。
ま、モンスターに寄生されてるなんて普通思わないから当たり前なんだろうけど。
「この靴、いくらですか?」
「そうですね。サービスでいくらか値引きさせていただきまして、このお値段でいかがでしょう?」
提示された額は、地図スコープに比べれば格安だった。
もはや金銭感覚が麻痺してるような気もしたけど、せっかく店員さんが勧めてくれたのでモグラモドキブーツもささっと購入を決める。地図スコープと同じく装備した状態で、そのまま私は店を出た。
「またのご来店をお待ちしております――」
そのあと、あえて大通りを選んで歩き、王都の交通事情の悪さを改めて確認した上で、私はラッセル団長と一緒にハインケル城へ戻った。
貴賓室に入ると、王都見学に出ていた妹二人もすでに帰ってきてた。
「えへへ。どうかなー、これ」
「うわぁー、おねーちゃんかっこいいー!!」
黒光りする地図スコープを見せると、ぱーっと目を輝かせながら猛然とリリが私の傍まで駆け寄ってきた。
「その歳でこの良さがわかるとは、さすがは私の妹だね! ほらほら、ここのスイッチをいじると目のところが伸びたり縮んだりするよ!」
「わあぁー! キュイ~ンキュイ~ンって、キュイ~ンキュイ~ンって!! わあああぁー!!」
「フッフッフ!」
リリには大ウケだった。
しかし、その光景を冷ややかに見る者、一人。
「エミ姉がまた無駄づかいしてる……」
シホルは呆れた目で私を見ながら、一番突っこんでほしくないところに突っこんできた。
「もー! いくらしたの、それ?」
「え? あ、いや……そ、そこまで高い物じゃないよ……」
二億の借金に比べれば、微々たるもんだよ。嘘じゃないよ。
「本当に?」
「……」
リリには好評でも、結局シホルには嫌な顔をされてしまった。
でも、必要な物だもん。無駄遣いじゃないもん……。
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