53.アナザー・シスターズ
「………………」
なるほど。
これはたしかに、死んでるね。
穴の側壁を見ると、全身余すところなく杭が突き刺さった怪物は、口にも筆にも尽くせないほど無残な姿になり変わってた。
「これを、私が……?」
夢中だったせいか衝撃は遅れてやってきた。もしかしたら自分は、とんでもなく残酷な人間なのかもしれない。暗い気持ちがこみ上げてきて、思わずその場に立ち尽くす。
「エミカー、大丈夫~?」
「……はっ、そうだ! リリは!?」
サリエルにまた呼びかけられて正気に戻った私は、彼女が抱えてる妹に顔を近づけた。
最初見た時はぐったりとした様子だったけど、今はスースーと安らかな寝息だ。よかった、素人判断だけども異常はなさそう。
ほっと一安心。でも、そこで天使は衝撃的な事実を告げてきた。
「あのドラゴンね、リリに呪いをかけてたみたい」
「え、呪い!?」
「うん、だからね~」
「た、たたた大変だ! 急いで王都に戻らないと!!」
解呪するにしても専門家の力が必要だ。至急パメラとも合流しないと。
「サリエル、今すぐ私とリリを一階に転――」
「解いておいたよー♪」
へ?
「と、解いたって……呪いを?」
「うん。かなり強い
「お、おぉ……」
なんかさらっと言ってくれちゃってるけど、この天使、マジで天使だった。
「サ、サリエル! ありがとー!!」
「それよりもエミカー、その胸の
あ? べろんべろん? 何、その不吉な響き……?
言われて自分の胸元に視線を落とすと、なんか赤くブヨブヨしたグロい物がだらりと垂れ下がってた。
「な、なんじゃこりゃああぁー!?」
絶叫したあと爪が粘液まみれになるのも構わず、私はそれを急いで引き抜いた。
――ズルズルズルズルズル!
何これ、めっちゃ長い!? そのグロテスクな物は完全に私の胸を貫いてた。
「いやああああぁぁっー!」
「それ、あのドラゴンの舌だよー♪」
涙目になりながらブヨブヨを投げ捨てた私に、あくまで牧歌的な姿勢を崩さないサリエルが教えてくれた。
あ、そうか。二射目のモグラシュートのとき、やっぱあいつの攻撃は――いやいや! 今はそんなことより手当てが先だよ!!
焦燥の中、傷の具合を確認する。
「……あれ?」
だけど、傷口はなかった。
どれだけ確認しても、ドレスの谷間のところ(いや谷間はないけど)に、こぶし大の穴が開いてるだけ。露出した肌の部分に触れても、擦り傷一つ見当たらなかった。
「あ、これってもしかして……さっきサリエルが言ってた、お守りのおかげだったりする?」
「うん、そうだよー。エミカがダメージを受けたらね、あたしが肩代わりするよう契約を結んでおいたのー」
「か、肩代わりってサリエルは大丈夫なの!? 私の身体、舌で完全に貫かれてたけど!?」
「ずっとムズムズしてたよー。でも、今はスッキリ! あ、リリ渡すねー♪」
胴体に風穴開けられてムズ痒いだけで済むとか。天使の耐久力、高すぎでしょ。
「……」
結局、姉妹ともどもサリエルに救われたわけだ。
本来なら頭を下げてお礼をいわなきゃいけない場面だけど、あまりにも余裕しゃくしゃくな天使様に、私は言葉を失う以外なかった。そのまま無言でリリをお姫様だっこで受け取る。
「解呪はしたけど、たぶん目が覚めるのはもう少しあとだねー」
「強い呪いだったんだよね? あとあと問題が出てきたりとかは……?」
「後遺症の心配はないから安心していいよ。あたしが保証するー」
それを聞いてほんとに安心した。
「……よ、よかった。一時はどうなるかと思ったけど……あの怪物、リリが天使だとかわけわかんないこと言い出すし、私頭が混乱して……てか、今思えばそんなの嘘に決まってるのにね。あいつの妄想に惑わされた……」
「リリは天使だよ?」
「え?」
「頭に天使の〝輪っか〟があるもん。あ、人間には見えないんだっけー」
「………………」
思わず、私はそこでたっぷり固まった。
はい?
「いやいやいや、なんでさ!? なんでリリがサリエルと同じ天使なの!?」
「さぁ~? でも、あたしの輪っかと比べて色素も薄いし、大きさも小さいから半分は人間なのかもー」
「それじゃ、リリは王女様と天使のあいだに生まれた子供ってこと!? てか、そもそも人間と天使のあいだで子作りとかできるわけ!?」
「えー、どうなのかなぁ~」
そこでサリエルは突如はにかむと、頬を赤く染めた。
「えへへ、ごめんねー。あたしまだそういうのわかんない~♥」
「いやいやいやいや、こんなときに恥ずかしがってる場合じゃないでしょ! 天使さんよぉ!」
もうわけがわからなかった。ほんと頭が爆発しそうだ。
とりあえず一旦心を落ち着かせるため、抱えてるリリの寝顔を覗いた。
煌びやかな金色の髪。あどけない顔立ち。プニプニのほっぺ。妹に特段変わった点は見られない。いつものリリだ。
でも、この子は一体何者なんだろ……?
「――いや、リリはリリだし!」
私の大切な妹。それ以上でも、それ以下でもない。
自問自答で一番大事な答えはすぐに出てきた。
「よし、ウジウジ考えるのもう終わり! サリエル、後始末しちゃうからちょっとだけまたリリをお願いね!!」
「はーい♪」
妹を預けて、怪物の墓穴となった落とし穴を元の石材で塞ぐ。放っておいてもダンジョンの状態回復作用で元に戻るだろうけど、念のためだ。
「おっけー、終わったよ。てか、パメラとコロナさんが心配だ。急ごう」
再度リリをだっこして、私はサリエルの転送魔法で地上一階へと帰還した。
――ドガ、ドガガッ!
「こ、この音……!」
通路を戻りはじめたところで、すさまじい爆音が響いてきた。
そこでまたサリエルには透明になってもらい、さらに先を急ぐ。次の角を曲がれば、もうダンジョンの出口が見えてくる。ちょうどそこまできたときだった。私の目前で何かがものすごい速さでとおりすぎていった。
「うわっ!?」
――ドガアン”ッ!!
次の瞬間、それは壁にぶつかって崩れ落ちた。
全身、至るところ流血してる。土埃が巻き起こる中、膝をついてヨロヨロと立ち上がろうとしてる小さな姿に、私は声を荒らげた。
「パメラ!?」
「……エ、エミカ!? クソ、やっぱ無茶だったか……」
「ふぇ?」
「いや、気にすんな。一人でなんて元々無理な話だ。今すぐあいつ片づけるからよ、もう少しそこで待っとけ……」
あ、もしかして勘違いしてる? いや、それもそうか。普通に考えて戻ってくるのが早すぎだもんね。
「あの怪物も倒したし、リリも無事取り返したよ。ほらっ」
「……は? お前何言――って、マジか!?」
だっこしてるリリを見せると、驚きを通り越したのか、やがてパメラは呆れ顔になって私を訝しはじめた。
「いや……お前の秘密って、マジでなんなんだよ……?」
「あ、ええっと、そ、それはぁ……」
「エミカ・キングモール!」
不意に名前を呼ばれて振り向くと、そこには槍を構えたコロナさんが出口を塞ぐ形で立っていた。
「君は、このわずかな時間で、妹を……」
リリの姿を見て、パメラ同様ものすごく驚いてる。それだけ私が不可解なことをしたってことだね。
だけど、これですべてが丸く収まるはずだった。
「コロナさん! リリは無事です、お城に戻りましょ!」
もうパメラとコロナさんが戦う意味はない。そして、混成部隊を編制する必要も。
そう。
あとは、みんなで帰るだ――
「――エミカ・キングモール、その子をこちら渡せ」
「へっ?」
一瞬、聞き間違いかと思った。だけど、出口をとおせんぼするコロナさんが本格的に槍を構えた姿を見て、私の背筋は凍りついた。
「ふ、ふざけんなよ……てめぇー! リリはエミカが取り戻してきたんだろうが!!」
パメラは怒鳴りながら大剣を出現させると、私たちを守るように前に出た。そして、そのまま得物を構えて静止する。コロナさんもそんなパメラの間合いギリギリまで迫ったところでピタリと足を止めた。
「陛下は王家の血筋を必要としている。その子は、これからの王国に不可欠な存在だ」
「で、でも、リリは……」
「逆らうな、エミカ・キングモール。これは国家の決定事項だ。その子はやがてこの国を束ね、君主となる者。大人しく引き渡せ」
リリの受け渡しを要求するコロナさんの目はどこか虚ろだった。まるで心が消えかかってしまってるような、そんな危うさを感じる。
「黙って聞いてりゃー勝手なことを! マジで叩きのめしてやる!!」
「お前では無理だ、パメラ。対人戦に限っては私が遥か高みにいる。何度やっても結果は変わらない」
「うるせー! その鼻っ柱へし折ってやるよ!!」
互いに武器を構え、睨み合う二人。あの怪物も倒して、リリも取り戻せたのに、どうしてこの姉妹が争わないといけないのか。私には、わからなかった。
「……や、やめよう! こんな争いなんの意味もないよ!!」
しかし、私が叫んでもパメラとコロナさんは身じろぎ一つしなかった。完全に臨戦態勢に入って集中してる。こっちの声なんてもう届いてなかった。
まずい。なんとかして二人を止めないと。でも、どうやって……? あ、そうだ! サリエルになんとかしてもらうのは?
いや、それだとパメラはともかく天使の存在がコロナさんにまでバレて、もっとまずいことになるかもしれない……。
ダメだ。何も思いつかないし、どうすることもできない。前方では今まさに、武器を振り上げる二人の姿があった。
もう止められない――
それでも、私が諦めかけたそのときだった。その凛とした声は通路に響き渡った。
「――そこまでです。双方、武器を収めなさい」
なんかの見間違いだと思った。だけど、どう見ても見間違いじゃなかった。
すっと伸びた背筋。皺一つないメイド服。突如、出口の向こう側から現れたのはティシャさんだった。
ど、どうして、ティシャさんが……?
予想だにしてなかった人物の登場に驚く。それでも、私以上に彼女の出現にうろたえる人物が二人いた。
「姉上!?」
「げっ、姉ちゃん!?」
姉上に、姉ちゃん?
「……ふぇ?」
突拍子もないその言葉に、私の口からは思わず気の抜けた声が漏れた。
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