54.当主代行

「不安に思いきてみれば、案の定ですか。まったく、あなたたちは……」


 突然現れたティシャさんはおもむろに歩み寄ってくると、実にお姉さんらしい態度で仲裁に入った。


「エミカ様の仰るとおりです。なぜこの状況であなたたちが争っているのですか」

「……姉上、口出しは無用です。いくら〝当主代行〟のあなたであろうとも、私の任に対する干渉は許されない。諜者としての役目は、ファンダイン家の中でも独立性が保たれた聖域であるはずだ」

「バ、バカお前っ! 何逆らってんだよ、マジで死ぬ気か!?」


 未だに槍を構えるコロナさんと違って、パメラはすでに大剣を手にしてなかった。彼女らしくない聞きわけのよい態度もそうだけど、何よりその怯えた様子に私は尋常ならざるものを感じた。


「それは適切に任務が遂行されている場合のみに限ったお話です。あなたの現在の行動は、真に女王陛下の意に沿ったものだとは思えません」

「私の行動に間違いなどない……すべては陛下の望みのため! それを阻むというのならばたとえ姉上でも容赦はしない!」

「やれやれ、それが最終回答ですか。わかりました。それならば少し頭を冷やしなさい」


 ――スッ。

 まさに一瞬。目にも留まらぬ速さで槍の間合いの内側に入ると、ティシャさんはコロナさんの額に向かって手を伸ばす。


 ――ビシッッッ!!


 次の瞬間、炸裂したのはすさまじい威力の〝デコピン〟だった。

 衝撃で槍を構えたコロナさんの身体は背後へと吹っ飛び、先ほどのパメラと同様瞬く間に壁に激突する。鈍い音が響く中、そのまま地面に朽ちるように倒れるとコロナさんはピクリとも動かなくなった。


「………………」


 え?


「ひっ!」


 無言で青ざめる私の前では、パメラが声と顔を同時に引き攣らせていた。


「パメラ、あなたも同罪です」

「ちょ、姉ちゃん!? オレはいわれたとおりエミカに加勢しただけで!!」

「それならばなぜ戦いを続けたのですか? エミカ様がリリ様を連れて戻ってきた時点で、お二方とともに逃走すればそれで済んだでしょうに」

「そ、それは……!」

「たとえあなた一人の力でコロナに及ばなくとも、逃走に全力を注げば切り抜けられたはずです」

「うっ……」


 そこでパメラが助けを求めるような目でこっちを見てきたけど、私は全力で首を横に振って己の無力さをアピールする以外なかった。


「当主代行の立場から、私怨で戦いを続けたあなたにも同様の罰を与えます。さあ、こちらにきなさい」

「い、嫌だ……オレは悪くないぞ!!」

「抵抗するなら罰を倍にします」

「うぐっ……」


 ついには観念し項垂れたままティシャさんの傍まで赴くと、パメラもコロナさんと同じく強烈なデコピンを食らった。直後、彼女の小さな身体は派手に吹っ飛ぶ。

 ――ドッガア”ア”ァンッ!!

 また壁に激突してうつ伏せに崩れ落ちると、これまたコロナさんと同じくパメラはピクリとも動かなくなった。


「さて」

「……」


 あ、これってもしかして次は私の番だったりします?

 てか、ティシャさんの〝強さ〟がおかしいよ。あの二人が赤子同然って、なんなの、このバランスブレイカー……。


「エミカ様」

「は、はっ!」


 恐怖に震えて命乞いに転じようとした矢先だった。なぜかティシャさんのほうが先にその場で頭を下げてきた。


「愚妹どもがご迷惑をおかけし、申しわけありませんでした」

「……へ?」


 とりあえずどうやら私にデコピンするつもりはないみたいだ。よかった。マジでよかった。


「いえ、迷惑なんてことは……てか、ティシャさんって、ほんとにコロナさんとパメラのお姉さんなんですか……?」


 それなら彼女もファンダイン家の人間ってことになるけど、なんでお城でメイドさんをやってるんだろ。それに、さっき言ってた当主代行って?


「ここではなんですし、よろしければお話は馬車の中でいたしましょう。シホル様もお城で心配されておりますので」

「あ、はい」


 疑問がわいてくる中、私は流されるままに従って出口へ向かう。


「コロナ、パメラ。あなたたちは頭が冷えたのなら徒歩で帰ってきなさい。また、王都に戻り次第すぐに私の下まで出頭すること。いいですね」


 去り際、ティシャさんが気絶してる二人に向けてなんか宣告してたけど、もちろん返事なんてなかった。

 いやいや、絶対聞こえてないですってティシャさん。それに、このまま置いてくのはちょっとひどいんじゃ? なんて思ったけど、ティシャさんが怖くて意見できるはずもなく……。

 ダンジョンの外に出ると豪華な装飾がされた馬車が停まってた。御者台にはファンダイン家に招待されたときに会った初老の執事さんが座ってる。目が合うと執事さんがにっこりと微笑んで挨拶してくれたので、私も「どうもどうも」と頭を下げた。

 てか、サリエルちゃんとついてきてるかな?

 不安に思ってると、不意に上のほうで物音がした。次の瞬間、風も吹いてないのに車体が一度大きく揺らいだ。

 おっ、これは……。

 ステルス中ののほほん天使が馬車の屋根に飛び乗ったことを察し、馬車に乗りこむ。そのまま広い車内でリリを膝枕する形で私も着席した。


「今まで身分を偽っていて申しわけありませんでした」


 馬車が走り出すと、向かいの席に座ったティシャさんはまず自らの正体を明かしてくれた。


「私はあの子たちの姉であり、ファンダイン家におきましては現在当主代行という立場にあります。このティシャーナという名前自体も仮の名前でございます」

「偽名だったんですね」

「重ねて謝罪を。しかし差し支えなければこれまでどおり、ティシャとお呼びいただければと思います」


 それから彼女は、ファンダイン家について語りはじめた。

 先祖が武勲を立て成り上がったことで、一族からは代々多くの騎士や武人を輩出してきたこと。歴史を持った由緒正しき名家であり、王室からは建国以来、貴族以上に特別な待遇を受けてきたこと。

 基本的な部分に触れたあとで、話は核心に及んだ。


「そんなファンダイン家には代々の王のため、ある特殊な役割が与えられてきました」

「役割?」

「はい。それは時に王の剣となり、盾となり、また時には耳となり、目となる仕事です。我々はそのお役目をと呼んでおります。ファンダイン家に生まれた者は皆、その諜者になるべく幼少から鍛練を積むのです。そして先代ヴァンス国王が即位された際にはこの私が、今代のミリーナ女王が即位された際にはコロナがそれぞれ選出されました。選ばれなかった姉妹たちもそれぞれ国中に散り、騎士や衛兵など軍事部門の仕事に就いて活きた情報を提供してくれています。つまりは、一族そのものが巨大な〝諜報機関〟として活動しているのです」

「ええっと……それじゃ、冒険者やってるパメラも実は?」

「いえ。は異例中の異例でございます。着の身着のまま生きるのが好きなのでしょう。まったく腹立たしい限りです」

「……」


 特殊なファンダイン家の中でもイレギュラー扱いされてるんだね、あの子は。ま、ただの跳ねっ返りなのかもしれないけど。


「コロナさんが女王様に近い理由は、まー……なんとなくわかりました。でも、どうしてティシャさんはお城でメイドさんをしてるんですか?」

「それは……」


 ファンダイン家の当主代行っていう地位がどれだけ偉いのかは知らないけど、少なくともコロナさんやパメラよりも立場は上のはずだ。そんな人ならあの豪邸で、どーんと構えてるのが普通なんじゃ? わざわざお城で働いてる理由が謎だった。


「先代のヴァンス国王様が亡くなった際、そのご遺体を最初に発見したのは私でした」


 四年前、その凄惨な現場を見て王の死に疑問を持ったティシャさんは、裏で暗躍する影の存在にいち早く気づき、独自に内偵を進めていたという。


「先代に仕えている頃より私の表の姿は女中でしたので、この立場のまま城に残ったのでございます。キリル大臣が怪しいというのは、ここ一年ほどでつかんではいたのですが、まさか魔物が化けていようとは夢にも思わず……。しかし、これで先代国王の無念も晴らされたことでしょう。エミカ様にはなんとお礼を申し上げればよいのか。感謝しても感謝し切れません」


 なるほど。ティシャさんはティシャさんで、自分が仕えてた人のため、ずっとその死の真相を追ってたわけか。


「あ、今さらですけど、今朝牢屋に閉じこめられたときパメラが言ってた『とある人』ってのも?」

「はい。私の指示です。差し出がましい真似だとは思いましたが」

「いやいや、とんでもない! ものすごい助かりました」


 あの場面でパメラがきてくれなかったら、今頃どうなってたか。間違いなくシホルは大怪我してただろうし、リリの救出もさらに遅れたはずだ。


「それでも、やはりパメラを向かわせたのは失敗でした。あの子がコロナとぶつかれば、意固地になることはわかり切っていたのですが」

「あの、訊き難いことなんですけど……コロナさんとパメラってどうしてあんな仲悪いんですか?」

「あの二人の関係は話せば長くなります。ただ、簡単に言いますと、『理想を諦めた者』と『理想を追い続ける者』のといったところでしょうか」

「理想……?」

「はい。まだ幼い頃、あの二人の志は同じ方を向いていたのです。しかしある日、一方は信念を捨て現実を追わなければならなくなりました。それがもう一方に取っては信じ難く、理解できないのでしょう。これは正義の解釈の違いでもあります」

「つまり二人を仲直りさせるのは、相当難しいと……」

「エミカ様は本気で妹たちのことを心配して下さっているのですね」

「そりゃ、もちろんです。コロナさんもパメラも私の恩人ですし」

「……わかりました。あの二人には後ほど必ず、私が責任を持ちまして和解の場を設けさせます。ですので、まずエミカ様はご自身のことに集中していただければと」


 ご自身のこと。その言葉で、さっきのコロナさんの発言を思い出す。

 そうだった。あの怪物を倒して解決じゃなかった。まだ、終わってないんだ。


「てか、そもそも王女様の子供とはいえ、どうして女王様はリリをそこまで必要としてるんだろ。後継者争いとかでもめたりするから煙たがるのが普通なんじゃ……?」

「それは、現在の王家が後継者問題を抱えていることに起因します」


 疑問を口にすると、ティシャさんは王族の血が途絶える瀬戸際にある現在の状況を丁寧に説明してくれた。


「その上、王家の遠縁の血筋は鷹派の大貴族たちが囲っています。王位継承問題は今後世界情勢すらも揺るがす大問題に発展していく恐れがあるのです」

「……」


 うわっ、重い。重いよ。世界の平和にまで関係してくるなんて……。

 でも、これでリリを必要としてる理由はわかった。それと、この問題を切り抜く可能性を持った方法も。

 あの怪物の言葉を思い出しながら、私はティシャさんに寝たきりだという王子様の容体について尋ねた。


「あの魔物の仕業だと判明した今も、ミハエル王子の病状は回復しておりません。手は尽くしているそうですが、解呪は一向に……」


 もう答えは決まったけど、一応考えてみる。

 どちらにしろ遅かれ早かれ、リリについては話し合わないといけないときがくる。それなら、問題は先送りにするだけ無駄だ。


「ティシャさん、お力を貸りたいです」

「はい、エミカ様。どうかなんなりとお申しつけください」

「お城に戻ったらできるだけ早く、女王様に会わせてほしいです」


 ――もちろん、一対一で。

 最後にそうつけ加え、私はこの問題に終止符を打つ覚悟を決めた。

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