60.新たな家族

 それから数日間、ベルファストさんの事後処理に協力したり、アンナさんの地下交通網の最終調整を手伝ったりなんかして過ごしたあと、私たちはついにアリスバレーに帰ることになった。


「こうしてミハエルと一緒にいられるのも、すべてあなたのおかげです」

「エミカさん、いつでもおしろにあそびにきてくださいね!」


 女王様と王子様とは城内で別れの挨拶を済ました。そのまま身支度を整え、シホルとリリを連れて貴賓室を出る。行きと同じく、帰りもラッセル団長率いる王立騎士団が随伴してくれるそうだ。城門前にはたくさんの馬車が止まってた。


「皆様、どうかお達者で」

「三人とも息災でな」

「……」


 馬車に乗りこむ時間になると、ティシャさんとコロナさん、それとなんか見知らぬかわいい女の子が見送りにきてくれた。ティシャさんと同じメイド服姿なので、たぶんお城の女中さんだろう。

 ん? あれ? でもこの子、なんか見覚えがあるような……?


「あ、パメラ!?」

「……」


 服装もあるけど、死んだ魚のような光のない目をしてたのですぐに気づけなかった。生気の抜けた顔で、彼女は人形のように固まってる。

 一体どうしたんだろ? 冒険者辞めてメイドさんに転職するつもりとか? いや、そんなわけないよね。


「そろそろ出発しますので、馬車にお乗り下さーい」

「あ、はーい!」


 御者さんに促されて私たち三姉妹が乗車すると、なぜかそのあとパメラも乗りこんできた。


「ん、どうしたの?」


 もしかして王都の外壁まで見送りについてきてくれるのかな? 一瞬そう思ったけど、パメラの発言がすぐにそれを否定した。


「コレカラ、皆様ノ護衛役ヲ務メサセテイタダク、パメラデス。ドウカ、オ見知リ置キヲ」

「えっ!? 女王様の言ってた護衛ってパメラだったの!? 私、てっきり騎士団の人たちが派遣されるのかと……」


 てか、なんで片言? しかも初対面仕様の挨拶になってるし。


「エミカ様、もし愚妹に粗相があればお知らせ下さい。即刻、私が再教育しに参りますので」

「いや、再教育って……」

「………………(ガグガグブルブル)」


 ティシャさんの恫喝に身体を震わせて着席するパメラ。恐怖からか、顔面蒼白になってる。

 どうやらコロナさんとの件で散々お灸を据えられたあとらしい。この数日連絡を取ろうにも所在がつかめなかった理由が今判明した。


「色々と迷惑をかけると思うが、その妹をよろしく頼む」

「あ、はい!」


 コロナさんにもお願いされちゃったけど、我が家に四人も住めるかな? うーん。ま、それは帰ってから考えればいいよね。


「それじゃ、お世話になりました」

「ティシャさんもコロナさんも、お元気で」

「ばいばいー!」


 それぞれ姉妹で別れを言った直後、馬車は出発した。これからアリスバレーまで、およそ三日間ほど。長い旅路の予定だ。


「――ぷはぁっ」


 依然、石像のように固まったままのパメラだったけど、南西の門を抜けて荒野に出たところでようやくだった。四肢を投げ出すと、彼女は呪縛から解放されたようにだらりと姿勢を崩した。


「クソ! マジで洒落になってねぇー!!」

「おおっ、復活した!?」

「動いたね」

「うごいたー!」


 ずっと片言のままだったらどうしようかと思ったけど、どうやらさっきのは演技だったみたい。元の感じに戻ったパメラに私は安心して声をかけた。


「まさかパメラが護衛役に選ばれるなんて、びっくりだよ」

「オレだってさっき命じられて驚いたばっかだっての……」

「あ、そうだ。二人とも知ってると思うけど、パメラだよ。ティシャさんとコロナさんの妹。えっと、これから私たちの家でメイドさんとして働いてもらうことになったから、仲良くしてあげてね」

「は? メイドさんって、お前なー!」


 パメラが眉根を寄せて私に抗議の視線を向けてくる。それでも、リリの前で正直にすべてを明かすわけにはまだいかないので、ここは我慢してもらうしかない。それにメイド服もすごい似合ってるしね。


「よろしくお願いします、パメラさん」

「わぁー、よろしく~!」

「あ、ああ……よろしくな」


 シホルとリリが順番に挨拶すると、パメラも言葉を返した。なんか初々しい。


「いやー、王都にきてから色々とあったけど、まさか最後に家族が増えるとは思わなかったよ」


 ま、今さら妹が一人増えたぐらいどってことないけどね。私のお姉ちゃんとしての包容力は底なし沼のように深いのだ。


「うぷぷ。パメラ、私のこと『エミカお姉ちゃん』とか『エミカお姉さん』って呼んでもいいからね♪」

「は……?」

「あ、そういえばパメラって歳いくつ? シホルとどっちが上かな?」


 別に妹がどれだけ増えても構わないけど、次女のポストが変わってくるのはけっこう重要な問題だ。今のうち確認しておこう。

 私はパメラの返答を待った。


「お前、まだ勘違いしてやがったんだな……」

「ん、勘違い?」

「オレは、もう先々月に〝成人〟迎えてんだよ……」


 ふぇ、成人?


「……せ、成人って――じゅ、十六っ!? パメラって私の二個上だったの!? そんなちっちゃいのに!?」

「ちっちゃくて悪かったな! そうだよ、こんな見た目だがお前より年上だよっ! てか、知ったからにはお前のほうこそ『パメラお姉様』って呼びやがれぇー!!」

「ええええぇー!?」


 天国のお母さん、大変です。

 本日、私のお姉ちゃんとしての立場が危うくなりました。

 果たしてこれからどうなっていくのやら。

 エミカは心配です……。











 王都編(了)

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