55.謁見

 お城に戻ると、ちょっとした騒ぎになってた。


「エミカ! お前どうやってあの魔物を倒したんだ!?」


 城門に入って馬車を降りたところで、血相を変えたベルファストさんが駆け寄ってきた。


「あれ、なんでもう知ってるんですか?」


 これから報告するつもりだったのに。私が首を傾げてると、王都冒険者ギルド会長の口からは観測室という言葉が出てきた。どうやらあの怪物を倒したことで、またダンジョン攻略者として私の名前が通知されたらしい。

 んで、偉い学者さんが知らせにきて、混成部隊の編制も中止になったんだそうだ。


「ってことは、やっぱあの怪物が黒き竜のダンジョンのラスボスだったんですね」

「あっさり認めやがって……。わかってるのか、人類史上六度目のダンジョン制覇だぞ? おかげで研究所の連中も大慌てだ。二十年なんの反応もなかった観測室がここ一月で二回もだからな……」


 そう言われちゃうと、なんかとっても悪いことをした気分だ。たしかに余計な仕事は増えそうだもんね。ま、実際に何やってるかは知らないけど。


「それにしても、一人で妹を取り返してくるとは。お前には度肝を抜かされっ放しだぞ」

「怪物が倒されたこと、女王様はもう知ってるんですか?」

「ああ、すでにご存知だ。俺とラッセル団長で報告に上がったからな。それと……お前の妹のことも、戻ってきたらすぐに知らせるよう命じられている」

「……」


 私を含めて王座の間に突入した四人は、一部始終を目撃したこともあってリリの出生については一通りの説明を受けている。

 それでも、わざわざこの場で与えられた指示を口にする必要はない。たぶん女王様の命令には逆らえないっていう後ろめたさが、ベルファストさんをそうさせたんだと思う。


「大丈夫ですよ。私、逃げたりしませんから」

「そうか。強いな、お前は」


 ベルファストさんと別れて、貴賓室に向かう。

 その途中でティシャさんとも別れた。直ちに謁見の手筈を整えてくれるそうだ。あの二人のお姉さんだけあってマジで頼もしい。


「エミ姉っ!」


 リリを抱えたまま貴賓室に入ると、すぐにシホルが駆け寄ってきた。


「ただいま」

「お、おかえり……!」


 リリをベッドに寝かしたあと、安堵から今にも泣き崩れそうなシホルをぎゅっとした。


「一人で待たせてごめんね」

「ううん、大丈夫だったよ。約束守ってくれるって、信じてたから……。それよりエミ姉、もうウチに帰ろうよ」

「そうしたいのは山々だけど、まだ終わってないんだ。あ、でも心配しないで。今度は女王様と少し話してくるだけだからさ」

「……リリのこと、お話するの?」

「うん。この子の今の親は私だからね。その私にしかできないことをしてくる。シホルはそれまでリリの傍にいてあげてね」

「エミ姉……」


 シホルは眉根を寄せて困ったような顔をしてたけど、やがてたっぷり間を置いたあとで、小さく頷いてくれた。


「わかった。リリは私に任せて」

「ありがとう、シホル」


 それから少ししてティシャさんが戻ってきた。


「執務室でお会いするとのことでした」


 もう謁見の約束は取れたそうだ。仕事が早くて助かる。そのままティシャさんに案内してもらってもよかったけど、念のため彼女にはシホルとリリの護衛を頼んだ。なので案内は、女王様の専属メイドさんたちにお願いすることになった。


「こちらでございます」


 城内の階段を何度も上って、とある一室の前まできた。女王様はこの中にいるそうだ。一度、扉をノックして伺いを立ててから入室する。

 私の希望どおり女王様は部屋に一人だった。


「初めまして……では、ありませんね。直接会うのは二度目になりますか」


 斜陽が射しこむ窓際に立って、女王様は若干緊張した面持ちで私のほうを見ていた。


「王座の間では挨拶もできませんでしたので、改めて。私はミリーナ。このミレニアムを治める女王です」

「こんにちは……えっと、エミカ・キングモールです。リリの姉で、冒険者やってます。それと、いきなりの申し出だったのにもかかわらず、お会いしていただきありがとうございます」

「いえ、あなたは大事な客人ですもの。気に留める必要はないわ。それよりキリル大――いえ、あの魔物を打ち倒したというのは本当なのですか?」


 私が無言でしっかり頷くと、女王様はやや視線を落として複雑な表情を浮かべた。たぶん、リリのことを考えてるんだと思う。そんでもってどうやって話を持っていくか迷ってるっぽい。


「紅茶でもいかが? 座ってこれからのことを、ゆっくりお話ししましょう」

「いえ、女王様。ここで結構です。てか、初めに言っておきたいことがあります」

「何かしら」

「リリは渡しません」

「……」


 時間がもったいないし、腹の探り合いなんてしたくなかった。早々に本題に入るのは、むしろ望むところだ。


「王室の現状は――」

「後継者問題の話ならもう聞きました」

「そ、それなら……」

「それでもです。国がどうなったとしても、世界がどうなったとしても、リリは私のかけがえのない妹です。いくら偉い人に必要だから渡せって言われても従えません。私、あの子のお姉ちゃんなので」

「……私は、あなたからあの子を略奪するつもりはありません。あなた方の生活は保障しますし、あの子にも君主として誰よりも誇り高い人生を歩ませるつもりです。もし姉妹で離れ離れになるのが辛いと仰るならば、この城に永住することも許可します」

「必要ないです。私たちの家はアリスバレーにありますから。ま、ちょっと狭いですけど」

「あの子にはエリザ姉さんの――高貴な王族の血が流れています! 王になるために生まれてきた子供なのです……。あなたの願いはすべて叶えましょう。何卒あの子の親権を国にお返し下さい」

「私の願いは、妹たちと一緒にあの狭い我が家に帰ることなんです」

「それでも、どうかお願いします。あの子を、王国に――」

「断ったらどうなりますか。また牢屋に入れて無理やりいうことを聞かせますか?」

「あ、あれは……あの魔物が勝手に仕組んだことです。先ほども申し上げましたが、あなたからあの子を略奪するつもりは毛頭ありません」

「んじゃ、お断りします。これでもう帰っていいですよね?」

「それは……」

「ダメですか? やっぱ首を縦に振るまでは帰してくれないですか?」

「どうか、私の話を……」

「私から見れば女王様のやろうとしてることは、あの怪物がやろうとしてたことと何一つ変わりません。同じです。私から、大事な妹を奪うつもりなんだ」

「………………」


 女王様は何も言い返せなくなったのか、そこで押し黙った。目を閉じて完全に俯いてしまっている。そんな彼女に、私は罪悪感を覚えた。

 てか、さすがに「あの怪物と同じ」は言い過ぎだったかも……。女王様にだって立場はあるし、子供の八つ当たりもここまでにしとこう。それにこれ以上文句を言ったら、今度は不敬罪で普通に牢屋に入れられちゃいそうだし。

 ってわけで、私は本題の本題に入ることにする。


「と、まーこんなふうに話が平行線になるのはわかってたので、すべてを解決する方法を持ってきました」

「えっ……」


 刺々しい態度から一変、ゆるい態度に切り替わった私を見て、女王様はキョトンとなる。まだこちらの真意を測りかねてるご様子だ。

 それでも、私は構わず要望を告げた。


「王子様に会わせてくれませんか?」

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