58.友人として

「先ほどは、すまなかった……」


 私が部屋に入ると同時、コロナさんは深々と頭を下げた。

 純白のマントに、白銀の鎧。全身黒ずくめの格好から、すでに元の白を基調とした装備に戻っている。

 よかった。いつものコロナさんだ。その姿を見て、私は胸を撫で下ろした。


「コロナさん、別に謝る必要なん――」

「言い訳は一切するつもりはない。責任を取り、今ここで腹を括る所存だ」

「えっ……」

「姉上っ、〝介錯〟をお願いします」

「わかりました。望みどおり一撃で楽にしてあげましょう」


 背後のティシャさんが意気揚々、手をチョップの形にして素振りをはじめる。

 ――シュピンッ、シュピンッ、シュピンッ。

 ヤバい、腕が分裂して見える。恐ろしく速い手刀だった。


「最後に言い残すことは?」

「ただ無念……その一言に尽きます」

「……」


 いやいやいやいや、怖い怖い怖い! いきなり何をおっぱじめてんですか、この姉妹は!?


「ちょ、ストップ! ストッープ!!」

「なんでしょう、エミカ様」

「いや、なんでしょう、じゃないですよ! なんですかカイシャクって!? よくわかんないですけど早まっちゃダメです!!」

「前時代的なこのような方法での謝罪は、お好みではありませんでしたか」

「ありませんよ! あるわけないでしょ! 私はただコロナさんと話しをしにきただけで、別に謝ってもらいたいわけでもないですから!!」

「おや、それはそれは。実の妹をこの手にかけるのは気が進みませんでしたので、それならばこちらも非常に助かります。では、エミカ様はこの愚妹と心ゆくまでお話し下さい。私はこれより浴場に向かい、シホル様とリリ様のお世話をして参ります」


 そのまま丁寧にお辞儀をしたあとで、ティシャさんは女中部屋から出ていった。

 てか、気が進まなかったってほんと……? 嬉々とした様子で、シュピンシュピン素振りしてたように見えたけど。

 今まで私の中の『絶対に怒らしちゃいけない人ランキング』の堂々の一位がアラクネ会長で、二位がユイだったんだけど、なんかそのあいだに見事割って入りそうな勢いだ――って、今はそんなことよりも……。


「えっと」

「……」


 背後では依然、コロナさんが私に向かって頭を下げ続けていた。


「あの、コロナさん……私、別に怒ってないですよ? だから、もう顔を上げてください。それと、腹を括るとか物騒なのも絶対なしです」

「しかし、私はとんでもない失態を……」

「ティシャさんからのことは伺いました。コロナさんにはコロナさんの立場があったんだなってのはわかってますから」

「エミカ・キングモール……」


 ようやく下げていた頭を上げると、コロナさんは恐る恐るといった感じで訊いてきた。


「……ミハエル王子を救ったのは、君か?」

「げっ、なんでそれを!?」


 女王様、口止めしてって頼んだのに……。


「その反応はやはりそうか。タイミング的に、君で間違いないと踏んではいたが」

「あっ……」


 どうやら確証はなかったみたい。ドジった。


「結局、私がやろうとしたことは何もかも間違っていたわけだ……。今回の誘拐事件どころか、継承問題すらも君が解決してしまったのだからな。私は、その妨害をしたに過ぎない……。陛下の利益を追求した挙句、事実それとまったく正反対の行いをしていた。自分の愚かさに、今回ばかりは面目次第もない」

「コロナさん……」


 どうしよう。だいぶ落ちこんでる。こういうとき、なんて声をかけるのが正解なんだろう。気にしないで下さい? それとも、元気出して下さい? んー、なんか違う気がする……。

 そもそも年上の人を励ます言葉なんて私は持ち合わせてない。そんな人生経験豊富じゃないし、偉そうに説教できる立場ですらないもん。それに、コロナさんのことだってすべてを知ってるわけじゃない。むしろ悲しいことに、間違いなく知らないことのほうが圧倒的に多い。アリスバレーで私を助けてくれた彼女はキラキラ輝いてて、ものすごく正義感の強い、かっこいい大人の女性に見えた。きっと、なんでもできる人なんだとも。

 でも、コロナさんにはコロナさんの悩みがあって、常に壁にぶつかって苦しんでるのかもしれない。

 少なくとも今、目の前にいる彼女はそう見える。それは、まるで――


「あっ」


 ふと、そこで苦悩するコロナさんの姿が、少し前の私自身と重なった。

 そうか。

 完璧な人間なんて存在しない。そんな当たり前のことに、私はそこでようやく気づいた。


「一人よりも二人ですよ!」


 コロナさんの手を取り、迷惑を覚悟で本能のまま思いついたことを口にする。


「そんでもって、二人よりも三人です!」

「あ、ああっ……?」


 きれいな瞳をぱちくりさせて戸惑うコロナさんに構わず、私はさらに続けた。


「ここでコロナさんを励ましたり、怒ったり、諭したりなんて私にはできません。でも、もし今度大変なことがあったら、そのときは私を頼って下さい! もしかしたら一緒に悩むだけになっちゃうかもしれませんけど……でも、それでも私! 何がなんでもコロナさんの力になりますからっ!!」


 一気に大声で叫ぶように言って、ぜえはあと息を吐く。

 高鳴る心臓の音。なんか頭の奥が、ジーンと熱くなってる。


「……それは、君の慈悲か?」

「違います。そんな大層なものじゃないです。コロナさんは私の恩人だから、私もコロナさんが大変なときはその助けをしたい。ただ、それだけです」

「……」


 そこからはお互い無言のまま、しばらく時間だけが過ぎていった。

 長い長い空白。だけど、やがて静寂を破るように、ふっと息を吐くと、コロナさんは私の爪を握り返した。


「わかった。約束しよう」


 まっすぐ私を見据えるコロナさんは、とても澄んだ瞳をしていた。


「次に困難に直面したとき、私は迷わず君を頼ろう。だが、反対に君が窮地に陥ったときは君が私を頼ってくれ。この王国の外側にいたとしても必ず駆けつける。こんな不甲斐ない恩人では、心許ないかもしれないが……」

「それをいうなら私だって同じです。不甲斐ない者同士、これからはがんばって助け合っていきましょ!」


 許すとか、許さないとかじゃない。

 怨むとか、怨まないとかじゃない。

 何かにつまずいたり、ぶつかったりしたなら、お互い手を差し伸べ合えばそれでいい。

 恩人である前に、憧れである前に、目標である前に、彼女はもう私の大事な友人だった。


「もっと話がしたいです」

「ああ。しかし、何について語ろう」

「それなら、お互いの子供時代の話はどうですか? 私、コロナさんがまだ小さかった頃のこととか、もっともっとたくさん知りたいです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る