59.天使とお別れ
コロナさんと話してたら、いつの間にか夜も深まっていた。
「あ、もうこんな時間ですね」
「随分と話しこんでしまったな。続きはまたの機会としよう」
コロナさんはティシャさんの帰りをここで待つそうだ。名残惜しかったけど、私は別れの挨拶をして女中部屋を出た。
でも、コロナさんの子供の頃の夢がお菓子屋さんだったとか、小さい頃はいつもパメラと冒険者ごっこをして仲良く遊んでたとか、いろいろ意外な話も聞けて楽しかった。とても満足だ。私は明るい気持ちでお城の通路を進んだ。
「ん? あれ、ここって……」
その途中、噴水のある中庭らしき場所に出た。
ティシャさんが案内してくれたときはこんなところ通らなかったので、たぶん道を間違えたっぽいね。でも都合がよかったので、私は外灯に照らされた噴水の傍までブヨンブヨンと駆けた。
「サリエル、いるよね? ちょっと出てきてくれない?」
「はーい♪」
「ぶわっ!?」
辺りに誰もいないのを再度確認して呼びかけると、突然目の前にのほほん天使の顔が。
驚いて飛び退いた拍子に噴水に落ちそうになったけど、私はなんとか全身の筋力を総動員して踏み止まった。
「あ、危なっ!」
マジでギリギリ。もう少しで全身濡れモグラになるとこだった。
「エミカー、それなんの遊び? あたしもやりたーい!」
「ぐぬっ……」
まったく、このいたずら天使め。
だけど、ここでまともに怒ったりしたらサリエルのペースになってしまう。私はとりあえず、ふうっと息を吐きつつ平静を取り戻した。
「あのさ、まずは今日のお礼を言わせて。サリエルがいなかったら大変なことになってたと思うから。力を貸してくれて、ほんとにありがとう」
「あはー、どういたしましてー♪」
事態の大きさを理解してるのかしてないのか、天使は朗らかに笑う。ま、たぶんしてないんだろうなぁ……。
「いや、私ほんとに感謝してるからね。たぶん人生で一番目か二番目ぐらいに」
「うんー」
「んで、呼び出した私としてはサリエルを送り返す責任もあるからさ、夜だけどこれからダンジョンに帰らない?」
地下牢から掘った穴はまだあのままだ。今なら人目も少ないだろうし、城を抜け出すにはチャンスのはず。
「そーだねー。あたしもそろそろ天獄に帰らないと、またお父さんたちに怒られちゃう」
「よし、決まりで」
意見が一致したので、さっそく地下牢へ向かうことにする。
「あ、でも、よく考えたら行き方が……」
方向はなんとなくわかるけど、かなり入り組んでたっけ。
「どうしたのー?」
「ちょっと待った。地下牢までの道順を今思い出してるから……」
「それなら飛んでったほうが速いよー♪」
「ふぇ……?」
腕を組んで記憶を掘り起こしてると、突然背後からサリエルにがっちりと抱きつかれた。直後、浮遊感とともに地面の感触が消える。
「うわ、うわわっ!」
足元を見ると、すでに中庭の地面が遠くにあった。
――何これっ!?
「ひええぇぇっ! 高い高い高い~~!!」
「あははー♥」
スイーッと上昇して、気づけばお城よりも高い場所にきてた。てか、マジで宙に浮いてる。私、完全に空飛んじゃってる。
「ひぎゃあぁぁー、落ちたら死んじゃうヤツうぅぅっ! 下ろしてえぇーー!!」
「ほら見て見てエミカ、きれいだよー♪」
「あ、ふぇ……?」
直立してたサリエルが私を抱きかかえたまま、水平に体の向きを変える。すると眼下には夜の景色が広がった。
「わぁー」
点々と続く街灯や、温かい家々の明かり。規則正しく伸びる地上の本道は、四方八方に光の道筋となって、王都という街全体を浮き上がらせている。
眺めていると吸いこまれそうで、私はこんなきれいな夜景を見たのは生まれて初めてだった。
「ううっ、でもやっぱ恐いいぃっーー!!」
「エミカエミカ~、どの煙突がいいー?」
「あ、ええっと……北だから、お城の後ろのほうに向かってくれれば――って、このまま飛んでくの決定!?」
薄っすらとだけど、地上部分の塔は黒い影として見えた。東西南北に四つ、はっきりと確認できる。
「んじゃ、飛ばすねー♪」
「へ? ひっ――ぎゃあ”あ”あ”あああああああぁぁぁーーー!?」
――ビュウウウウウウゥゥゥーーンッッ!!
マジで、あっという間に到着。でも、風圧で顔の皮がめくれるかと思った。
「あびゃ、あびゃびゃびゃ」
「エミカー、大丈夫~?」
ダンジョン付近の地面に下ろされたあとも、膝はガクガクと震え続けた。てか、こんなに地面を恋しく思ったことはない。
「この大地を愛してる……」
モグラ万歳。
もう身も心も完全に土属性だった。
「意味わかんないこと言ってないで、行こー♪」
「あ、ちょっ、まだ腰抜けてるから!」
無理やりサリエルに引っ張られて黒き竜のダンジョンに向かう。周囲に冒険者の姿がないか確認したけど、人気のない出入り口らしく問題はなさそうだった。
「サリエル、今日はほんとありがとう。私には天獄って場所がどんなとこかわかんないけど、あっちに戻っても元気でね」
ダンジョン内に入ると、私は最後にもう一度感謝の言葉を口にした。コロナさんたちとはまた会えるけど、おそらく彼女とはこれで今生の別れだ。もう二度と会うことはないだろう。それを考えると、少し物悲しい気持ちにもなる。
でも、私の哀愁に満ちた顔で察したのか、サリエルはあっけらかんとした様子であっさりと言った。
「またいつ呼んでもらってもいいよー」
「え? でも、天使の羽根……あれ使っちゃったら消えちゃったよ?」
「あ~、消耗品だからねー」
そこで自らの翼に手を伸ばすと、サリエルは乱暴に羽根を毟った。
――ブチ、ブチブチブチブチ。
――ピュ~~!
「はい、あげるー♪」
「……」
一気に抜き取られた十本ほどの羽根。前回もらったときよりも激しく、サリエルの翼からはまた透明な血らしきものがすごい勢いで出てた。まさに出血大サービス。
「あ、ありがと……」
なんかいらないって断れる雰囲気じゃなかったので、とりあえずもらっておく。それに今後、今日みたいなことが絶対に起こらないとは限らないし、リリの父親が天使って話も気になる謎としてまだ残ってた。
「またね、エミカー!」
「寄り道しないでちゃんと帰るんだよ」
「うんー♪」
――スッ。
「さて、私も帰るかな……」
サリエルの姿が消えたのを見届けたあとで、私は地下牢に続く通路を埋め戻しながらハインケル城に戻った。
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